2014年7月3日木曜日

その手をにぎりたい

柚木麻子著
小学館

お寿司を食べたくなる小説!?いえいえ、それだけじゃ終わらない。バブルの時代と共に成長していく一人の女性のせつない物語。



栃木から上京し、25歳を目前に故郷に帰りお見合いするつもりだった青子。
勤務先の社長に「送別会だよ」と、座るだけで3万円といわれる高級寿司店に連れて行ってもらった。
その店で、若い職人から白木のカウンターごしに握りを直接手渡され、刺身を載せただけではない「仕事」されている鮨を食べ、衝撃を受ける。
その寿司の味と、職人の手に惚れ込んでしまった青子は、急遽田舎に帰ることを取りやめ、不動産会社に転職する。
そして、慎ましい生活をしながら、青子はその寿司屋に通い続ける。
客と職人、カウンターをはさんでの対応。
想い続けても、それ以上の関係にはなれないのだ。
「ヅケ」も知らなかった田舎から出てきた大人しいお嬢さんが、仕事に打ち込んでいくうちに、いつしか華やかな都会の女性へと成長していく。
1983年に初めて寿司屋を訪れた日から1992年までの、一人の女性のせつない恋愛と成長の物語である。

まず、今まで読んだ柚木麻子さんの小説と違い、「浮ついた感」が全く感じられないことに驚いた。
「ランチのアッコちゃん」「伊藤くん A to E」などでは、その「浮ついた感」が小説の面白さを加速させていたのだが。
文壇暴露小説でもある「私にふさわしいホテル」の推薦文で、豊崎由美さんに「ユズキ、直木賞あきらめたってよ(笑)」と言われていたが、もしかしたら「ユズキ、本気で賞を狙ってるってよ」なのかもしれない。
(現在「本屋さんのダイアナ」で直木賞にノミネートされているので、そこで受賞するかもしれないが)

そして、この小説の舞台となっている1983年~1992年といえば、バブルの夜明け前から崩壊までである。
変貌を遂げる東京の街や当時の風俗がそこかしこにあふれ、その当時を知る者としてはとても懐かしい。
「ルンルンを買っておうちにかえろう」、ユーミンの曲、銀座のホステスやチャラい広告プランナー、地上げ、そしてバブル崩壊。
当時はまだ学生の身だったのだが、その頃のあんなことやこんなことを思い出し、感傷的になってしまった。
柚木さんは1981年生まれというからあの時代を体感していない分、第三者の目から冷静に描けたのかもしれない。

バブルに染まり、どんどん痛々しくなっていく主人公には共感できないものの、
鮨の描写が細かくて食べたくなる鮨小説。
バブルの時代を描くバブル小説。
せつない恋愛小説。
そんな多彩な顔を持った小説でもある。 

2014年6月30日月曜日

いとみち 三の糸

越谷オサム著
新潮社

津軽弁のメイドさん・いとちゃんも高校3年生。旅立ちの時がやってきた!!




いとちゃん。
あなたが青森市にある「津軽メイド珈琲店」で、人見知りを直そうとメイドさんのアルバイトを始めたのは、高校1年生の時でしたね。
お祖母ちゃん譲りの津軽弁丸出しで、その上口下手ということもあって、当初は失敗の連続でした。
いとちゃんのぎこちない接客に、私もハラハラしながら心配していたんですよ。

そんないとちゃんも、もう高校3年生。
相変わらず人見知りで「おがえりなさいませ、ごスずん様」と訛ってしまうけど、少しずつ自分の思ったことを口に出せるようになってきました。

新しく入ってきた傍若無人な後輩に意見したときは、あのいとちゃんがここまで成長したんだと、本当にびっくりしました。
だけど、高1から見守ってきた私は感慨にふける一方、なんだかいとちゃんが遠くに行ってしまったようで寂しさを感じてしまったことも事実です。
ああ、旅立ちの時にこんな事言ってはいけませんね。

いとちゃんは本当に周りの人に恵まれました。
メイド喫茶で働くことに大反対だったけれど、今では応援してくれているお父さん。
動画サイトで有名になり検索ワードランキングの上位に食い込んでしまったお祖母ちゃん。

それに、家族になったばっかりとは思えないほど仲のいい店長一家や、メイド仲間たち。
すっかり親友になった写真部の仲間や先生。
そして、気は優しくて力持ちのあの後輩。

彼らは、いとちゃんのそのひたむきな情熱と優しい気持ちがあったからこそ、応援してくれるのだと思います。
いとちゃんが自分の力で呼び寄せた応援団なのです。

きっと新天地でもいとちゃんの理解者が自然と集まってくるでしょうから、心配せず一歩を踏み出してください。

ミニコンサートで、お祖母ちゃん譲りのアレンジ自在な津軽三味線が聞けなくなるのは残念ですが、いとちゃんの後継者も育ちつつあるので楽しみです。

私には見えます。
いとちゃんが、青森の地域活性のため、三味線片手に立ち上がる姿が。
そして、もじもじしながら笑いあう幸せな家庭が。

いとちゃん、優しい時間をありがとう。
またいつかどこかでお会いできるのを楽しみにしています。

いとちゃんを3年間見守ってきたファンのおばさんより。

2014年6月26日木曜日

太らない生活 2014 (Number PLUS)



小さい頃からポッチャリだった私は、何度ダイエットに挑戦し挫折したか数え切れません。
そんな私が、この1年で-5kgも痩せたのです!
きっかけは「太らない生活2013」を読んだことでした。(その時のレビュー
「痩せる」ではなく「太らない」、すなわち現状維持しましょうという奥ゆかしい題名に惹かれて手に取り、自分の認識を改めたのです。
すぐに効果を求めるのではなく、将来を考え1年で-3.5kg程度痩せるつもりで頑張ろうと。
するとちょっとずつ生活を変えただけで、気づいたら自然に痩せていたのです。

自分では、
・昨年から無農薬野菜を配達してもらっているので、野菜を食べる量が増えた。
・ドレッシングも手作りするようになり、亜麻仁油・エゴマ油を使うようになった。
・夕食時のみ、お米を控える。(パンや麺、フルーツは食べている。)
が理由かなと思っています。

今年も「太らない生活2014」が出版されたので、迷わず手に取りました。
基本的には雑誌「Number」の別冊ですから、アスリートが登場したり、運動系のことが多く掲載されていますが、普段運動されない方にも参考になることが多いと思います。

インタビューでは、前田美波里さん、アンジャッシュの渡部、スキージャンプの葛西選手たちが、それぞれの「太らない生活」を紹介しています。
やり方は様々ですが、みなさん試行錯誤しながら、自分の生活スタイルや体調にあった方法を発見しているようです。
とは言っても彼らはプロ意識の高い方々です。
私のような隙あらば楽しようと考える怠け者には、ブラマヨ小杉の「太ってしまった生活」、痩せたのにリバウンドしてしまったやしろ優さんの「元成功者の懺悔」などの方が反面教師として参考になったのでした。

1週間のうち2日だけ普段の1/4のカロリーに抑える「5:2」ダイエット、
24時間のうち16時間何も食べず、残りの8時間は食べ放題飲み放題という「8時間ダイエット」
などの「ゆる断食」系のやり方や、角田光代さんの「ロッテルダムマラソン体験記」、基礎代謝の謎、遺伝子検査、と様々なダイエットに関する最前線が掲載されています。

一番参考になったのは「ごはんの300kcalとケーキの300kcalは本当に同じなのか?」という特集です。
キーワードは血糖値の上がり方。
糖質制限食が最近話題になっていますもんね。
低糖質を続けていくと体が慣れてしまい、肝臓が血糖を作り始める「糖新生」が活発になり減量効果が薄れることもあるそうです。

個人的には基本に立ち返って、運動と食事を少しずつ改善し継続していく正統派のやり方が一番のように思います。
また、痩せた人より太った人の方が長生きという説もありますから(参考:記事「太り過ぎは痩せよりも長生きする?」)、極端な方法に走らず、ダイエットもほどほど、食べ過ぎもほどほど、何事も「ほどほど」が一番なのではないでしょうか。

2014年6月23日月曜日

教場

長岡弘樹著
小学館

事件は会議室で起きているんじゃないっ!警察学校で起きてるんだっ!!



警察学校を舞台にした小説「教場」
「教場(きょうじょう)」とは、警視庁のHPによると警察学校におけるクラスのことらしいが、教室の事も指しているようである。

警察学校に入学した初任科第98期短期課程の学生たちが、厳しい訓練の中ストレスを溜めて、次々と事件を起こしていく。
そして、何でもお見通しの担任・風間教官が、いとも簡単に解決していく。
・・・という短編連作集である。

面白くて途中でやめられず、一気読みしてしまった。
しかし、事件が起こりすぎじゃないだろうか。
警察官の卵たちが、犯罪スレスレの事件や犯罪そのものを犯していくのだから、青島刑事が聞いたら怒りそうだ。

実際の警察学校もこうなのだろうかと興味がわいてきた。
こんなにもストレスがかかり、こんなにも事件が起こるのだろうか?
いや、事件はそうそう起こらないだろうけど(^^;

気になって検索してみると、あちこちの県警が採用案内でカリキュラムや一日のスケジュールを紹介していた。
法律、実務教養、柔道・剣道・逮捕術、拳銃・・・
これがまさに本書のような授業内容で、なかなか興味深い。
治安を守る仕事なのだから厳しいのは当たり前だろうが、ちょっと前まで学生だった身にはストレスがかかるのだろう、「警察学校4人に1人退職」という記事を見つけた。
神戸新聞の記事
県警採用HPには、クラブ活動や食堂で楽しそうにしている写真が多数掲載されているのだが。

本書に「警察学校は、優秀な警察官を育てるための機関ではなく、適性のない人間をふるい落とす場所である」というセリフがあった。
こうして個性を失くし「警察官」という型にはめられていくのだろうか。
正義感は人一倍あっても、要領の悪い人間はふるい落とされてしまうのだろうか。

いや、そうではないと信じたい。
それぞれ志を持って警察官を志望したのだから。

2014年6月20日金曜日

夏への扉[新訳版]

ロバート・A・ハインライン著
小尾芙佐訳
早川書房

ほ、欲しい!この機械が欲しい!煩わしい雑用を引き受けてくれるお手伝いさんのようなこの機械が欲しい!






今まであまりSFの小説を読んできませんでした。
別に嫌いだったわけではありません。
手に取る機会がなかっただけなのです。

先日、池澤春菜さんの書評集「乙女の読書道」を読んで、楽しそうにSFについて語る春菜さんに影響され、無性にSFの小説を読みたくなりました。
でも初心者なので、何から手をつけていいのかわかりません。
そこで、池澤春菜さんがインタビューで「初心者におすすめ」とおっしゃっていたこの「夏への扉」から読み始めることにしました。

有名な作品ですから、私も家事をやってくれる女中さんのようなロボットや、タイムトラベルが出てくる話だということはなんとなく知っていましたが、未読だったのです。

(本書は、2009年に出版された新訳版です。)

舞台は1970年のロサンゼルス。
友人のマイルズと会社を設立した主人公のエンジニア・ダンは、床を掃除する「おそうじガール」(原文では「Hired Girl」、旧訳では「女中文化器」)を発明し、順調に業績を伸ばしていました。
秘書のベルと婚約し仕事も絶好調だったダンは、突然ベルとマイルズに裏切られ全てを失ってしまいます。
失意のダンは、様々な準備を整えた上コールドスリープ(旧訳では「冷凍睡眠」)を選択し、30年間の眠りにつきました。
2000年に目覚めたダンは、周到な準備の甲斐無く窮地に陥り、落胆します。
そしてタイムトラベルの存在を知り、元の1970年へと戻っていくのです。

本書は、1956年に発表されたというから驚きです。
今読んでも古臭くありません。
確かにPCやスマホは出てこないけれど、全く違和感を持たないのです。

タイムトラベルや、雑用をしてくれるロボットのような機械が出てくるため、SFというジャンルに区切られるけれども、普通に小説として面白い、というのが読んだ直後の率直な感想です。
いい者・悪者の役割がハッキリしていて、最後はまぁるく収まる。
そして何より夢があります。
面倒くさい家事を引き受けてくれるお手伝いさんのような機械、仕事の雑用をこなしてくれる秘書のような機械、誰もがあったらいいなと考える理想の機械が出てくるのです。

読みながら、
こんな機械があったら時間的にも肉体的にも楽になるだろうから、その分こんな事しちゃおう♪
30年後に目覚めたら、友人や知人はいなくなっているかもしれない、それに新たに人間関係を築かなきゃならないし、文明の進歩についていけないだろうから、コールドスリープはしたくないなぁ。
なんて、想像がどんどん膨らんでいくのです。

こういうところがSFの魅力なのかな?と初心者ながら思いました。

さあ、次は何を読もうかな?

2014年6月16日月曜日

まほろ駅前狂騒曲

三浦しをん著
文藝春秋

このコンビはやっぱり最強だっ!まほろ駅前で便利屋を営む多田と行天の物語。




まほろ駅前で便利屋を営む多田のもとに、高校の同級生だった行天が転がり込み、ドタバタ騒ぎが巻き起こる人気シリーズの3作目である。

かつて「まほろ市民」だった私としては、このシリーズは外せない。
しかし、脇役たちにスポットを当てた前作「まほろ駅前番外地」を読んでちょっとがっかりしたことも事実である。
言い方は悪いが、エピソードの羅列のように感じられ、小説としては面白みがなかったのだ。(あっ、言っちゃった!)

だから、本書「まほろ駅前狂騒曲」はあまり期待せずに読み始めたのだが、やっぱり多田と行天のコンビは最強だった。

今回は、多田と行天が小さな女の子を預かることになって「狂騒曲」が始まっていく。
しかもその女の子とは、子供嫌いな行天の遺伝上の娘なのだ。
無農薬野菜を販売している胡散臭い団体や、老人たちのバスジャック事件なども絡み、相変わらずまほろ駅前は、騒がしい。
そしてなんと多田の恋愛に進展が!!

あらすじだけ読むと大騒ぎしているだけのような物語だが、多田と行天二人の悲しい過去や心の闇が絡んでいるため、単なるドタバタコメディでは終わらない。
あちこちで起こる騒動を上手くまとめ上げ、感動のエッセンスを振りまいてくれるのだから、このシリーズはやめられないのである。

表面的には、
行天のことを「いつまで居座る気だろうか」と鬱陶しく思う多田。
足手まといのような存在の行天。
掛け合い漫才のような二人だが、お互いにかけがえのない存在だと気づき始めているのではないだろうか。

ああ、早く続きが読みたい。
またまほろ駅前で二人に会いたい。
と読んだ直後なのに思ってしまうのである。

  。.:♦♥♦:.。。.:♦♥♦:.。。.:♦♥♦:.。。.:♦♥♦:.。。.:♦♥♦:.。。.:♦♥♦:.。。.

小説に人物の挿絵は必要ない、いや、余計なものだと考えていた。
読者それぞれが、頭の中で好きなようにイメージできるのが読書の楽しみだと思うからだ。

このシリーズも瑛太と松田龍平のコンビで映画化・ドラマ化されているのは知っていたが、観ていないので、自分なりに登場人物たちをイメージしていた。

前2作は文庫本で読んでいたためイラストはなかったのだが、今回初めて単行本で読んだところ、多田や行天はじめ登場人物のイラストがいくつか掲載されていた。
しかし、こ、これは反則だぁ。
カッコ良すぎるではないかっ!特に行天!
私はどちらかというと影がある文化系男子より、明るく逞しい肉体派の体育会系男子が好みなのに。
物語が好きで読んでいたのに。
これでは惚れてまうやないか!
一旦惚れてしまったら、冷静に読めなくなってしまうのになぁ。
(´-ω-`)

結論
登場人物のイラストは、自分好みのイケメンに限りOKである。
(→なんてワガママな!)

2014年6月12日木曜日

慶應幼稚舎の流儀

歌代幸子著
平凡社新書

お受験の最高峰・慶応幼稚舎とは、どんな学校なのだろうか。

高校時代、渋谷で幼稚舎の生徒をよく見かけた。
無邪気な彼らを見ながら、お金持ちなんだろうな、いいもの食べているんだろうな、と心の中で思っていた。

お受験の最高峰と言われる慶応幼稚舎とは、どんな学校なのだろうか?

本書は、幼稚舎の歴史、なかなか表に出ない教育内容などについて、出身者・教員のインタビューを交えながら解説したものである。

幼稚舎は1874年(明治7年)に創設され、140年もの歴史がある。
しかし、1学年3~4クラス・各36~44名と少人数のため、幼稚舎出身者は合計しても約1万5000人ほどだという。

最大の特徴は、受験なしで大学まで進学できることだろう。
そのため時間的な余裕があり、学校行事として様々な課外授業が設けられ、伸び伸びとした子供時代を過ごすことができる。
卒業生のインタビューで、「勉強した記憶がない」という方もいたくらいである。
本人のやる気次第だが、なかには基礎的な知識を身につけないまま大学を卒業する者もいるという弊害もあるのではないだろうか。

他にも大きな特徴として、6年間担任持ち上がり制が挙げられる。
やむを得ない事情がない限り、担任もクラスメイトも変わらない。
学級運営は担任によって様々で、学習進度も教材も「ゲームを持って来てもいい」などクラスのルールも、それぞれ異なるのだという。
担任と相性が悪かったり、友人に恵まれなかったら辛いと思うが、それも経験のうちなのだろうか。

他にも、
教室でも土足のため下駄箱がない。
保護者から学校のことに口出しを受けるのを危惧したため、PTAがない。
などが挙げられているが、それらは幼稚舎に限らず中学高校と慶応全般にも当てはまることである。

音大に進学せずにバイオリニストになった千住真理子さん、
幼稚舎始まって以来の「悪童」と言われ、高校で退学になった後、受験して慶応の法学部を卒業した木村太郎キャスター、
など幼稚舎出身者たちのインタビューでは、「生粋の慶応」というプライドと、「世間知らずの坊ちゃん育ち」と見られてしまうコンプレックスが垣間見られる。

また本書では、「お受験」についても言及しているが、親の見栄やエゴで子供が犠牲になるのはやりきれない。
子供の特性を考慮し、無理のない範囲で受験を考えるべきだろう。

幼稚舎出身の友人たちは、「軽井沢の別荘で近所」、「親同士が慶應で同級生だった」、など幼い頃から家族ぐるみの付き合いをしていて、とても団結力が強い。
その培った人脈が、幼稚舎出身者たちの一番の財産ではないだろうか。

2014年6月9日月曜日

ことり

小川洋子著
朝日新聞出版

小川洋子さんの醸し出すこの雰囲気大好き!!社会の片隅でひっそりと生きる「小鳥の小父さん」の一生。なんて静かな、なんてせつない物語なのだろう。



ストーリーに夢中になり、先が知りたいと読書に没頭するような物語。
その小説の世界観や醸し出す雰囲気が好きで、いつまでもこの世界に浸っていたいと思う物語。
その両方を満たす素敵な小説を見つけた。
それがこの「ことり」である。

「小鳥の小父さんが死んだ」という場面から始まるこの小説。
小父さんは両腕で竹製の鳥篭を抱きながら、亡くなっていた。
そして、その鳥籠の中では小鳥が一羽、止まり木の真ん中におとなしくとまっていた。

小父さんは二人兄弟だった。
兄は自分で編み出した〝ポーポー語〟という不思議な言葉を喋り、その言葉を理解できるのは弟である小鳥の小父さんだけだった。
変化を好まない彼らは、社会の片隅でひっそりと暮らしていた。
その後両親も兄も亡くなり、保養施設の管理人をしながら、近所の幼稚園にある鳥小屋の世話を誰に頼まれたわけでもないのに、懸命にこなしていく。
そんな小鳥と共に生きた小父さんの、波瀾万丈ではない、静かな一生の物語である。

冒頭から文章がビンビンと琴線に触れる、琴線ビンビン物語でもある。

小川洋子さんの小説では、奇抜な設定がよくみられる。
例えば「博士の愛した数式」で、博士が大切なことを記したメモを忘れないように体中に貼り付けていたような。
「ミーナの行進」で、ミーナがカバに乗って通学するような。
「猫を抱いて象と泳ぐ」で、唇が癒着していた少年に脛の皮膚を移植したため、唇から脛毛が生えてきたような。

その部分だけ抜き出すと奇抜で滑稽な設定だが、それぞれの小説に浸りながら読んでいると、不思議とすんなりその設定を受け入れ、滑稽さはあまり感じない。

この「ことり」でも、1泊2日の旅行に、靴墨や砂時計などを詰め込みトランク3つにもなってしまったり、成人男性が棒付きキャンディーを買うのを楽しみにしていたり、といった独特の描写がいくつも見られる。
現実離れした設定のような、それでいてありふれた日常のような、独特の世界が広がっているのだ。
相手を傷つけない思いやりや優しさが溢れている、読み終えるのがもったいない、そんな物語だった。

2014年6月5日木曜日

妻の化粧品はなぜ効果がないのか 細胞アンチエイジングと再生医療

北條元治著
KADOKAWA



図書館でドキッとするタイトルを見かけ、思わず借りてきてしまいました。
なぜなら、私にとって今まさに〝旬〟の話題なのです。
いつも使っている化粧水をうっかりきらしてしまい、仕方なく娘の安い化粧水をつけたところ、これがしっとりしてつけ心地がとてもいいのです。
値段はいつもつけている化粧水の1/10以下。
だったらわざわざ高いの買わなくても、これでいいんじゃないか?
いやいや、年齢的にシミやシワにも効くものじゃないと・・・
悩めるお年頃なのです。

本書は、ショッキングな題名から想像した内容とは違い、再生医療の専門家である著者が、アンチエイジングについてわかりやすく解説しているものです。

見た目が老けている人は、血管の老化現象も進んでいて、「肌が若く、体の中の老化が進んでいる」とか「肌は老化が進んでいるが、内蔵や血管は若々しい」というケースはほとんどないそうです。

・老化の大きな原因は「紫外線」「酸化」「糖化」である。
・皮膚組織がコラーゲン・ヒアルロン酸を直接吸収することなどありえない。
(ただし、保湿には効果あり。)
・化粧品が浸透するのは、表皮の一部「角質層」までであり、薬事法でも化粧品の作用が及ぶ範囲は角質層までと決められているため、スキンケア化粧品に期待はできない。

もっと若く、もっと美しくと願う乙女たちに、辛い現実が突きつけられます。

そして、肌の老化防止法は、保湿と紫外線対策だけだと、わかりやすく説明してくれるのです。
だから、安くていいからシンプルな保湿効果のあるものを使いましょうと。

じゃあ、やっぱりこのまま娘の安い化粧水を使い続けていいということ?
でも、化粧品会社だって多額の資金を使って研究しているわけだし、少しぐらい効果があるのでは?
乙女心は複雑でもあるのです。

他にも、iPS細胞について、「酸化」「糖化」についてなど、アンチエイジングの最前線をわかりやすく説明してくれます。
目新しい話題はないけれど、極端な考えに走ったり、過激な方法を推奨するということもないので、かえって信用できる気がします。

でも結局は、地道な努力で老化を食い止めるしかないのでしょうか。

2014年6月1日日曜日

乙女の読書道

池澤春菜著
本の雑誌社

乙女をなめたらあかんぜよ!超のつく読書狂の乙女でもあり、「文筆界のサラブレッド」でもある著者の書評集。



子供の頃から読書好きで、自他共に認める重度の活字中毒。
寝なさいと部屋の電気を消されても、お布団の中に懐中電灯を持ちこんで本を読んでいた。
母が先生に「本を読みすぎて困る」と相談し、読書を推奨している立場の先生を困惑させた。
学校の図書館の本は全部読んだ。

そんな「本好きあるある」のようなエピソードをお持ちの著者・池澤春菜さん。
同じ本好きとしてとても親近感が湧いてきます。

学校の行き帰りの道も歩きながら読み、授業中も、食事中も読む。
小学3年生の時に、本屋でシリーズものを読み始め、続きが読みたくて数軒ハシゴしながら夢中で読みふけっていたら、夜の9時を過ぎていた!
慌てて帰宅すると、家の前にパトカーが停まっていて大騒ぎになっていた。
ここまで来ると、ご本人がおっしゃる通り筋金入りの「読書狂」です。

池澤春菜さんは、声優・歌手・エッセイストとして活躍しながら、今でも年間300冊以上の本を読まれているそうです。
そして、お父様が作家の池澤夏樹さん、お祖父様が作家の福永武彦さん、お祖母様が詩人の原條あき子さんだというのですから、文筆界のサラブレッドとも言えるのではないでしょうか。

表紙の可愛らしい女性はご本人で、まさに「乙女」といった雰囲気が漂っています。
後ろの整頓された本棚はご自宅のものだそうで、どんな本があるのか、どんな並べ方をしているのか、まじまじと見てしまいました。

本書は、そんな「読書狂乙女」の池澤春菜さんが、「本の雑誌」等に連載したものをまとめた書評集です。
池澤夏樹さんとの親子対談や、紙の本禁止令が出されiPodと過ごした1週間の体験記も掲載されていて、とても読み応えがあります。

掲載されている書評は、児童文学やハーレクイン、お父様・お祖父様の作品もありますが、お好きだという翻訳もの、それもSF・ファンタジーに偏っています。
SF愛に満ち溢れた書評なのです。
ほとんどSFを読んでこなかった私が、本書に取り上げられた中で読んだことあるのは、「開かせていただき光栄です」と「ビブリア古書堂シリーズ」ぐらいでした。

この書評集の最大の特徴は、文章から ☆キラキラ☆ や ♪音符♪ が飛び出してくるような印象を受けることなのです。
といっても乙女チックな可愛らしい輝きももちろんあるのですが、それだけではなく、なんというか、子供が好きなことに夢中になっているような、ウキウキやワクワクが伝わってくるのです。
ご本人が、面白くてたまらないと夢中なっている様子が目に浮かんできます。
だから、読んでいてとても楽しくなってくるのです。
そして、池澤春菜さんがそんなにも面白いとおっしゃっているなら読んでみたい!と思ってしまいます。

おかげで読みたい本リストがまたまた伸びてしまいました。
迂闊に手を出したら火傷しそうな魔性の本なので、どうかご注意ください!

♦♫♦・*:..。♦♫♦*゚¨゚゚・*:..。♦♫♦・*:..。♦♫♦*゚¨゚゚・♦♫♦・*:..。♦♫♦*

著者のインタビューより
国語のテストで、父の小説から問題が出たことがあって。「このとき作者は何を考えていたのか答えよ」という問題。その日家に帰って、父に「何を考えてたの?」と訊いたら、「〆切のことしか考えてなかった」(笑)。それで翌日先生のところへ行って、「父は〆切のことしか考えてなかったそうなんですけど、その場合何番を選べばいいんでしょう?」と訊いたら「もういいです」って(笑)。きっとやりにくかったと思います。

2014年5月27日火曜日

追憶の夜想曲

中山七里著
講談社

「贖罪の奏鳴曲」で大怪我を追った御子柴弁護士が帰ってきた!高額報酬を要求する弁護士VSリベンジに燃える検察官。裁判の行方に目が離せない!!




「贖罪の奏鳴曲」の続編。

平凡な主婦が、仕事もせず部屋に引きこもっている夫に愛想を尽かし殺害する、という事件があった。
裁判員裁判を受け、懲役16年という判決が下る。
控訴手続きをした直後、担当弁護士のもとに御子柴弁護士が現れ、担当を代われと要求する。

この御子柴は、どんな裁判も減刑させたり、時には無罪を勝ち取ることで有名だが、そのために手段を選ばず、敵対者も多い。
ダークヒーロー的な主人公なのだ。
前作で明かされた驚愕の過去を持ち、腕は確かだが依頼人に高額報酬を要求することで有名な御子柴が、なぜ大した金にもならないのに弁護をしたがるのだろうか?

一方、かつて裁判で御子柴に完膚なきまでに粉砕された岬検事は、次席検事の立場ながらリベンジを果たすべく、自ら担当を買って出る。

御子柴が裁判を担当した本当の理由とは?
御子柴VS岬検事の対決の行方は?
その二つの謎をメインに速いテンポで話が進んでいき、誰にも共感できないながらも、一気読み必至のリーガル・サスペンスである。

また、岬検事は「さよならドビュッシー」などの主人公・岬洋介の父親であるなど、他の中山七里作品と人物や出来事がリンクしているのを発見するのも、ファンにとって楽しみの一つである。

私の好きな演奏シーンがほとんどない、真相が痛ましくやりきれない、といった部分が個人的には残念だが、御子柴がこれをきっかけにどう変化したのか?それとも変わらないのか?気になるので、続編を期待したい。

2014年5月25日日曜日

まぐだら屋のマリア

原田マハ著
幻冬舎

海沿いの寂れた町にある食堂「まぐだら屋」。そこには、互いの過去をさぐり合わない人々が集まっていた。原田マハさんの再生小説。





高級料亭で厳しい修行に耐えていた紫紋は、ある事件をきっかけに住んでいた寮を飛び出し、死に場所を求めさまよう。
所持金が尽きたところでバスを降りると、そこは尽果(つきはて)という寂れた海辺の町だった。
フラフラと「まぐだら屋」という名前の食堂にたどり着き、手伝うことになる。
「まぐだら屋」では、明るい笑顔のマリアという女性が働いていた。
紫紋と同じくマリアにも暗い過去がありそうだが、お互い過去をさぐり合わず、月日が過ぎていく。

傷ついた人々が尽果という町で静かに癒されながら、自分の過去と向き合う決意をしていく、そういう物語である。

「まぐだら」とは、
マグロとタラをかけあわせたような世にも美味な魚「マグダラ」を食べるとどんな病気も治る、尽き果てかけた命も救われる・・・
という伝説から来ている。

感動的な話、なのだと思う。
癒され、勇気を与えてもらう話、でもあるだろう。
私もそう思い、夢中で読みふけった、途中までは。
でも、マリアの過去が明かされると、途端に興ざめしてしまったのだ。

よくありがちな過去が、あらすじのように語られていて、言い方は悪いが陳腐すぎるのでは?と思ってしまった。
そうなると、他も気になってくる。
「マグダラのマリア」を意識したのだろうが、マグロとタラをかけあわせて「マグダラ」って(。-_-。)
登場人物が、紫紋(シモン)に丸弧(マルコ)に与羽(ヨハネ)って。
勤務先の産地偽装・食材使い回しも、どこかで聞いたことある事件だし。

原田マハさんの再生小説は好きなんだけど、いい話なんだけど、入り込めなくて残念。
読むタイミングが合わなかったのかなぁ。
違う時に読んだら、私だって素直に感動できたかもしれない。

また、母親と二人暮らしで長年引きこもりだった少年が出てくるのだが、つい最近読んだ話とエピソードがそっくりだった。
でも、どの小説とそっくりなのか全く思い出せず゚(゚´Д`゚)゚
過去のレビューを見てもそれらしきものは見当たらず、困っている。
週刊誌で読んだ小説かも?
どなたか「母と二人暮らしの引きこもり少年が再出発する話」(たぶん短編)をご存知でしたら教えてください。

2014年5月21日水曜日

いとみち 二の糸

越谷オサム著
新潮社

「おがえりなさいませ、ごスずん様」津軽弁のメイドさん・いとちゃんの第2弾。やっぱりめごいなぁ♡



先日、かねてより念願だった秋葉原のメイド喫茶に行ってきました。
以前行ったメイド喫茶は、おひとり様の男たちが静かに座っている異様な雰囲気でしたが、そこは明るくエンターテインメントに徹した空間で、楽しいひと時を過ごすことができました。

《メイド喫茶体験記》
「お帰りなさいませ、お嬢様♡」と明るく出迎えてもらい、席に案内してもらいました。
メニューから飲み物を選び、メイドさんの写真が貼ってあるボードから一緒に写真を撮るメイドさんを指名しました。
(よくわからなかったので、案内してくれたかわいいお嬢さんを指名しました。)
いくつかあるカチューシャの中から「ねこミミカチューシャ」を選んで頭につけ、萌え萌えポーズをキメながら、かわいいメイドさんと一緒に写真を撮りました。
その後、メイドさんがその写真にかわいいメッセージを書いてくれました。

注文した飲み物に、かわいい絵を描いて〝美味しくなる魔法〟をかけてくれました。




向かって左は研修生が描いてくれた「ダーリン」と「ふなっしー」。
左が、メイド歴3ヶ月というメイドさんが描いてくれた「メイド服」と「にゃんこ」。

メイドさん達は本当にアイドルのようにかわいくて、〝萌え〟だけでなく〝元気〟も注入してもらい、夢のような時間を過ごすことができました。
あとでバイト募集要項を確認してみると、出勤前にプロのスタイリストさんが髪の毛をセットしてくれるそうです。
いえ、ただ確認しただけで応募しようと思ったわけではありません(^^;

アイドルのようにかわいいメイドさんもいいけれど、この「いとみち 二の糸」に出てくるメイドさん いとちゃん もとってもめごいのです。
いとちゃんの魅力に完全にノックアウトされてしまった前作「いとみち」の続編です。

主人公のいとちゃんは、人見知りが激しくて、口下手で引っ込み思案だけれど、メイド喫茶「津軽メイド珈琲店」で、メイドさんのアルバイトをしています。
いつもおどおどしていますが、津軽三味線の腕前は確かで、ミニコンサートまで開催しているのです。
そして、働き始めて1年にもなるというのに、いまだに「お帰りなさいませ、ご主人様」が言えずに、「お、おがえりなさいませ、ごスずん様」と訛ってしまいます。

さて、高校2年生になったいとちゃんは、新しい担任の先生を見て仰天します。
なんと、メイド喫茶の常連さんだったのです!
しかもその先生は、いとちゃんが友達と立ち上げた「カメラ同好会」の顧問も引き受けたのです。
なんという気まずさでしょう!!

楽しい高校生活を送っていたいとちゃんですが、親友と初めて喧嘩をしてしまいました。
仲直りしたいのに、きっかけが掴めません。
その上、メイド喫茶でもなぜか周りのメイドさん達が急によそよそしくなったのです。
人間関係に悩みながら、いとちゃんは成長していきます。

女子高生たちがキャッキャと楽しそうにおしゃべりする様子を読んでいると、なんだかこちらまで楽しくなってきます。
その上今回は、喜ばしい出来事があったり、仲間の旅立ちがあったりと、いとちゃんもいろいろな経験をするのですが、私も一緒に、寂しくて泣いたり、嬉しくて泣いたり、感動して泣いたりと忙しかったのです。

そしてなんと!!
まさかのいとちゃん恋の予感!?
続きが気になるではないですか!

続編の「いとみち 三の糸」はもう発売されているそうです。
早く、たんげめごい(すごくかわいい)いとちゃんに会いに行かなくちゃ。

2014年5月18日日曜日

いつまでも美しく: インド・ムンバイの スラムに生きる人びと

キャサリン・ブー著
石垣賀子訳
早川書房

ムンバイのスラムを3年半にわたって取材したノンフィクション。



インド・ムンバイの国際空港近くにあるコンクリート壁。
そこには、鮮やかな広告が一面に書かれていた。
「いつまでも美しく(Beautiful Forever)。いつまでも美しく。いつまでも美しく。・・・」
延々と続くその広告のそばにあるスラムを取材したノンフィクションである。
原題は、「Behind the Beautiful Forevers Life,Death,and Hope in a Mumbai Undercity」

もともと貧困問題に関心があったという著者は、インド人男性との結婚を機にムンバイのスラムを訪れ、彼らの生活を3年半にわたって記録していく。


世界の貧困層の1/3をかかえるといわれるインド。
そのインド最大の商業都市・ムンバイに、小さなスラム「アンナワディ」がある。
そこでは、空港当局が所有する土地に粗末なバラックを建て、約3000人が不法に暮らしている。
ますます豊かに、ますます不平等になっていくムンバイで、いつか中流に這い上がれるかもしれないとの希望を胸に抱えながら。

16歳のアブドゥルは、住民たちが収集するゴミを分別し、業者にまとめて売ることで一家を支えていた。
真面目で無口なアブドゥルは、トラブルを避けるように目立たず暮らしていたが、隣人の女が灯油をかぶって火を点けるという事件を起こしてから、生活が一変する。

権力者を利用してのし上がろうと企む野心家の母親を持つマンジュは、このスラムで初の大学卒業を控えていた。

その二人を中心として、スラムの喧騒が描かれていく。
鳴り響く音楽、笑い声や怒鳴り声。
立ち上る土煙、あちこちで起こるいざこざ。
目まぐるしい日常の中で、彼らはたくましく暮らしている。

一日に1ドル以下で生活する住民たち。
学校へ行かず、ゴミを集める子供たち。
彼らの凄まじい生活ぶり、とりわけ子供たちの境遇に胸が痛む。
主語はスラムの住人たちで、文章の中には著者の影すら出てこないため、いつしか小説を読んでいるような気になってくるのだが、これは現実なのだ。

また彼らは、お金がないというだけで何度も理不尽な目にあう。
勾留され、無実の罪を着せられたくないと追い詰められた人に、持っている金をすべて出させ、借りられるだけの金を借りさせて搾り取る警察官。
金を出さなければ、不利な検査結果を提出すると脅す医師。
ここまで「地獄の沙汰も金次第」なのかと愕然としたのだが、彼らもまた生きるのに必死なのだ。

公正とは程遠い選挙、袖の下の横行、偽造書類、あまりの腐敗ぶりに驚いたが、複雑に入り組んだ宗教やカースト制度もあって、部外者にはなかなか手が出せない問題だろう。

彼らはこれからも、力と金を持っているものだけが恩恵を受けられる社会で、「いつまでもたくましく」生きていくのだろうか。

2014年5月13日火曜日

ルーズヴェルト・ゲーム

池井戸潤著
講談社

二番煎じ?二匹目のどじょう?いやいや、それでもやっぱり面白い。「倍返し」の次は「大逆転」だっ!!



TBSで放送されているドラマ「ルーズヴェルト・ゲーム」を毎週録画して見ている。
「半沢直樹」が当たったからってまた安易な企画通して…と思っていたが、見始めたらこれがなかなか面白い。
カメラワークや演技が似通っている、出演する俳優が重なっている、ということもあり、「まさしく半沢直樹や~!」と突っ込みながらも、楽しく見ている。
それにしても、香川照之が画面に登場すると一瞬にして「香川劇場」となってしまうのはどうなんだろうか。
半沢直樹の時よりだいぶ抑えた演技なんだけどなぁ。

ドラマの原作本がこの「ルーズヴェルト・ゲーム」
今、飛ぶ鳥を落とす勢いの池井戸潤さんの小説である。

中堅電子部品メーカーの青島製作所は、不景気の中、経営不振に喘いでいた。
大口取引先からは生産調整や単価の引き下げを要求され、競合他社から目の敵にされ、銀行からは融資を渋られ、どんどん窮地に追い込まれる。
一方、かつて社会人野球の強豪チームであった野球部も、今では弱小チームとなってしまった。
年間3億円の経費がかかる野球部は廃部にすべきだとの声があがる。
会社も野球部も、まさに崖っぷちなのだ。

題名の「ルーズヴェルト・ゲーム」とは、かつてルーズヴェルト大統領が、「野球の試合でもっとも面白いスコアは8対7だ。」と言ったことから来ている。
(本当に言ったのかどうかは知らないけど。)

池井戸潤さんの小説は、わかりやすい勧善懲悪で、最後は主人公が勝利するというパターンが多い。
本書も、倒産寸前まで追い詰められた会社と、廃部の危機に瀕する野球部の存続をかけた戦いが並行して描かれ、追い詰められては反撃し、また苦境に立たされては這い上がっていく逆転物語である。

現実には善悪が混在していて、こうもはっきり分かれることはない。
そんなに都合よく話が進まない。
そうわかっていても、読んでいると物語の中に入り込み、登場人物たちと一緒に熱くなってしまうのだ。
銀行勤務の経験を活かし、ストーリーにリーマンショック・企業のスポーツ離れ・リストラなど社会的事柄を織り交ぜている上手さがあるからだろう。
野球部の試合を一緒に応援し、えげつない仕打ちに悔し泣きし、それぞれの熱い想いに感動しながら楽しむことができた。

2014年5月10日土曜日

禁断の魔術 ガリレオ8

東野圭吾著
文藝春秋

やっぱり短編は面白い!!湯川教授が活躍するガリレオシリーズ第8弾。



警視庁捜査一課の刑事・草薙の大学時代の友人である物理学者・湯川教授が様々な事件を解決していくガリレオシリーズの第8弾。

透視す(みとおす)
湯川は、草薙に連れられ訪れた銀座のクラブで、透視ができると評判のホステス・アイに名前や職業を言い当てられ、驚く。
その直後、アイが何者かに殺されてしまう。
アイの殺害と透視は関係あるのだろうか?

曲球る(まがる)
プロ野球選手の妻が駐車場で死体となって発見された。
犯人はすぐに逮捕されたが、助手席にはプレゼント包装された置時計が残されており、誰に何のために用意したのか、湯川が解明していく。

念波る(おくる)
双子の姉が危険な目にあっているとテレパシーで感じた双子の妹。
連絡してみると、本当に姉は殺害されていた。
超常現象を信じそうもない湯川が、なんとテレパシーについて研究を始める。
テレパシーは本当にあるのだろうか?

猛射つ(うつ)
湯川の高校の後輩が、姉が死亡した恨みをはらそうと機械を使った殺害を計画しているらしい。
その機械とは、湯川がかつて後輩と一緒に作成したものだった。
計画を阻止しようと湯川が奮闘する。

以上4編が収められている。

相変わらず冴えまくっている湯川教授。
最後は全て解決してしまうのだろうとわかっていても、やっぱり面白い。
今回は湯川が、テレパシーや透視などの超常現象を目の当たりにしたり、プロ野球選手の投球フォームを科学的に分析しアドバイスしたりと、またまた多方面で活躍している。
やっぱりガリレオシリーズは、長編より短編の方が面白いな。

何でもお見通しの湯川教授だったら、STAP細胞についての騒動も鮮やかに解いてくれるのではないだろうか?
えっ!湯川教授は物理学の教授だから、分野が違う?
でも、きっと解決してくれると思うなぁ。
だって、天才・湯川教授なのだから。

2014年5月8日木曜日

まほろ駅前番外地

三浦しをん著
文藝春秋

人気シリーズの番外編。登場人物たちの意外なエピソードが嬉しい半面、小説としては・・・



うっかりしていた!
もうすぐ図書館で予約していたまほろ駅前シリーズの第3弾「まほろ駅前狂騒曲」の順番が回ってきてしまう。
ということで読んだ第2弾「まほろ駅前番外地」

まほろ駅前で便利屋を営む多田と、そこに転がり込んできた高校時代の同級生・行天。
そのコンビと、二人を取り巻く人々を描いた大人気のシリーズで、瑛太・松田龍平で映画化、ドラマ化もされている。

本書は「番外地」というだけあって、多田と行天の過去を始め、
裏社会で暮らす星の驚きの規則正しい生活、
息子に頼まれ二人が時々お見舞いに訪れる、まだらボケしている曽根田のばあちゃんの過去のロマンス、
横中バスの間引き運転を見張る岡家の奥様のひとり言、
など7編の短編の中に、登場人物たちの意外なエピソードがギュッと詰まった、ファンにとって嬉しい一冊である。

読んでいるとなんとなく昭和っぽさを感じるのは、タバコが出てきたり、場末感があるからだろうか。
舞台の「まほろ」でも現在は路上喫煙禁止だから、多田も行天も困っているかもしれない。

ただ、私もファンの一員として裏話のようなエピソードは楽しく読んだのだが、ストーリー的にはどうなんだろう?と首を傾げてしまった。
話の起伏もあまりなく、「だからどうなんだ!」「オチがない!」と突っ込みたくなる箇所がいくつかあって・・・
いや、つまらなかったわけではない。
むしろ笑いながら読んでいたのだが。

今回はスピンオフの話でファンサービスに徹したのだ、次の「狂騒曲」でドカンといってくれるだろう・・・と期待している。

※~※~※~※~※~※~※~※~※~※~※~※~※
P70より抜粋

まほろ市民が、まほろ駅前に赴くことを「まほろに行く」と表現するのはなぜなんだろう。自分が住んでいるのも当然まほろ市内なのに、変じゃないか。たとえば中野区民も、中野駅前に赴くことを「中野に行く」と言うんだろうか?言わない気がするぞ。もっと具体的に、「マルイで買い物」とか「サンロードをぶらつく」とか・・・。

そうなのです。
我が心の故郷でありこの物語の舞台である町田では、駅周辺の繁華街に行くことをなぜか「町田に行く」と言うのです。
私は駅から徒歩圏内の割と近いところに住んでいたのですが、それでも「町田に行く」と言っていました。
周りの人も、駅の目の前に住んでいた友人も。
現在住んでいる場所では「〇〇(店名)に行く」「駅に行く」と言っているのに。
町田だけなのでしょうか?

2014年4月29日火曜日

ふるさと銀河線 軌道春秋

髙田郁著
双葉社

鉄道と食べ物と優しさに癒されよう!「みをつくし料理帖」の作者・髙田郁さんの初現代小説。



天涯孤独の料理人・澪が数々の試練を乗り越えていく「みをつくし料理帖」シリーズなど、髙田郁さんの時代小説は、涙と感動と美味しいものが付き物である。
試練が次々と登場人物を襲い、ここまで苦しめなくてもいいのにと思うことも多いが、真っ直ぐで心優しい人々に感動し、丁寧に描写される食べ物に食欲をそそられてしまう。 
きっと髙田さんは、真面目で優しい方なんだろうなと想像している。

そんな高田郁さん初めての現代小説が、この「ふるさと銀河線」である。
漫画の原作者として活躍されていた頃の作品「軌道春秋」を小説として書き改めたのだという。

JRの赤字廃止路線だったが、沿線住民の強い要望により第三セクターとして生き残ったふるさと銀河線。
その運転士として働く兄と妹は、不慮の事故で両親を亡くし、二人だけで暮らしていた。
妹は、高校受験を前に、兄や寂れていく町のことを考え、近くの高校を受験することにする。
しかし、彼女には演劇の道に進みたいという夢があった。
夢をとるか、地元をとるか、中学生の妹は進路に悩む。
といった内容の、表題作の「ふるさと銀河線」。

夫がリストラされ無職になりながらも、毎日家を出て出勤を装っている「お弁当ふたつ」。
夜になってもカーテンを閉めず、横を通る電車から丸見えの部屋で暮らす老夫婦と車内から二人を見つめる乗客たちの話「車窓家族」。
駅構内の立ち食いそば屋で働く老人と勉強のプレッシャーに疲れた孫の話「ムシヤシナイ」。
亡くなった息子が残した旅先からのハガキを頼りに何もない町を訪れ、息子を偲ぶ「返信」。
証券会社の営業に疲れた男が、かつて住んでいた古い集合住宅に昔の鍵で入る「雨を聴く午後」。
アルコール依存性を克服しようと小鳥と懸命に暮らす話「あなたへの伝言」。
痴呆症になる恐怖に怯える老女の話「晩夏光」。
酒蔵を継いだが経営難に苦戦する女が、大学時代の友人に会う「幸福が遠すぎたら」。

以上、計9編が収められた短編集である。
北海道・東京・関西・・・舞台を変えながら、移動の手段だけでなく人と人を結ぶ鉄道、大切な人を想う優しさが一貫して描かれている。
時代小説と同じく、読んでいて温かな気持ちになり、尚且つ食べ物の描写がとても丁寧で、髙田さんらしさが満載でもある。

原作の漫画「軌道春秋」は28回に亘り連載されたというから、まだまだこの他にもあるわけで、ぜひとも全部を読んでみたいと思う。

でも本音を言うと、こういった話もいいのだけれど、澪の幸せを願うファンとしては、一刻も早く次回が最終巻だという「みをつくし料理帖」を出版して欲しいと思ってしまうのだ。

2014年4月23日水曜日

辞書になった男 ケンボー先生と山田先生

佐々木健一著
文藝春秋

辞書に人生を捧げた二人の編纂者はなぜ決別したのか?辞書編纂の裏に隠された謎を追う。



シンプルな言葉の羅列、「読むもの」ではなく「引くもの」、どれも一緒だが使いやすいのがいいなぁ。そう思っていた辞書にも「人格」があると教えてくれたのは「新解さんの謎」(赤瀬川原平著)だった。
一冊の辞書を作るのにどれほど膨大な手間と時間がかかるのか、教えてくれたのは「舟を編む」(三浦しをん著)だった。
そして今回、また辞書に関するすごい本に出会うことができた。
それがこの「辞書になった男」である。

本書は、NHKのディレクターである著者が、ドキュメンタリー番組「ケンボー先生と山田先生」を制作した際の取材内容に、新たな証言や検証を加えてまとめたものである。

昭和14年、24歳の大学院生であった見坊豪紀(ケンボー先生)は、文語文で書かれた辞書「小辞林」を口語文に直してくれと頼まれた。
そこでケンボー先生は、東大の国語学専攻で同期だった山田忠雄(山田先生)に協力を依頼する。
それ以来17年間、二人は「三省堂国語辞典」を共に編纂してきたが、ある時点を境に決別する。
二人はなぜ袂を分かったのだろうか?

その後出版された、山田先生がほぼ一人で編纂したといわれる「新明解」の用例から、少しずつ二人の関係が浮かび上がってくる。

(「新明解」より)
【上】「形の上では共著になっているが」
【実に】「助手の職にあること実に十七年(驚くべきことには十七年の長きにわたった。がまんさせる方もさせる方だが、がまんする方もする方だ、という感慨が含まれている)」
【時点】「一月九日の時点では、その事実は判明していなかった」

果たして、一月九日に何があったのだろうか。
文献を紐解き、多数の関係者にインタビューしながら、昭和辞書史の謎に迫っていく。

辞書に人生を捧げた二人の足跡を追いながらだんだんと明かされていく謎、そして最後にどんでん返しまで用意されていて、極上のミステリーのようでもある。
複雑に絡み合った史実を、表面的な出来事だけでなく多方面から深く掘り下げているため、これほどまでに面白いのだろう。

なかなか表に出ない「影の存在」である辞書編纂者に光を当て、
言葉とはこんなにも深いものなのだと教えてくれ、
辞書は編纂者の個性・人格が自ずと文面に浮かび上がってくることを明らかにした功績は大きいのではないだろうか。
山田先生の私生活がなかなか見えてこないのが残念なのだが。

まだ4月だが、2014年に私が読んだ本・ノンフィクション部門No.1はこの本に決定だ。(暫定)

~※~※~※~※~※~※~※~※~※~※~※~※~※

辞書に関する様々なトピックも面白かった。

・堂々めぐり
【男】を引くと「女でない方」、【女】を引くと「男でない方」など、単なる言いかえで言葉の意味にたどり着けないことがある。
山田先生は、「新明解」を編纂する際にそんな堂々めぐりをやめようと考えたという。
小学生の頃、この堂々巡りで困ったことが何度もあったなぁと思い出した。

・大ベストセラー
日本で一番売れている辞書は、「新明解」なのだそうだ。
「広辞苑」は累計1200万部、それに対して「新明解」は累計2000万部だという。
考えてみたら、「広辞苑」は持ち運びに不便だもんなぁ。

・まさに「辞書になった男」
現在辞書の編纂に携わっている方が、1年で4000~5000語の言葉を採集しているというが、ケンボー先生は生涯で145万例集めたという。
一日15時間仕事し、どんな時でも言葉を集めているケンボー先生のエピソードはすごいと思いつつも、ちょっと笑えた。

・名義貸し
辞書界では、「監修」や「共著」と名前が出ていながら、単なる名義貸しであることがまかり通っていたという。
絶対的な「金田一京助ブランド」が世間に存在する限り、出版社としては金田一氏の名前を落とすことができなかったらしい。

・「暮らしの手帖」事件
「暮らしの手帖」(1971年2月号)の「商品テスト」に、「国語の辞書をテストする」という特集記事が掲載された。
これにより、どの出版社の辞書も多少ことばを入れ替えただけのそっくりな文章が掲載されていること、間違いも踏襲されていることなど、長年辞書界に蔓延してきた「盗用・剽窃」体質が白日の下にさらされた。
現在は改善されているのだろうか。
 
我が家の「新解さん」第四版。
金田一京助氏の名前が一番上に表示されている。
 
 
 
「時点」の用例

2014年4月19日土曜日

わたしの小さな古本屋~倉敷「蟲文庫」に流れるやさしい時間

田中美穂著
洋泉社

ゆったりとした時間が流れる古本屋さん「蟲文庫」の店主・田中美穂さんのエッセイ。こんな居心地良さそうなお店、いつか行ってみたい!!



倉敷の美観地区にある小さな古本屋さん・蟲文庫。
その店主である田中美穂さんのエッセイです。

田中さんは21歳の時、高校卒業後勤めていた会社で突然配属替えを言い渡され、納得いかずに退職を申し出ます。
そして「せっかくなので古本屋をやってみようと思う。」とすぐに店舗探しを始めたのです。
本屋さんや古本屋さんでの経験もないのに、本が好きというだけで!
しかも開業資金に通常500万~1000万円かかるところ、手持ちの資金は100万円だけだったのです!!

私だったら、いや誰でもそんな話を聞いたら「なんて無謀な!やめときな。もう少し経験を積んでから開業しても遅くないんじゃない?」と忠告すると思うのです。
でも、田中さんは店舗を見つけ、棚板を買って本棚を作り、手持ちの数百冊を並べて開店にこぎつけます。

だからといってこの田中さん、「バリバリのやり手」という感じではないんですよね。
文章からは、とても落ち着いた、物静かなおっとりした大人の女性といった雰囲気が漂ってくるのです。
10坪にも満たない狭い店舗で、ライブやトークイベント、手作り品の販売と様々な企画をされていますが、気負わず一つ一つ丁寧にこなしているように感じられます。

掲載されている店内の写真は、アンティークというより昭和な雰囲気が漂い、ここには田中さんらしい、ゆったりとした時間が流れているようです。
しかも店内に、看板猫がいて、亀までいるのです。
たくさんの本に囲まれた居心地良さそうな空間・・・ああ、ここで何時間でも長居したい!(迷惑だろうけど。)

新刊書店も古本屋さんも、個人経営のお店はどこも経営が苦しいと聞きます。
開業当初こそ、早朝や夜間にアルバイトをしていたという田中さんですが、現在は古本屋専業だそうです。
ここまで来るには大変なご苦労があったでしょうし、お客様から心無い言葉を投げかけられることもあるようです。
それでも蟲文庫は現在まで20年以上続いているのですから、すごいことではないでしょうか。
それはきっと、田中さんには人を惹きつける魅力があるからだと思うのです。
現に私も、田中さんの「苔とあるく」「亀のひみつ」 を読んで田中さんに興味を持ち、この本を手にとったのですから。

だけど、誰かに「経験もお金もないけど古本屋を始めようと思う。」と言われたら、「やめときな。」と言うだろうなぁ。

2014年4月15日火曜日

昨夜のカレー、明日のパン

木皿泉著
河出書房新社

嫁と義父の不思議な共同生活。穏やかに流れる静かな日常。この雰囲気、好きだなぁ。



やっぱり次の日のカレーって、味に深みが出て美味しいですよね。
カレー大好きです。

この本の題名は「昨夜のカレー、明日のパン」ですが、残念ながらあまりカレーとは関係ありません。
パンの話でもありません。
どこにでもいるような登場人物たちの、穏やかな日常が綴られた連作短編集です。

著者の木皿泉さん(夫婦二人の共同ペンネーム)は、「野ブタ。をプロディース」や、「Q10」などを手がけた脚本家で、これが初めての小説だそうです。
本書で、2014年の本屋大賞にノミネートされています。

物語は、嫁と義父の不思議な同居生活の話から始まります。
テツコは7年前に夫を亡くしているのですが、その後もなぜか亡くなった夫の父・通称「ギフ」と一緒に暮らしています。
長く二人で暮らしていくうちに、阿吽の呼吸で日常生活を営んでいくようになりました。
でも、お互いに踏み込みすぎない、微妙な距離感を保っているのです。
別に二人は、できてるわけじゃないですよ。
テツコには、お付き合いしている同僚がいるのです。
二人の共同生活、テツコの彼氏、隣人、いとこ、と視点を変えながら、日常生活が綴られていきます。

脚本家ということもあるのでしょうか、本書はとても読みやすく、ドラマを観ているような、コミックを読んでいるような、情景がすぐに浮かんでくるような物語なのです。
とてもゆったりとした、穏やかな空気が流れているように感じました。
近しい人の「死」が全編通してテーマになっていますし、笑うことができなくなった客室乗務員のように、楽しい話ばかりでもありません。
それでも、なぜかほんわかした雰囲気が漂っているのです。

大事件や衝撃とは無縁な、地味に普通に暮らしている人たちの日常。
だけど不思議な雰囲気を持つこの物語。
好きだなぁ、こういうの。

2014年4月10日木曜日

七帝柔道記

増田俊也著
角川書店

北大柔道部の汗と涙の青春。わーい!肉体派の男祭りだぁ!とワクワクして読み始めたら・・・くぅ( ´Д⊂ヽ 泣けてくるぜっ!過酷な練習の先に彼らが見たものは。




北海道大学柔道部出身の著者が、学生時代を振り返った自伝的小説である。
主人公の増田は二浪の末、憧れだった北大柔道部に入部した。
連続最下位の七帝戦で優勝することを目標に、厳しい練習に明け暮れる。

「七帝柔道」とは、北海道大学・東北大学・東京大学・名古屋大学・京都大学・大阪大学・九州大学の旧帝大で行われている寝技を中心とした独特の柔道である。
全日本選手権やオリンピックなどの柔道とは違い、寝技への引き込みOK、絞め技も頸動脈を圧迫して脳へ行く血流を止め「落とす」(意識を失う)まで、関節技も待ったなしの過酷な柔道なのである。

七帝柔道は「練習量がすべてを決定する」と言われていて、その練習は想像を絶する過酷さだ。
畳に溜まる汗の水たまり。
練習後には体重が5~7キロ減り、動くこともできずに道場の隅で転がる。
警察への出稽古で、重量級の猛者たちに肉体もプライドも人格さえも滅茶苦茶にされる。
そして満身創痍のまま、また次の日にはテーピングしながら練習、練習。
楽しい学生生活を謳歌している男女を横目に、女の子ともオシャレとも無縁の、柔道以外何もできない、柔道漬けの毎日を送る柔道部員たち。
将来柔道で食べていくわけでもないのに、ひたすら苦しい練習を続けるのである。

肉体派男子が大好きな私は、「わーい!男祭りだ♡」と喜びながら読み始めたのだが、すぐに申し訳なさでいっぱいになり、ひれ伏したくなってしまった。
こんな苦しい世界があるなんて知らなくてごめんなさい。
その逞しい肉体は過酷な練習の賜物だったんだね。肉体派が好きなんて軽く言っちゃってごめんなさい。
大学時代、勉強もせず毎日楽しく遊び歩いていました。ごめんなさい。
とにかく、何もかもごめんなさい!!
そう言いたくなるほどの圧倒的厳しさなのである。

臨場感溢れる試合場面では「行けー!」と応援に熱が入り、新入生歓迎会のバカ騒ぎに大笑いし、同期や先輩たちとの固い絆に胸が熱くなる。
同じ著者の『木村政彦はなぜ力道山を殺さなかったのか』を読んだ時もそうだったが、今回も女の身ながら何度も男泣きさせられた。

現在も七帝戦は行われているという。
知り合いの現役京大生・阪大生たちに、柔道部は今でもこんな過酷な練習をしているのか聞いてみたところ皆一様に「柔道部員を見かけたことすらないから知らない。」という素っ気ない返事だった。
ううっ(´Д⊂ 誰も知らなくても、孤独に練習に励む柔道部員たち。
素敵ではないか!

登場人物と一緒に、過酷な練習に苦しくなり、熱く応援し、肩を組み一緒に応援歌を歌いたくなる、そんな超弩級の物語だった。
まだ4月だが、2014年の私が読んだベスト小説はこれで決まりだっ!!(暫定)

2014年4月6日日曜日

翔ぶ少女

原田マハ著
ポプラ社

「羽があったらな。お父ちゃんとお母ちゃんに会いに天国まで飛んでいくんや!」阪神大震災で両親を失った兄妹の切ない祈りの物語。



私は原田マハさんの小説が好きで何冊か読んできました。

・キュレーターという経験を存分に発揮された「楽園のカンヴァス」などの美術を題材とした小説。
・「総理の夫」など、少しコミカルな内容の小説。
・「カフーを待ちわびて」「さいはての彼女」など、未来の希望に繋がるような勇気づけられる小説。
一人の作家が書いた小説とは思えないほど、傾向が違います。

どれも好きなのですが、なかでも個人的には「カフーを待ちわびて」のような静かな文章の物語が好きです。
読んでいて心が穏やかになり、活力がもらえるような気がするからです。

この「翔ぶ少女」も当初は「勇気づけられる小説」のつもりで読んでいたのですが、思っていたお話とはだいぶ違っていました。

原田マハさんは、西宮で5年間暮らしていたことがあるそうで、かつて住んでいたアパートが全壊し、大学時代の友人らが被災するという体験から、「どんなことでも乗り越えられる」「復興への想い」を込めて、本書「翔ぶ少女」を書かれたのだそうです。

主人公は、阪神大震災で両親を失った幼い少女・ニケ。
兄や妹と一緒に、震災で妻を失った心療内科の医師のもとに身を寄せることとなりました。
優しい大人たちに囲まれて家では明るく振舞っているニケですが、学校では友人たちから「震災孤児」「足に大怪我をしたかわいそうな子」という目で見られ、孤立していきます。
辛くて「お父ちゃん、お母ちゃんのとこに飛んでいきたいねん。」と思うこともしばしばでした。

大切な人を亡くしたりと誰もが辛い思いをしながらも、明るく軽妙な関西弁でやり取りするご近所さんたちとの会話が、かえって涙を誘います。
ホロリとさせられる場面がいくつもありました。
中盤までは。



以下ネタバレです。



中盤あたりで、突然主人公の少女の背中から羽が生えてくるのです。
夢の中の出来事ではありません。
背中から本物の(?)白い羽が飛び出してきたのです。

思いも寄らない展開に、えっ!と驚きました。
阪神大震災という現実に起こった出来事が題材であり、神戸市長田区という実在の場所が舞台なので、現実離れした羽の出現に強い違和感を抱いてしまいました。
決して嫌いな話ではないのですが、どうしても「羽」の部分が受け入れられなかったのです。

本書の読後感は、羽の出現に違和感を持つか持たないかによって変わってくると思います。
私は、図書館の新着本で見つけて何の情報もないまま読み始めました。
最初から、ファンタジー要素があるとわかっていたら違った読後感になっていたかもしれません。
個人的には、羽を出現させなくても素敵な「再生の物語」になったのではないかと思うのですが。

2014年4月2日水曜日

海洋堂創世記

樫原辰郎著
白水社

「模型バカ」のオタク集団が「世界の海洋堂」へ。その裏には創業者親子と仲間たちの泥臭い青春の日々があった!



海洋堂といえば、「チョコエッグ」の中に入っているオマケが食玩(食品に付属して販売される玩具)とは思えないクオリティで、世間の注目を浴びた模型会社である。
今では、世界中から制作依頼が来るというアート製造企業へと発展している。

その海洋堂はどのように成長を遂げたのだろうか。
子供たちが集う町の模型屋さんからアート集団へと変貌していく過渡期を、当時アルバイトとして在籍していた著者が述懐していく。

海洋堂は東京オリンピックが開催された昭和39年、大阪・門真市に小さな模型店として誕生した。
創設者の宮脇修は開業するにあたって、プラモデル屋にするか故郷・高知で学んだ手打ちうどん屋にするか悩んだという。
海洋堂がうどん屋になっていたら、今のフィギア界は違ったものになっていたのだろうか。

お互い本名を知らず、帽子にメガネをかけているから「ボーメ」、親戚のヒサトに似ているから「ヒサトモドキ」・・・そんなテキトーなあだ名で呼び合うユルい関係。
常連客とアルバイト、社員の垣根も曖昧ないい加減さ。
ホコリと薬品の匂いが充満している雑然とした作業場。
そして、仕事が終わっても毎晩残って模型を作り続ける「模型バカ」たち。

「僕らには神も仏もなくて、模型だけがあった。」

毎日が「模型祭り」というお祭り騒ぎ!
女の子ともオシャレとも無縁のむさくるしさ!
泥臭い青春の日々!
まるで、文化系男子学生の合宿所のようではないか。

しかしそこに集まる男たちは、日常生活に支障をきたすくらい変人だが、造形の腕だけは誰にも負けない・・・そんなオタク集団たちだった。
その男たちを、創業者である宮脇修が「模型をアートに!」を合言葉に引っ張っていく。

そういえば幼い頃、近所に人気の模型屋さんがあり、男子たちでいつも混み合っていたなぁという記憶がある程度で、プラモデルを作ったことすらない私にとって、新鮮な驚きに満ちた世界だ。
今まであまり興味がなかったのだが、本書をきっかけに海洋堂の作品を検索し、その完成度の高さに今更ながら驚いた。
博物館から制作依頼が来るというのも頷けるレベルの高さだ。

今では美少女フィギアの巨匠と呼ばれ、世界的なアーチストとなったBOMEさん(帽子とメガネでボーメさん)は、極端に人見知りで口下手だという。
オタクのど真ん中に位置する彼は、海洋堂というオタク集団に属していたからこそ花開いたのだろう。

文章が荒削りで、思い入れが強すぎる部分もあるのだが、かえってそれが当時の泥臭さやカオス状態を浮かび上がらせているように感じた。
「未来ある若者の人生を狂わせるくらい魅力的な魔窟」であった海洋堂は、これからも多くの男たちを巻き込みながら成長を続けていくのだろう。

2014年3月26日水曜日

アルモニカ・ディアボリカ

皆川博子著
早川書房

天使の声と呼ばれた楽器・アルモニカ。いつしかそれはアルモニカ・ディアボリカ(悪魔の楽器)と噂されるようになった。「開かせていただき光栄です」から5年、18世紀の英国に天使が舞い、悪魔の楽器が鳴り響く!




18世紀ロンドンの解剖学教室を舞台にした極上ミステリー・「開かせていただき光栄です」の続編。
前作「開かせて~」は、解剖医ダニエルが主宰する解剖学教室を中心とした話だったが、今回は盲目の治安判事、ジョン・フィールディングを中心として描かれている。

あれから5年。
解剖医ダニエルの弟子・アルやクラレンスらは、盲目の治安判事サー・ジョンの下で犯罪防止のための新聞の編集に携わっていた。
ある日、採掘場で発見された死体の情報提供を求める広告依頼の仕事が舞い込んだ。
その死体の胸には「ベツレヘムの子よ、よみがえれ! アルモニカ・ディアボリカ」という謎の文字が刻まれていた!

調査を進めるうちに、国王や貴族たちの乱痴気騒ぎの場で起きた事件が関係しているらしいことがわかる。
そして、発見された手記により、精神病院で生まれ育ったナイジェル・ハートの凄惨な過去も明らかになっていく。


馬車や怪しげな見世物小屋など当時の様子が緻密に描写され、違和感なく読者を18世紀の英国にタイムスリップさせてくれる。
今回も458ページと長編ながら、一気に読まずにはいられない魅惑的な物語だった。
階級社会、犯罪捜査の限界、貴族たちの身勝手な隠蔽工作、そして判事としての職務と良心との間で悩む判事の苦悩・・・
縦横無尽に張り巡らされた伏線が見事にまとまり、事件の全容が明らかになっていく過程はさすが皆川博子さんである。

アルモニカという楽器も本書通りベンジャミン・フランクリンが実際に発明したものであり、実在した人物も登場する。
そして史実が所々に挟まれているので、実際にこんな事件が起きていたのではないかと思うほどである。

ただ、登場人物に愛着が湧いていたファンとしては、なかなかこの結末は受け入れがたいのである。
「開かせて~」は人体解剖という題材ながらコミカルな雰囲気が漂っていたのだが、今回は胸が痛む場面が多く、読んでいて辛かった。
時折出てくる英国の歌、そしてアルモニカが奏でる天使の音色が、一服の清涼剤になったのだが。
もしまた続編があるのだとしたら、幸せな結末を期待したい。


※読み終わり、あらためて表紙を眺めてみると、とても芸が細かいことに気付く。
青い花・ガラスの器・天使の羽・・・
そして「開かせて~」の表紙は胸を開いていたが、今回は背中を開いている。
赤と青の対比も面白い。
「開かせていただき光栄です」の表紙

2014年3月22日土曜日

日本語に生まれて――世界の本屋さんで考えたこと

中村和恵著
岩波書店

好きなだけ本が読めるって幸せなことなのだ。世界を回って考えた「本」のこと。



著者は比較文学者という職業柄、世界中を飛び回っている方である。
どこへ行っても博物館・美術館の他に、本屋さんや図書館まで訪れるという。
そして、本を買いまくりダンボールで送るという筋金入りの本好きだ。
そんな著者が、世界各地を回りながら考えた「書物」についてのエッセイである。
あちこちに話題が飛ぶので旅の雑記帳のような雰囲気ではあるが、本や電子書籍・書店の未来について考えていく。

食を考えるエッセイ「地上の飯―皿めぐり航海記」を読んだ時にも思ったのだが、どうも私はこの著者の文章とは相性が悪いようだ。
文章が独りよがりのように感じられ、話題もあちこちに飛ぶので読みにくいのだ。
それでも内容的には面白く、読みにくさは感じても苦痛ではない。

何もなくて呆然としてしまうトンガの本屋さん。
「本の値段がわからないから売れない」というドミニカ島の雑貨屋兼本販売所の店員。
呪いの方法が書いてあり、代々受け継がれる秘密の本。
そんな面白い話題の合間に、植民地、人種差別、原発、言語、日本人と日本語など、著者が考えたことが多岐にわたって綴られていく。

世界には、母国語で教育が受けられない国、母国語の出版物がほとんどない国がたくさんあり、消えかかっている言語もたくさんある。
家でも外でも日本語を使い、日本語の出版物が溢れているこの日本が、世界から見たら特殊であり、いつでも好きな本を読める環境にあるということが幸せなのだとあらためて教えてくれる。

積読本の消化もできず、あれも読みたいこれも読みたいと図書館に目一杯予約を入れ、「読みたい本があり過ぎて困るぅ~~~」と言っている私は、なんて贅沢なのだろう。


世界の出版市場のおよそ1/5を日本が占めるという、出版先進国の日本。
先日、紙の書籍だけに認められていた「出版権」の対象を、電子書籍にも広げる著作権法改正案が閣議決定された。(2015年1月施行予定。)

著者がいて、出版社があり、編集者がいて、校閲があり、そして本屋さんがある。
当たり前のように日本語の出版物があふれ、私たちは楽しむことができる。
そんな世界が、この著作権法の改正・電子書籍の氾濫で変わってしまうのだろうか。
本好きの一人として、いつまでも本が溢れる世の中であってほしいと願う。

2014年3月18日火曜日

代書屋ミクラ

松崎有里著
光文社
 
泣き虫の妄想王子、只今参上!!あなたはこんな王子様お好きですか? 
 
 
 


主人公のミクラは代書屋さん。
研究者たちの論文の執筆を代行するのが仕事です。
講義や試験、それに会議や学会で忙しい、文章を書くのが苦手、怠惰・・・
研究者たちは様々な理由で代書屋さんに依頼します。

ミクラはまだ駆け出しのペーペーです。
だから先輩代書屋さんのトキトーさんに、よく仕事を紹介してもらっています。
でも、トキトーさんが紹介する仕事って何かしら難点があるのです。
高飛車な態度をとられたり、薄毛を必要以上に気にする研究者だったり・・・

本書は、5話からなるユルユルとした不思議な雰囲気の連作短編集です。
この主人公のミクラがとってもかわいいのです。
20代男性をかわいいと言うのもちょっとヘンですが(^^;

ミクラは気が弱く、研究者たちの理不尽な要求に文句も言えず黙って従います。
脳内では激しく妄想していますが。
また、若くして亡くなった過去の数学者の経歴を読んだだけで「きっと結婚したかったんだろうな。」と泣いてしまうほど、とても涙もろいのです。
そして、ちょっとしたことから妄想が始まり、脳内劇場を開幕してしまう 妄想王子なのです!
自分で作り出した「アカラさま」という神様や、サボテンと会話しながら妄想が炸裂していきます。

ある方が「キュンキュンして癒され悶える本」とおっしゃっていたので、いい男大好きな私は、猛烈に読みたくなって手に取りました。
キュンキュンしなかったらどうしようと不安を抱えながら。

結論から言うと、「かわいい」「いい子」とは思うものの、残念ながらミクラにキュンキュンすることはできませんでした。
個人的には、優しくて、それでいてもっと肉体派の強い男、男性ホルモンがムンムンしているような男が好みなのです。
具体的には・・・(長くなるので以下自粛。)

その点、このミクラはちょっと頼りなさすぎます。
好感は持てますが、かわいい弟、かわいい息子のように感じて、恋愛目線でみることはできなかったのです。

それと私は一人の女を想い続ける一途な男が好きなのですが、ミクラはとっても惚れっぽいのです。
お花屋さん、床屋さん、パン屋さん・・・次々と恋に落ちては妄想し玉砕する・・・
お前は寅さんかっ!!と突っ込みたくなるほどです。
移り気すぎて、ちょっと残念に思いました。

なんだか私の理想のタイプを発表する場みたいになってしまいましたが、あなたはこんな妄想王子どう思われますか?

2014年3月15日土曜日

夢幻花

東野圭吾著
PHP研究所

黄色いアサガオだけは追いかけるな。追い求めると身を滅ぼす夢幻花だから。



この「夢幻花」を読むまで全く知りませんでしたが、アサガオほど形態が多種多様に変化した植物は他にないそうです。
それから、江戸時代にはあったとされる黄色いアサガオは、現在再現できず、幻のアサガオとも呼ばれているそうです。
そんなアサガオを題材とした東野圭吾さんのミステリーです。

かつて植物を研究していた祖父の家で、孫の 梨乃 は黄色い花の写真を見かけました。
でも、なぜかこの花の事は二人だけの秘密にして欲しいと祖父に言われるのです。
そしてその祖父が、自宅で殺害されてしまいました。
その上、黄色い花の鉢植えもなくなっていたのです。
梨乃は、家庭で疎外感を抱いている大学院生の蒼太と知り合い、二人で「黄色い花」の謎を追いかけていきます。

昭和30年代に起きた無差別殺人事件、中学時代の淡い初恋、人気バンドのメンバーだった従兄弟の自殺、そして黄色い花。
一見無関係なそれぞれの事柄が、読み進めるにつれ少しずつ繋がっていきます。
そして偶然と思えたことが、必然だったのだとわかるのです。

あれがここに繋がるのか。
だから、ああだったのか。
そう気づいてスッキリするとともに、やっぱり万人受けするエンターテインメントミステリーだと思いました。

東野圭吾さんの小説って、気軽に読めてあまり余韻を引きずらないんですよね。
大人気なのは納得します。
でも、東野さんの小説だからきっと面白いに違いないとハードルを上げて読み始めると、「あれれ??」と残念に思うときもよくありますが(笑)、この本は私にとって当たりだったのでした。

2014年3月12日水曜日

美雪晴れ―みをつくし料理帖

髙田郁著
角川春樹事務所



水害で両親を亡くし天涯孤独の身となった主人公の
故郷・大坂での料亭修行を経て、今は江戸・神田の料理屋「つる家」の調理場で、腕をふるっている。
店主を始めとした温かい人々に囲まれながら日々精進しているのだが、そんな健気な澪を次々と試練が襲う・・・
美味しさと優しさに包まれた「みをつくし料理帖シリーズ」の9作目である。

澪と読者を散々苦しめてきたこの物語だが、今回は嬉しい出来事もあり、まだまだ試練の連続ながら読者は一息つくことができるのではないだろうか。

「ちょんと山葵をつけて」「旨いと身を捩る」「丸い目をきゅーっと細める」といった料理の美味しさを伝える表現が上手いので、食べたくなってしまうシリーズでもある。

今回も「焼き蒲鉾」や「蓮根と蕪で作ったもち」など、体にも心にも優しそうな料理が出てくるのだが、これがまた手が込んでいる!
魚を30分以上すり鉢でする、蓮根と蕪をすりおろす・・・
著者の高田郁さんは、小説に出てくる料理全てを実際に作って研究しているという。
腱鞘炎になったこともあるらしい。
今回も大変苦労なさったのではないかなぁ。
食べることは大好きだが、めんどくさがり屋の私は作ることを想像しただけで気が遠くなりそうだ。
誰か作ってくれないかな・・・

大好きなこのシリーズも次の10巻目でおしまいだという。
もうすっかりこの物語に馴染み、登場人物それぞれを親しい友人や知人のように思えてきたのに、とても残念だ。

「寒中の麦」----過酷な状況でも青々と育つ麦のごとく----と言われた澪だが、もう十分すぎるほど辛い経験をしてきたのではないだろうか。
だからきっと、最終巻では嬉し涙を流せるだろうと期待している。

2014年3月10日月曜日

オーダーは探偵に グラスにたゆたう琥珀色の謎解き

近江泉美著
アスキー・メディアワークス
 
日常の謎を解く楽しい喫茶店ミステリー。・・・のはずが大事件勃発!?

 


すこし癖のある柔らかな黒髪に、甘く柔和に整った顔立ち。
スラリとして手足は伸びやかで、その佇まいには品がある。
眼鏡の奥にある瞳は理知的で、深い知性を窺わせる。
まるでおとぎ話に出てくる王子様のような類まれな容姿と聡明さを持つ高校生。
しかし、口を開けば毒舌を吐く意地悪な奴。
そんな高校生探偵が活躍する『オーダーは探偵に―謎解き薫る喫茶店』『オーダーは探偵に 砂糖とミルクとスプーン一杯の謎解きを』に続く、楽しいミステリーの第3弾。

大学生の美久は、吉祥寺の喫茶店「珈琲 エメラルド」でアルバイトをしている。
そこの壁には【貴方の不思議、解きます】と書かれた紙が貼ってある。
天才的な探偵が、ある対価と引き換えに謎を解いてくれるのだ。
その探偵とは、店長の弟の高校生。
王子様のような美しい少年だが、口を開けば毒舌を吐く意地悪なヤツ。
しかも、実はこの喫茶店のオーナーだった!

ドジで人がいい女子大生と、意地悪なドS王子の高校生探偵が、
亡くなった恋人が残した「僕は夏にまた君に恋をする。その時君に渡したいものがある」という不思議な言葉の意味を解明したり、
掃除の最中バックヤードに閉じ込められてしまったり、
といった日常の謎を解く、ありがちな楽しいミステリーだと思っていたら・・・
なんと、警察も介入するような大きな事件が起こってしまうではないか!
楽しいコージー・ミステリだと思っていたのに!

昔の携帯電話を大切に持っている理由、両親のこと、二人の仲は恋愛に発展するのか・・・などなど、まだまだ気になることが目白押しで続きが待ち遠しい。

著者は、このシリーズを書き始めてから日夜心に残る「素敵な罵詈雑言」を考えているという。
そのため、思考回路がそちらに寄っていくので困っているらしい。
それにしても、「素敵な罵詈雑言」ってどんなのだろう(笑)

2014年3月7日金曜日

伊藤くん A to E

柚木麻子著
幻冬舎



A:伊藤くんに邪険に扱われながらもひたむきに想い続けるデパート店員。
B:伊藤くんに好かれてしまい、ストーカーじみた行為に迷惑している塾の受付アルバイト。
C:親友が伊藤くんを好きと知っていながら、伊藤くんの童貞を奪ってしまうケーキ屋店員。
D:憧れの伊藤くんに処女は重いと酷いことを言われ、焦って体験しようとする後輩。
E:一世を風靡しながら、落ち目になってしまった伊藤くんの先輩シナリオライター。

それぞれ少しずつ交差している、年齢も職業も様々な5人の女性から見た「伊藤くん」を描いた連作短編集。


塾講師のアルバイトをしながらシナリオライターを目指している。
顔はいいが、プライドが高くて友達がいない。
自分のことで頭がいっぱいで周りが見えていない。
そして童貞。
そんな伊藤くんは冒頭から暴走し、女を振り回していく。

長年自分に片思いしている女を邪険に扱い、相手の気持ちを考えずに「好きな女ができたので相談に乗ってくれ」とのたまうのだ。
あまりに自分勝手な伊藤くんに頭きて、「いい加減にしろ~ヽ(`Д´)ノ」と本を投げ出したくなってしまった。
でも、「まぁまぁ、落ち着いて。まだ始まったばかりだから。もう少し先を読んでみようよ。伊藤くんの違う一面が出てくるかもよ。」と自分で自分を宥めながら読み進めたのだ。

するとだんだん伊藤くんのことが可哀想に思えてきた。
女たちは本音でぶつかり、伊藤くんに傷つけられ、そして立ち直っていく。
きっとそれを糧に明るい未来へと羽ばたいて行くのだろう。
でも、伊藤くんは自分が傷つかないように安全な場所にいて、ただ眺めているだけ。
そんな「苦難の経験値が低い人」って、かえって可哀想だと思うのだ。
そうは思っても、こんな男がもし身近にいたら近寄りたくないが。

ところで伊藤くんもイタいが、女たちもそれぞれ周りが見えず突っ走っている。
そういったことは、誰にでも心当たりがあるのではないだろうか。
後で振り返ってみると、顔が赤くなるような恋愛の苦い思い出。
・・・もちろん私も含めて。

2014年3月4日火曜日

ビブリア古書堂の事件手帖 (5) ~栞子さんと繋がりの時~

三上延著
KADOKAWA/アスキー・メディアワークス

少しは栞子さんのこと好きになってきたかも。ビブリア古書堂シリーズの第5弾。



北鎌倉の駅前にひっそり佇む古本屋「ビブリア古書堂」。
その店主である 栞子さん は、極度の人見知り&内気だが本に関しての膨大な知識を持ち、古書に関する謎ならたちまち解いてしまう。
そんな大人気の「ビブリア古書堂シリーズ」の第5弾。
今回も「彷書月刊」や、手塚治虫、寺山修司にまつわる謎を見事に解決していく。

いつもは、本が読めないアルバイト 五浦大輔 の視点から語られているのだが、今回はそれに加えて「断章」として短いながらも、せどり屋の志田、栞子の親友である滝野リュウ、そしてなんと栞子さんの視点からも語られている。

その新たに登場したリュウちゃんが、いい味出しているのである。
栞子さんの中学時代からの親友なのだが、栞子さんと違って明るく活発で口が悪い。
栞子さんのことを「おっぱいメガネ」と呼ぶのだ!!
「もじもじプレイは私のいないところでやってください。」とも!!
よく言った!と拍手したくなった。

私はこのシリーズの大ファンではあるが、ヒロインの栞子さんのことを好きになれなかった。
大人しく清楚で美人で巨乳・・・男の理想の女を勝手に作り上げたように感じてしまうのだ。
女は大人しくたって、もじもじしてたって、心の中ではあんなことやこんなことを考えているのに!!
でも、リュウちゃんにバシッと言ってもらってスッキリした。
栞子さんが一人称の語りで胸の内を明かしたこともあり、少しは栞子さんのことを好きになってきたかもしれない。

そしてこの終わり方!!
いつも以上に続きが気になるではないか。
著者の三上延さんは、巨乳だけでなく焦らすのも好きなのか!

それにしても、「エプロン越しでも見て取れる豊かな胸」などという表現は必要なのだろうか。
そういう男目線がなければもっといいのになぁ。

※参考
古書という題材を新鮮に感じすぐに夢中になった第1弾:
『栞子さんと奇妙な客人たち』
男目線で描かれている栞子さんに少し鼻白んだ第2弾:
『栞子さんと謎めく日常 』
萌え表現も少なくなりすっかり虜になった第3弾:
『~栞子さんと消えない絆~』
ファンとして夢中で読んだ第4弾:
『~栞子さんと二つの顔~』

2014年3月2日日曜日

失われた名前 サルとともに生きた少女の真実の物語

マリーナ・チャップマン著
宝木多万紀訳
駒草出版

野生のサルの群れの中で生き抜いた少女。なんとたくましい生命力だろうか。



木の上で娘とともに微笑む初老の女性。
写真の中のその女性は、幼い頃サルの群れの中で育ったという。
そう聞いてすぐに、これは本当に実話なのだろうか思った。
オオカミに育てられたという「オオカミ少女」は嘘だったというし、
全聾だという作曲家の疑惑も世間を騒がせている。
もしかして、眉唾物なのだろうか。
そんな疑いを抱きながら読み始めたのだが、すぐに引き込まれてしまった。

コロンビアで生まれたマリーナ・チャップマンは、5歳頃に誘拐され、ジャングルに置き去りにされてしまう。
(彼女にはそれ以前の記憶がほとんどないため、正確な名前も年齢も生まれた場所もわからない。マリーナというのは、14歳頃自分でつけた名前である。)
そこでサルの群れと出会い、寂しさから近くに寄り添って暮らした。
サルと同じように尻を苔で拭き、サルたちが食べるものを同じように食べと、「サルまね」をしていくうちに、いつしかマリーナは彼らに家族のような感情を持つようになっていった。

そして、サルの鳴き方にもそれぞれ意味があることを学び、友達のような仲間もでき、ジャングル生活に慣れてきたある日、ジャングルで出会ったハンターに連れられて、人間の世界に戻ることになった。
(ジャングル生活は5年ほどらしい。)
しかし、人間界はジャングル以上に過酷な世界だった。

売春宿に売り飛ばされ、逃げ出し、ストリートチルドレンとなる。
犯罪一家の家庭でこき使われ、修道院へ逃げ込む。
と、大自然とは違った危険に向き合わなくてはならなかった。
また、文字通り野生児だったマリーナは、言葉や、清潔・行儀の概念がわからず苦労しながら成長していく。

なんというたくましさだろうか。
幼い少女が孤独に耐えながら、自らの手で生きていく術を学んでいく姿に、素直に感動した。
また、人間から見たサルの世界と、サルに同化した少女から見た人間の世界との対比も、興味深い。

あまりの過酷さに、読んでいて辛い箇所も多い。
しかし、娘夫婦や孫・優しそうな夫に囲まれて微笑むマリーナの写真が掲載されているので、読者は現在の彼女が幸せに暮らしていることを知っているのである。


マリーナ一家は子供が小さい頃、お互いサルの鳴き真似をしたり、髪の毛づくろいをしていたという。
そんな微笑ましいエピソードに頬が緩む。
60歳を超えた今でも、昔を思い出して木に登ることもあるというマリーナ。
彼女の幸せそうな笑顔を見て、本当によかったと胸を撫で下ろす。

このマリーナの感動的な半生が、真実だと私は信じたい。

※本書は、マリーナの話を何年にもわたって聞き取った娘がまとめた草稿に、ゴーストライターたちが手を加えたと明記されている。
また、修道院を出て希望の光が見えてきたところで終わっていて、続きを執筆中なのだという。
きっと続編は、もっと明るい話が続くのだろう。
楽しみに待ちたい。

2014年2月26日水曜日

室井滋のオシゴト探検 - 玄人ですもの

室井滋著
中央公論新社

女優の室井滋さんが聞き出したプロフェッショナルな方々の秘密。



自分が平凡な人生を歩んでいるからでしょうか、私は人の仕事の話を聞くのが好きです。世の中には様々な職業がありますが、一人の人間が経験できる仕事は限られています。
だからこそ、他の人はどんな仕事をして、それの何が彼らを惹きつけるのか興味があるのです。

この「玄人ですもの」は、女優の室井滋さんが、玄人たち27人から仕事の秘話を聞き出した対談集です。

日比野克彦さん、穂村弘さん、立川志の輔さんなどのアーティスト。
「昔話」「太陽観測」「遺体学者」などを研究している熱血研究者たち。
「地図マニア」「大相撲」「日本の名字」など小さい頃から好きだったことを突き詰めてプロになった方々。
など、登場する方は、それぞれその道のプロ・まさしく玄人であり、私の知らない世界が広がっていました。

中でも職人さんたちのワザは凄すぎて、ほぉ~とため息が出るばかりです。

金庫開けのエキスパート・鍵師の杉山泰史さんは、依頼の9割は同業者が手に負えない金庫だというのですから、驚きです。
よくドラマで金庫を開けるのに聴診器を当てる場面を見かけますが、実際には聴診器は全く必要ないのだそうです。
あれは、杉山さんのお父様が金庫開け名人としてテレビ出演した際、ただ静かにダイヤルを回しているだけじゃ面白くないからとディレクターに提案されて始めた演出なんだそうです。
「探偵もののドラマでやったことがある!」と室井さんが驚いていたので、おかしくなりました。

他にも
マグロの尻尾に指を入れ、感触から良し悪しがわかるマグロ仲買人。
自分では弾けないが、見た瞬間に価値がわかる中古ヴァイオリンのバイヤー。
など、スゴ技の職人さんたちがたくさん登場します。

でも、皆さんの仕事の話を興味津々でお聞きになっている室井滋さんだって、芝居で泣く時は「右目から泣きますか?左目から泣きますか?」というぐらい、いとも容易く涙を流せるのだそうです。
さすがプロの女優さん!まさしく職人技です。
ただし、空腹時に限るそうですが。

そうそう、先ほどの鍵師の杉山さんの話に戻りますが、ある日ご婦人から亡くなった夫の金庫を開けて欲しいとの依頼を受けたそうです。
開けてみると、中にはSMグッズがびっしりと詰まっていたそうです。
金庫には、見られちゃまずいものを入れないほうがいいですよ。

2014年2月23日日曜日

ペテロの葬列

宮部みゆき著
集英社

納得いかない!どうしてこうなっちゃったの?こんな結末、悲しくてやりきれない!




本書は、「誰か Somebody」「名もなき毒」に次ぐ杉村三郎シリーズの第3弾である。
主人公の杉村三郎は、一大グループ・今多コンツェルンの会長の娘と結婚した。
その際出された条件通り、勤めていた出版社を退職し、今多コンツェルンの一員となりグループ広報室で社内報の編集をしている。
お嬢様育ちの妻に寄り添い続け、人畜無害で飄々としている杉村三郎だが、なぜかいつも事件に巻き込まれ解決していく、というシリーズである。

そして今回は・・・
取材先からの帰りに、杉村三郎はバスジャックに遭遇した。
犯人は本物の拳銃を持ってはいるが、弱々しいおじいさんだった。
しかも、7人の人質たちに多額の慰謝料を支払うというのだ。
発生から3時間余りで事件は呆気なく解決するのだが、慰謝料問題などで人質たちは事件後も翻弄されてしまう。
そして、犯人を調べていくうちに過去に起こった悪徳商法の事件が絡んでいることが明らかになっていく。

豊田商事など、ネズミ講まがいの詐欺事件は昔からあるが、その中で被害者と加害者の線引きは難しい。
その組織の幹部たちが一番悪いのは間違いないのだが、会員たちはどうだろうか。
口車に乗せられ虎の子の貯金を失ってしまった末端の会員は?
友人知人を誘いまくり、儲けようと必死になっていた会員は?
純粋にいい組織と信じ込み、親切心から知人に勧めていた場合は?
善意と悪意が入り乱れて、ハッキリしないグレーゾーンがあるのだと突きつけられ、悩んでしまった。

685ページという長編で、中盤辺りで中だるみというか、退屈する部分もあった。
強引すぎるなぁと思う箇所も多々あった。
しかし、犯人の老人はなぜこんな事件を起こしたのか知りたくて読んでいると、話が二転三転しどんどん予測のつかない方向へと進んでいく。

そして、納得いかないのである。
私が納得いかないのは、事件についてではなく、主役の杉村三郎の身辺についてである。


以下ネタバレ。



会長の娘である妻が今多コンツェルンの社員と不倫し、二人は離婚することになったのだ。
妻は浮気をするようなタイプじゃないと思っていたのに。
浮気相手だって、神のような存在である会長の大切な娘と不倫するとは!
そんな大胆なことするだろうか!
かわいい一人娘を傷つけることになるのに!
これじゃあ、妻に尽くし続けた杉村があまりに可哀想じゃないかっ!!

なんでこうなるの!とこのシリーズのファンとしては納得いかない。
もしかしたら「まぁまぁ、落ち着いて。この先を見届けてちょうだいな。」という戦略なのだろうか。

2014年2月19日水曜日

海賊女王 上下

皆川博子著
光文社

これぞ読書の醍醐味!!16世紀のアイルランドを舞台に活躍した、誇り高き海賊女王の物語。



(上下巻あわせて)

夢中になれる小説が好きだ。
先を知りたい、早く続きが読みたいと、時を忘れて読みふけるような。
読んでいる間は、嫌なことも忘れて本の世界にどっぷり浸っていられるような。
そんな小説に出合えた時、ささやかな幸せを感じるのだ。

そして今回、この「海賊女王」を読み、読書の醍醐味を味わうことができた。
本書は、16世紀に実在した女海賊・ グラニュエル・オマリー をモデルにした壮大な物語である。
海賊女王の波瀾万丈の生涯を、従者であるアランの視点から描いていく。

16世紀のアイルランドで生まれたグラニュエル・オマリー、通称 グローニャ は、幼い頃から活発で、クラン(氏族)の族長である父と共に海賊船に乗り、その後自ら船団を率いて「海賊女王」と呼ばれるようになる。
グローニャは、イングランドの支配に抵抗し、クラン同士の争いに巻き込まれながらも、自分のクランを守るために戦い続けていく。
私利私欲のためではなく、クランのために率先して戦う強い女なのである。
騙し騙され、ときには女を武器に妖艶な魅力を振りまきながら、命をかけて戦い続け、荒くれ男たちから絶大な信頼を得ていく。

一方、もう一人の女王・イングランドのエリザベス女王もまた、煌びやかな宮廷で、噂や陰謀・老いと戦っていた。

同じ年に生まれた二人の女王。
女王という孤独な鎧を身につけている女。
そんな女の波乱に満ちた物語である。

なんという瑞々しさだろうか。
荒々しい男たち、波しぶきや血しぶきが飛び交う戦場、苦しくても逞しく生きる人々。
生き生きと描かれている彼らの中に、私も飛び込んでしまったような気になってくるのだ。
そして、歴史の渦に巻き込まれながらも芯を貫き通した海賊女王に「どこまでもあなたについて行きます。」とひれ伏したくなってくる。

皆川博子さん(83歳)は、現存しているアイルランド・クレア島にあるグローニャの城まで、取材のため足を運んだのだという。
そのバイタリティと少女のような想像力には、驚きを禁じ得ない。

もしかしたらあなたは、本書を手に取り、上下巻で1000ページ超の分厚さに怯んでしまうかもしれない。
冒頭の登場人物一覧を見て、73人という人数の多さに驚き、読むのを躊躇するかもしれない。
読み始めて、見慣れない単語や地名、複雑な人間関係に戸惑い、放り出したくなるかもしれない。
でも、それはもったいないことだ。
もう少し進めば、読むのを止められなくなってしまうのだから。
極上の物語、そして大人の愉しみが待っているのだから。

2014年2月15日土曜日

本を愛しすぎた男: 本泥棒と古書店探偵と愛書狂

アリソン・フーヴァー・バートレット著
築地誠子訳
原書房

「本を愛しすぎる」とはどういうことだろうか?稀少古書を盗む男と追う者たち。古書を巡るノンフィクション。





本書は、稀少な古書を数百冊も盗み続けた男と、彼を追う者たちを取材したノンフィクションである。

著者は、あるきっかけからジョン・ギルギーという本泥棒とその男を追う古書店主のことを知り、取材し始める。
このジョン・ギルギーという男が、とんでもない奴なのである。
彼は、読むことが目的で古書を盗むのではない。
古書をコレクションに加え、自分を裕福で学識のある人間に見せたいと願い、人から称賛されることこそが喜びであるという、なんとも自分勝手な男なのである。
そして、カード詐欺など巧妙な手口で古書を盗み、刑務所を出たり入ったりしているにもかかわらず、反省するどころか、自分の犯罪を誇らしげに正当化し、自己陶酔するような最低男なのだ。

「本を愛しすぎる」とはどういうことだろうか
寝食忘れて、読書に没頭する・・・私は、そんなちょっと憧れてしまうような生活を思い浮かべてしまう。
だから、この題名には違和感を覚えるのだ。
「自分を愛しすぎて本泥棒になった男」といった方が、しっくりくると思うのだが。

ただ、何かを集めたいというコレクター魂のようなものは理解できる。
私自身特に何かを集めているわけではないが、アジアン雑貨や絵本など、広い空間と豊富な資金さえあれば、買いまくりたいと願っているからだ。

ある教授が90t(!)にも及ぶ大量の本を購入し、自宅の最大荷重をオーバーしてしまった話や、古書店や古本市の話、古書コレクターの世界など、本に関するエピソードも満載で、本好きといっても様々なのだなと思い知らされた。
世の中には、読むことが目的ではなく、収集することが目的の本もたくさんあるようだ。

それにしても、ここまで古書が高騰し、投機の対象になっているとは驚いた。
稀少な本は個人で所有するのではなく、人類の共通財産としてずっと残しておいて欲しいと思うのだが、それは無理なのだろうか。

2014年2月12日水曜日

えーっ!これ、言い間違い!?

かおり&ゆかり著
飛鳥新社

笑っていられるのも最初だけ!?過去を思い出しては赤くなったり青くなったり・・・ああ!日本語って難しい。



「にやける」って思わず顔が緩んでしまうことではなく、「男が女のように色っぽい様子をしたり変にめかしこんだりすること」だって知っていましたか?
えっ!知っていた!
常識ですか。そうですか・・・
私は恥ずかしながら、「えーっ!これ、言い間違い!?」を読んで初めて知ったのです。
本書は、間違えやすい日本語について漫画で解説してくれる楽しい本です。

でも、初めは笑いながら読んでいたのですが、今まで知らなかった・気付かなかった日本語の間違いを知り、過去を思い出して顔が赤くなったり青くなったり・・・
恥ずかしくてたまらなくなりました。

言い間違いなんてしょっちゅうしています。
恥の多い人生なのです。
「なおざり」と「おざなり」がごっちゃになって、どっちだっけ?とわからなくなってしまうこともあります。

なかなか漢字の変換ができず、初めて「自分の読み方が間違っていたんだ!」と気付くこともよくあります。
「自転車」のことを「じでんしゃ」だとずっと思い込んでいました。
でも、いざ漢字変換しようとすると「自電車」「次電車」としか出てこないので、おかしいなと思い初めて間違いに気づいたのです。

他にも「シミュレーション」だとわかっていても、口にするときはと「シュミレーション」と言ってしまいます。
ああ、日本語ってなんて難しいんでしょう。
ネイティブスピーカーのはずなのに。

でも、少しだけ言い訳じみたことを言わせていただくと、言葉って変化していくものだと思うのです。
自分は正しく使っていても、相手が正しい意味を知らずに誤解してしまうこともあると思います。
ペットに餌を与えるときは「やる」だということは知識として知っていますが、知り合いが可愛がっているペットに「餌やってもいい?」とはなかなか言えず、「餌あげていい?」と言ってしまいます。
日本語の知識が乏しい私がいうのも何ですが、正しい意味を知った上で時代の変化にも柔軟に対応するのが一番いいのだと思います。

今は本書を読んだ直後ですから内容を覚えていても、またすぐに忘れてしまうかもしれません。
だから、何度も読んで覚えた方がよさそうです。
赤っ恥をかくのは私自身なのだから。

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【問題】次の文章が正しければ○、間違っていたら×をつけなさい。
①教室で生徒全員にプリントを配布した。
②いらない部分を割愛した。
③テレビを見ながら一人で爆笑した。





【解答】
すべて×です。
①配布は不特定多数に配ることなので、正解は配付。
②割愛は惜しいと思うものを手放すこと。
③爆笑は大勢が一度にどっと笑うことなので、一人でいくら笑っても爆笑にはならない。

官能教育 私たちは愛とセックスをいかに教えられてきたか

植島啓司著
幻冬舎新書

ヒトはなぜ浮気をするのか?同時に複数の愛を確かめられるのか?一夫一婦制は崩壊してしまうのか?男と女のこれからを考える。



本書「官能教育」は刺激的なタイトルだが、内容は過去の歴史や文学作品を紐解きながら、これからの男女の関係について考える真面目な考察本である。

・イヌイットには、相手を交換して長く暗い冬を楽しむ「明かりを消して」というゲームがある。
・ウリシ島に住むミクロネシアの漁民は、祭りの際、男女が連れ立って森に出かけ関係を持つ。その際、夫婦や恋人同士で一緒に行ってはならない。

など、地上に存在した多くの社会の中には、「愛人」「不倫」「複数交際」が上手く社会に組み込まれていたのだと、多数の例が挙げられている。
平凡な人生を歩んできた私は、男女の関係はここまで多様なのかと驚くばかりだ。

また、
・ビクトリア朝の時代に乱脈な性関係を楽しんでいたメイベル・ルーミス・トッドという女性。
・フローベルの「ボヴァリー夫人」など文学作品や映画に出てくる奔放な女性。
など、過去の肉食系女子たちについても多数解説されている。

・「一人の異性を選んだら他の相手を拒絶しなければいけない」という方が、むしろ不自然だったのではないか。
・いまや3組に1組が離婚する世の中なのだ。結婚そのものについて考え直さなければならない。
・一夫一妻や貞節という義務を課すと、不寛容・嫉妬・羨望・疑念といった弊害が生まれてくる。
と、著者は一貫して「ヒトは異性に目移りするものだ。」という前提のもと、未来の男女関係について考えていく。

本書を読んでいると、どうして不倫はいけないのか?という問いになかなか上手く答えられないことに気づかされた。
「家族はじめみんなが不幸になるから、ゴニョゴニョ・・・」となってしまう。

でもやっぱり私は、著者のそういった考えに違和感を持ってしまうのだ。
奔放な恋愛をしてきた有名な女たちの影に、一人の男を穏やかな愛で一生愛し続けた女がそれ以上の数いたのではないだろうか。
男や性に興味がない女性もたくさんいたのではないだろうか。
平凡すぎて表に出ていないだけで。
また、男たちの中にも、目移りすることなく一人の女を想い続ける者が多数いると思うのだ。

そう考えてしまうのは、私が既婚者であるという立場だからだろうか。
そういう考えを持つように教育されてきたからだろうか。
それともやっぱり男たちは日々目移りし、隙あらば複数の女性と関係を持とうとしているのだろうか。

えっ!
芸能人に憧れたり、イケメンと出会ってときめいてしまうことも目移りの一種?
そう言われると、返す言葉もありませんが。
ゴニョゴニョ・・・

2014年2月5日水曜日

いとみち

越谷オサム著
新潮社 

「おがえりなさいませ、ごスずん様」津軽弁のメイドさんが迎えてくれるメイド喫茶。こんなお店があったら行ってみたい!!



かわいいメイドさんに会いたくて、メイド喫茶に行ったことがある。
そこは、観光客や冷やかしの客など一人もいない、お一人様の男たちで満員な、だけどとても静かな異次元の空間だった。
時折ベルでメイドさんを呼んで、注文すると同時に一言話しかける。
それが終わると、じっと机を見つめる。(美少女フィギュアを見つめている人もいた!)
彼らはゆっくり飲食しながら次に何て話しかけようと考えていたのだろう、しばらくするとまたベルを鳴らして・・・・
そんな光景が静かに繰り返されていて、場違いな私はいたたまれなくなってしまった。

しかも、メイド服を見たかったのに、キャンペーン中でメイドさん達は巫女さんの扮装だった。
それ以外なんの趣向もなく、これじゃぁただのちょっとお高い喫茶店だ!とがっくり来てしまった。
メイドさんに「萌え萌えキュン」とLOVE注入してもらいたかっただけなのに。
やっぱり本場秋葉原の観光客向けメイド喫茶に行かないとダメなのかもしれない。

秋葉原からは遠く離れているけれど、ぜひ行ってみたいと思うのが本書「いとみち」に出てくるメイド喫茶「津軽メイド珈琲店」だ。

主人公の いと は、高校1年生。
津軽三味線の名手でもある祖母に、修正不可能な古典的な津軽弁を刷り込まれているため、濃厚な津軽弁を話す今どき珍しい女の子である。
いとちゃんは、人見知りで口下手で引っ込み思案。
そんな性格を変えたいと思い(ついでにメイド服にちょっぴり憧れて)、青森市にあるメイド喫茶でアルバイトを始めた。
ところが、メイドさんの決め台詞「お帰りなさいませ、ご主人様」がどうしても言えず、「お、おがえりなさいませ、ごスずん様」と訛ってしまうのだ。

何もないところで転び、オムライスにケチャップで絵を描く「萌えオム」は緊張してなかなか上手くできず、お客様との交流もまともにできない。
そんな いとちゃん だけど、おばあちゃん仕込みの津軽三味線はなかなかの腕前で、津軽人らしく「じょっぱり」(頑固で負けず嫌い)な面もある頑張り屋さんだ。

おばあちゃん、お父さん、やっとできた高校の友達、それぞれ事情を抱えているバイト仲間、そしてメイド喫茶にやってくる消極的な男性客たち。
たくさんの人たちに見守られながら いとちゃん は成長していく。

初々しい いとちゃん に、冒頭から萌え萌え状態になってしまった。
こんなに愛らしくて、笑えてじーんときて楽しめる小説。
このまま終わってしまうのはもったいないと思ったら、既に「二の糸」という第2作が出ているらしい。
またぜひ いとちゃんに会いに行かなくちゃ!!
「おがえりなさいませ、ごスずん様」の決め台詞練習しながら待ってってね♪
あっ、私は女だから「ごスずん様」とは言ってもらえないんだった(><)

※おばあちゃんの言葉を正確に理解できる者は10人に満たないそうで、おばあちゃんのセリフは「◇ω◆=?」といった記号で表され、巻末に五十音対応表までついていた。
後に続く返事などから意味は推察できるのだが、この楽しい心遣いにニヤリとしてしまった。

※もっと若かったらメイド喫茶で働きたいなぁと憧れてしまった。
それでふと思ったのだが、世のお父様方は娘が「健全なメイド喫茶」で働きたいと言ったらどう思うのだろうか? 

2014年2月2日日曜日

クロワッサン特別編集 なんだかんだの病気自慢

クロワッサン編集部
マガジンハウス

意外!!人の病気自慢を延々と聞かされて、こんなに勇気づけられるなんて!!





  
ノロウイルスやインフルエンザが猛威を振るう季節ですが、皆様お元気ですか?
私は今のところ元気に暮らしています。
でも長年生きてきたのですから、病気自慢ならたくさんあります。
内臓系の持病があるので、月に一回検査に通っています。
ジャンプに失敗して首を痛め、今でも調子が悪い時があります。
他にも花粉症ですし、目も悪いです。
最近は記憶力も衰えてきました。
あっ、それは歳のせいかもしれませんが。

そして、体の調子が悪くなると、いつも悪い方に悪い方に考えてどんどん心が沈んでいき、そんな自分の心の弱さが情けなくて嫌になり・・・とネガティブループにはまり込んでしまいます。

友人たちとも、「腰が痛い」「肺炎で入院した」と病気の話をすることが多くなってきました。
歳をとって弱ってきたのは私だけじゃないんだと、仲間意識が強くなるような気がします。ただ、病気の話が延々と続くと一緒に辛くなってしまうこともあるのです。

でもこの「なんだかんだの病気自慢」は、違うのです。
安藤優子さん、荻野アンナさん、柴田理恵さん、野口健さん、穂村弘さん、米良美一さん・・・など、様々な分野で活躍されている方が、ご自分の病気について語っているのですが、読んでいるとどんどん元気になっていく自分がいたのです。

うつ、糖尿病、アレルギー、潰瘍性大腸炎、めまい、肉離れ、交通事故、そしてがんと病気の種類や重症度は人それぞれ違いますが、みなさん明るく病気自慢をして笑い飛ばしているのです。
 
あせって救急車を呼ぼうと「109」にかけていた妻の話、ホテルのトイレで脱糞してしまった話・・・笑える話もたくさんあります。

ご本人は明るく語っていますが、激痛に苦しんだ方、深刻な病気の方、想像を絶する辛い経験をされた方もいらっしゃいます。

「暫くは自分を襲った悲劇を受け止められぬまま」
「病気に怯えたり、治療がどうしても嫌で抵抗したり」・・・
そんな辛かった気持ちを正直に告白している方もいらっしゃいます。

でも、「一病息災で気をつけるようになったからよかった」など、みなさん明るく前向きなのです。
面白おかしく病気自慢を語ってくれるのです。
たくさんの辛いことを乗り越えてきたからこそなのでしょう。

これだけたくさんの病気の話を聞かされて、勇気づけられるとは自分でも意外でした。
また、辛くなったらこの本のことを思い出して一歩前へ進んでいけたら。
そして、いつか元気にピンピンコロリと逝けたら。
思い悩むことの多い私の背中を押してくれたのでした。

2014年1月29日水曜日

職業治験 治験で1000万円稼いだ男の病的な日々

八雲星次著
幻冬舎


「治験」は割のいいバイトである・・・とは聞いたことがあったが、それを職業とする人がいるとは!「プロ治験者」となった男のアブない記録。 




「新薬開発のためにご協力いただけませんか?」
「ボランティアを募集しています。」
製薬会社のそんな新聞広告を何度か目にしたことがある。
しかし、本書「職業治験」の中に出てくる「治験」とは、新聞広告で大々的に募集するような最終段階の治験ではない。
動物実験を繰り返し初めてヒトに投与する段階、「第一相治験」と言われるいわば「人体実験」とも言うべき治験のことである。
参加者たちは、あくまで自分の意思で治験に参加するボランティアという立場なので、治験で得られる報酬は労働の対価としてではなく、時間拘束に対しての負担軽減費という形で支払われるのだという。

著者は、一部上場の会社を2ヶ月で退職しブラブラしていた頃、治験ボランティアに登録した。
その後、「20泊21日のボランティアを募集しています」という電話が掛かってきて、53万円という報酬に魅力を感じ応募する。
するとそこは、漫画本があふれ、ゲームやネットがし放題の楽園のような世界だった!
しかも震えが止まらないほど美味しい豪華な食事付き!
(ただし、投薬日に何度も行われる採血の痛さを我慢しなければならないが。)
そこで治験業界では有名な「教授」に出会い、楽して儲けることに目覚めた著者は、治験参加を繰り返し、職業として生計を立てる「プロ治験者」となったのだ。

そして著者は、C型肝炎のインターフェロン、認知症薬、麻酔薬、統合失調症の薬、サプリメント・・・と様々な新薬の治験に参加していく。
その中には、臨床試験受託事業協会に加盟していない病院で行われる劣悪な環境の「裏治験」、日本人を対象として海外で行われる至れり尽くせりの「海外治験」まで含まれていて、こんな世界があったのかと驚きながら読みすすめた。

治験に群がる男たちも、なかなか個性的だ。
コミュニケーション力が欠如した男、禁煙厳守の病院で隠れて喫煙する男、風呂場の壁や手すりに自慰行為の残骸をぶち撒ける男・・・
共通するのは、怠惰臭を撒き散らし、定職は持たないが被験者になりたいという熱い情熱は持っている男たちである。

楽をしながら稼げる夢のような生活だと憧れる若者も多いかもしれないが、参加できるのは20代~40代の健康な男性である。
いつまでもできる仕事ではないのである。
しかも著者の年収は約160万円だというのだから、贅沢できる金額ではない。

そして彼らは働き盛りの年代であり、このようなアングラ的世界に漂っているのはもったいないように思える。
でも、新薬開発のために彼らのような治験者が必要なわけで、私も彼らの恩恵を受けているわけで・・・
「新薬を創るための社会貢献などとは一切思っていません。楽がしたかったのです。」
という著者の言葉を聞くと、なんとも複雑な気持ちになってしまう。
そして、お節介ながら彼らの将来を心配してしまうのであった。

2014年1月27日月曜日

愛に乱暴

吉田修一著
新潮社

不倫。ダメ、ゼッタイ!誰にも共感できないが、思わず引き込まれてしまう不倫小説。




この「愛に乱暴」は、一言で言うと夫が浮気し、その愛人が妊娠してしまう不倫小説である。

物語は、妻と浮気相手の女、交互の視点から語られていく。
主人公の初瀬桃子は、結婚を機に大手企業を退社し、現在週に一回カルチャーセンターの講師をしている。
義父母と同じ敷地内に住み、自分ではうまくいっていると思っていた矢先、夫の浮気が発覚する。

浮気相手の奈央は男の都合のいい言い訳を真に受け、自分のことは棚にあげて「妻が悪い。男がかわいそう。」と思い込んでしまう。
結婚しているとわかっている男とそういう関係になった時点で、もう同情できない。

そして、最悪なのが夫である。
浮気したことの謝罪も説明もせず、優柔不断で妻を蔑ろにしているサイテーな男である。
しかも、浮気なのに相手を妊娠させるなんて、「避妊くらいしなさい!最低限のルールでしょ!」と、どやしつけたくなってしまう。

夫が浮気し、相手が妊娠、舅・姑も絡んで・・・というと、ドロドロの昼ドラのようだが、吉田修一さんの不倫小説はちょっと違う。
昼ドラほどドロドロしているわけでも、大げさな事件が起こるわけでもない。
それでも、日々の細々とした出来事が丁寧に生々しく描かれていて、全般的に何かがヒタヒタと迫ってくるような不穏な空気が流れていて、不気味なのである。

当初は私も一応妻という立場なので、「妻がかわいそう。それは夫が悪い!」と怒りながら読んでいたのだが、この妻がなぜかチェーンソーを購入し始めた頃から、「あれ?ちょっとこの人、おかしいかも?」と感じ始めた。
そして、中盤あたりに巧妙な仕掛けがあり、えっ!と驚き頭を整理しなくてはならなくなった。

そうか、そうだったのか。
そうなってくると、もう本当に登場人物の誰も彼もが嫌になってくる。
それなのに、読むのを止められないのだから、さすが吉田修一さんだなぁ。

でもやっぱり、乱暴な愛はイヤだ~!
穏やかな、優しい愛が一番だ~!
と私は思うのだ。

2014年1月25日土曜日

ヴルスト! ヴルスト! ヴルスト!

原宏一著
光文社

ドイツのソーセージってそんなに美味しいのだろうか?読んだら食べたくなる、ソーセージ作りの物語。





マレーシアに住んでいた時のことです。
イスラム教徒の多い国なので、豚肉入りソーセージはスーパーの片隅でひっそりと売られていました。
私自身はそこで売られているソーセージで十分満足していたのですが、ドイツ人の友人は「どうしてこの国のソーセージはこんなにまずいんだろう」といつも言っていました。
そして、本場の味を食べさせてあげるからと、ドイツに一時帰国するたびにソーセージをお土産にくれたのでした。
そのソーセージは、日持ちがするように透明な液体で満たされた細長いガラス瓶に入っていました。
食べてみると美味しいのですが、味音痴の私には残念ながら「本場感」や「特別感」を感じることができませんでした。
瓶詰めだったからでしょうか?

でも、この「ヴルスト!ヴルスト!ヴルスト!」を読んで、改めて本場のソーセージを食べてみたくなりました。
「ヴルスト」とは、ドイツ語でソーセージのことです。

主人公の 勇人 19歳は、高校中退後、中華料理店で働いていました。
あるきっかけから、高等学校卒業程度認定試験・通称「高認」合格、大学進学を目指すことになります。
仕事も辞め、一年後に取り壊しが決定しているボロアパート「かなめ荘」で勉強に集中しようと決意します。
そしてそのアパートで、もう一人の住人 髭太郎 59歳に出会うのです。
髭太郎は、素人ながら「世界中のどこにもねえ、俺にしか作れねえ本格派の特製ヴルストを開発してやろうと思っている」と、ヴルスト職人を目指して奮闘していました。
「人生最後の挑戦だ!」と必死の覚悟です。
ひょんなことから、勇人はそのヴルスト作りを手伝うことになります。
そこから二人の挑戦がはじまりました。

ヴルストの歴史や種類、製造方法なども詳しく書かれているので、ソーセージに興味がわいてきます。
やはり、日本で食べる寿司と海外で食べられているSUSHIが違うように、私が食べているソーセージとドイツのヴルストとは違うのでしょうか。
個人的には、日本ハ○のアンティ○ レモン&パセリは美味しくて好きなんだけどなぁ。
それをドイツ人が食べたらどう思うのでしょうか。
そういえば、前述のドイツ人の友人に日系スーパーで買ったシャ○エッセンをプレゼントしたら、これは違うと言っていたのを思い出しました。

「勇人は19歳なのに、お酒を飲む場面が度々出てくる」「都合が良すぎる設定」など、気になるところはありましたが、アパートの大家さんなど脇役も個性派ぞろいで楽しく読めました。
覚悟を決めて邁進する二人を応援したくなる、元気が出る小説でした。

読み終わると誰でも「本格的なソーセージが食べたい!」と思うことでしょう。
ドイツ帰りのヴルスト職人が作るお店もあるようなので、お取り寄せしてみようかな。
それとも、本物のソーセージは本場ドイツに行かないと食べられないのでしょうか。
でも、そんなこと言ったら髭太郎に「ソーセージじゃない!ヴルストだっ!」と怒られそうですが。

2014年1月22日水曜日

ランチのアッコちゃん








子供の頃は、お弁当の時間がとても楽しみでした。
今日は何が入っているのだろうと、お弁当箱の蓋をあけるたびにワクワクしていました。
でも、作る側となると話は別です。
いかに楽できるかと考えてしまうのです。

現在、毎朝3つのお弁当を作っていますが、毎日のことなので代わり映えのしない地味な手抜き弁当になってしまいます。
一応、冷凍食品はなるべく使わず、彩りと栄養バランスを自分なりに考えてはいるのですが。
凝ったキャラ弁を作る方はすごいなぁ。
私にはとてもできません。

それにしても、人のお弁当はどうしてあんなに美味しそうに見えるのでしょうか。
そんな夢のような話が出てくるのが、この「ランチのアッコちゃん」です。

小学生用の教材を専門とする小さな出版社に派遣社員として派遣された澤田三智子。
失恋して落ち込んでいる時、上司である黒川敦子部長・通称 アッコちゃん に、一週間お弁当を作ってくれと頼まれるのです。
そのかわり三智子は、アッコちゃんがルーティンで食べているランチを食べることになりました。
アッコちゃんの指示通りジョギングしてお弁当を買いに行ったり、屋上で社長とお寿司を食べたり、人気カレー屋さんに行くと急遽一日店長をする羽目になり・・・
様々な職種の人に出会い、落ち込みがちだった美智子もだんだん前向きになっていきます。

アッコちゃんは、三智子に仕事のことだけでなく、お昼休みの過ごし方や人間関係など様々なことを教えてくれ、三智子の成長物語にもなっています。

他に、アッコちゃんが始めた移動ポトフ屋「東京ポトフ」を三智子が手伝う話。
殺伐とした雰囲気のベンチャー企業を辞めた女が、そのビルの屋上でビアガーデンを開く話など、4話が収録された短編集です。

人が作ってくれた素朴なお弁当。
寒い日に食べる、優しい味の温かいポトフ。
など、どの話も美味しそうな食べ物が出てきて、食欲がそそられます。
そして、美味しい食べ物を食べると幸せな気分になりますが、読んでいるだけでもなんだかホッコリしてきました。

読み終わって人が作ってくれた美味しい料理を食べたいなぁ、と痛切に思ったのでした。

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料理が得意なわけではないので、人様にお見せできるような代物ではありませんが。
家族よ。こんなお弁当しか作れず、すまん。


 
朝はなるべく楽したいので、自分でお惣菜を冷凍しています。
きんぴらごぼうを多めに作って、100均で買った大きめの製氷皿に入れる。
朝は、お弁当箱に詰めるだけ。


 
美しくもなく、凝ってもいない普段の手抜き弁当です。
卵焼きは好みに合わせて2種類。
冷凍しておいたひじきの煮物を詰めただけ。
ソーセージ焼いて切っただけ。
ご飯は雑穀入り。
これに、ふりかけとリンゴをプラス。


2014年1月20日月曜日

マックスのどろぼう修行

斉藤洋著
理論社

泥棒修行も楽じゃない!「みんながあっと驚くものを盗んでこい」と言われた窃盗団の息子・マックス11歳の旅物語。




主人公の男の子が可愛くてたまらない「テーオバルトの騎士道入門」 の姉妹編があると知り、いてもたってもいられなくなり読みました。

主人公のマックスは、盗賊団の長老の孫です。
おじいさんもお父さんも泥棒の腕は一流で、将来長老になることを期待されています。
ところが、マックスはみっちり修行したにもかかわらず、錠前一つ開けられない落第生なのです。

でもマックスにも得意なことがあります。
普通の人はいくら吹いても音すら出ない伝説の笛「ローマの鳴らずの笛」を、上手に吹くことができるのです。

そんなマックスが泥棒修行の旅に出ることになりました。
泥棒修行の旅とは、一人前の泥棒になるためにたった一人で旅をして、誰もがあっと驚くものを盗んで帰ってこなければならないのです。
マックスは、無事にお宝を盗み出して戻ってくるのでしょうか・・・?

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テーオバルトも素直で賢い少年でしたが、本作の主人公・マックスも泥棒の技は習得できなくてもとても頭が働く賢いいい子です。
旅を進めるうちに、その優秀さが様々な場面で見え隠れします。

そして、読み進めると前作の主人公・テーオバルト男爵が登場して、「うう(´Д⊂、立派になったね。おばさんはうれしいよ。」と感激の再会をすることができました。

斉藤洋さんの本は、子供に媚びず教訓めいていないところが魅力に感じます。
純粋にストーリを楽しめるのです。

小学校2,3年生くらいから楽しめるおすすめの本です。

2014年1月18日土曜日

ドミノ倒し

貫井徳郎著
東京創元社




主人公の十村は、亡くなった恋人のふるさとである月影市で探偵事務所を開業した。
しかし、平和な田舎である月影市では依頼などなく、便利屋のような仕事を引き受ける毎日だった。
そんな時、突然亡くなった恋人の妹が事務所にやってきた。
「元カレが殺人の疑いをかけられている。無実だと証明して欲しい。」という依頼を受けたのだ。
月影市の警察署長は偶然にも十村のことを「よっちゃん」と呼ぶ東大卒の幼馴染であり、その所長からも事件の調査を頼まれてしまう。
一つの事件を調べると別の事件に行き当たり、その事件がさらなる別の事件を呼び起こす。
事件を調査すればするほど、芋づる式に新たな事件が掘り出されてくるのだ。
まるでドミノ倒しのように!
刑事に恫喝されたり、十村の身辺も怪しくなってきて・・・
コメディタッチの探偵小説。

ハードボイルドを気取る主人公の性格や設定が面白いのはもちろん、脇役たちのキャラがまたいい味を出していた。
容疑者である元カレは、イケメンながら月影弁丸出しのおバカキャラ。
かわいいんだか憎たらしいんだかよく分からない、幼馴染の警察署長。
話もテンポよく進み、これは面白い!と読んでいたところ、中盤辺りから雲行きが怪しくなってきた。

あれっ?さっきはこう書いてあったけど、辻褄が合わない。
とか、
こういう設定だったのに、ここはおかしくないか?
という箇所がいくつか出てきたのだ。
そのため、少しずつ熱が冷めていってしまった。
(強引にこじつければ、一応筋は通るのだが・・・)

そして最後は、驚愕のオチ!
まさか、こんな力技の反則技で来るとは誰も想像しなかったに違いない。
しかも、重要な役目の署長はどこかに行ってしまってどうなったのかさっぱり分からず。
(´-ω-`)

いやぁ、やるなぁ。よく出版したなぁと、感心してしまった。
中盤までは本当に面白かったので残念でもある。
隔月間のミステリ専門誌「ミステリーズ」で連載されていたというから、刊行する前に修正することもできただろうに。
編集者もチェックしただろうに。
中堅どころの作家さんにしては珍しいのではないだろうか。
なかなか珍しい体験をさせてもらった。

2014年1月15日水曜日

命がけで南極に住んでみた

ゲイブリエル・ウォーカー著
(Gabrielle Walker)
仙名紀訳
柏書房

なぜ人は南極に惹かれるのだろうか?過去と未来の秘密が詰まった特異な大陸・南極の魅力に迫る。



先日、南極の雪の下から1914年当時の探検隊が残した写真のネガが発見され、現像に成功したとの記事を目にした。
そこに写っていた1世紀も前の彼らは、どんな気持ちで南極大陸に足を踏み入れたのだろうか。
とてもロマンを感じるニュースだった。

本書は、南極に魅せられたイギリス人ライターが体験し見聞きした、いわば「南極の解説書」である。
題名からきっと面白おかしく南極体験を綴ったものだろうと思っていたのだが、著者はノンフィクションライターになる前に大学で化学を教えていたというだけあって専門的で、ボリュームも内容も濃い、読み応えのある重厚な1冊だった。
原題は「ANTARCTICA : An Intimate Portrait of a Mysterious Continent.」というシンプルなタイトルなので、手に取りやすい題名に変更したのだろう。

食料も飲み水もなく、あるのは氷だけ。
唯一人類が常在したことのないこの特異な大陸は、昔から冒険者たち・科学者たちの興味の対象だった。
著者は、そんな南極大陸の過酷な気候を体験し、南極に取り憑かれた「南極人」たちにインタビューをしていく。

氷は下に向かうにつれて時代的に古くなるため、分厚く覆われた氷の底辺近くの「氷床コア」を取り出し気泡を調べると、古代の大気の状況が解明できるのだという。
そのため、科学者たちは、ドリルで穴を開けながら何時間もかけて氷床コアを引き上げていく。

また、南極は隕石の宝庫でもあるという。
落下した隕石は凍ったまま保存されるため変質しにくく、建造物が少ないため隕石が見つけやすいということもあり、たくさんのボランティアたちが協力して隕石発見に向けて活動している。
しかし、例え隕石を発見しても当局に手渡すだけで、何の特典も与えられず持ち帰ることもできない。
それでもこの隕石発見プロブラムに、毎年何百人もが応募するのだという。

他にも
どこよりも空気が澄んでいて遠くまで望見できるため設置されている「天文観測所」や、最も静かなため建設された「地震観測所」。

一定の周期で満ちたり枯渇したりを繰り返している「氷底湖」。

血液が凍らない魚。他の地域より1000倍も大きいウミグモ。時には3mにもなるというヒモムシ。など特異な生物たち。

などなど、内容は本当に多岐にわたり、科学的知識の乏しい私はあっぷあっぷしながら読んでいた。
それに加えて、読みにくい直訳風の翻訳文、あちこちに飛ぶ話題、そしてボリュームの多さに何度も挫折しそうになった。
それでも読み通したのは、興味深い内容が満載だったことに加えて、大変な苦労をしてまでも滞在する「南極人」たちが取り憑かれた南極の魅力を知りたかったからだ。

南極大陸は各国が資源開発を念頭に置きながらも、法的にはどこの国の領土でもない。
まだまだ謎だらけのこの大陸が、政争対象にならないことを願う。

2014年1月11日土曜日

パンダ飼育係

阿部展子著
角川文庫





本書は、パンダが好きで上野動物園のパンダ飼育員になった女性が書かれた本です。
幼い頃、祖母からもらったパンダのぬいぐるみに出会ってから、著者の阿部展子さん(1984年生まれ)はパンダが大好きになったそうです。
高校生の時、「パンダが好きなら、パンダを仕事にすればいいんじゃない?」と言われ、パンダに関わる仕事をしようと決意します。
そして、大学の中国語学科に入学して中国語をマスターしてから、中国でパンダの専門分野を学ぶという遠回りの道を選択するのですから、黒柳徹子さんもびっくり!のパンダ好きの女性です。

その後実際に、阿部さんは勉強に励み、四川農業大学に留学します。
その大学では、阿部さんが初めての外国人本科生だったそうです。
外国人が少ない訛りの強い地域で、苦手な理系の勉強をする・・・とても苦労をなさったと思います。
でも、勉強が大変だったという話はしても、嫌な目にあったなどあまりネガティブなことはおっしゃらない、努力家で前向きな方なのです。
見た目は、可愛らしいお嬢さんといった感じなのですが。

日本では動物園で一番人気のパンダですが、中国ではパンダに対する興味が極めて低いことに阿部さんは驚きます。
「どうしてそんなにパンダが好きなのかわからない。変態だ。」とまで言われてしまったそうです。
かわいい文化の違いなのでしょうか?

フワフワしているというイメージに反し、硬くゴワゴワした油っぽい毛。
自分の尾や後肢を噛めるほど身体が柔らかい。
など、あまり知られていないパンダの秘密(?)もたくさん書かれていました。

中でもビックリしたのは、飼育されているパンダは後ろ肢を鍛える筋力トレーニングが必要だということです。
交尾の際、オスは後ろ肢だけで立ち上がり、メスも背中に覆いかぶさるオスを支えるだけの後ろ肢の力がないと、すぐに潰れてしまい成功しない。
だから後ろ肢の筋力が必要不可欠で、小さな頃から筋トレをしなくてはならないのだそうです。
いつか来るその時のためにパンダが筋トレに励む・・・パンダには申し訳ないけれど、笑ってしまいました。

ぬいぐるみのような姿をしていてもやっぱりパンダは獰猛な面を持つ猛獣で、体重も重く噛まれることもあり、飼育員は体力と根気が必要な大変な仕事だと思います。
パンダが好き好きで、努力して飼育係になる夢を叶えた・・・応援したくなる素敵な女性のお話でした。

2014年1月8日水曜日

西荻窪の古本屋さん 音羽館の日々と仕事

広瀬洋一著
本の雑誌社



「古本屋」というと、昔は暗くホコリっぽい店内の奥に気難しそうなおじさんが座っている・・・そんなイメージでしたが、ブックオフ以降そういった店舗は少なくなっているようです。
でもそんなブックオフだって、遠い昔に行ったことがある1号店2号店は、狭くて暗いホコリっぽいお店だったのです。
ブックオフが今のようになる前、三浦しをんさんが働いていたことでも有名な 高原書店 がPOPビルに移転したときは、広くて明るい店内に驚き、よく通っていたものでした。

そんな高原書店で働き、その後独立したのが、この本の著者・広瀬洋一さんです。
本書で「ブックオフのやり方は高原書店がモデルになったのかな?」とおっしゃっていますが、私もそうだと思っています。

広瀬さんは、大学時代高原書店にアルバイトとして入り、その後正社員になって10年間勤務します。
そこで古本を商うことの面白さ、接客の楽しさに目覚め、一緒に働いていた奥様と共に、2000年に西荻窪で古本屋「音羽館」をオープンしました。

新刊書店でも個人経営のお店はなかなか厳しい時代なのに、古本屋さんで人を雇いながら14年も続いているのはすごいことではないでしょうか。
しかも、古本屋を始める多くの若者が、この「音羽館」をモデルにしているというのですから。

万引きや嫌な客の対応に疲れ、ネット通販専門の古本屋さんになる方も増えているそうですが、この広瀬さんは「お客さんと対面することが販売の醍醐味」だと言い切って、店売りにこだわりながら頑張っているのです。

本書は、広瀬さんが高校時代に出会った恩師との思い出、高原書店時代の仕事ぶり、独立してからの苦労、古本屋さんの業界事情などが綴られています。
なので、本好きの方が楽しめるのはもちろんのこと、古本屋開業を目指す方にも参考になるのではないでしょうか。

また、三浦しをんさんから「由佳子ねえさん」と呼ばれている奥様は、女子美の絵画科のご出身だそうで、音羽館のキャラクター「おとわちゃん」や本書の可愛らしい挿絵を担当されています。
御夫婦二人三脚で楽しそうに働いている様子がこちらにまで伝わって来て、なんだか温かい気持ちにもなりました。

「音羽館を語る」というコラムでは、「女子の古本屋」 などを執筆されている古本ライター・岡崎武志さん、歌人の穂村弘さんらが音羽館の魅力について語ってらっしゃいます。
読んでいるうちに、行ったことがない私でもすっかりファンになってしまいました。

すぐにでも行ってみたいけど、我が家から西荻窪は、とてもとても遠いのです。
現在近所に古本屋さんはないのですが、近くにこんな古本屋さんができたら通い詰めちゃうだろうなぁと夢をみるしかなさそうです。

2014年1月1日水曜日

総理の夫

原田マハ著
実業之日本社

政治関係の難しい話・・・ではなく、これは恋愛ドタバタコメディだ!



東大理学部・同大学院卒のイケメン。
職業は鳥類研究所勤務の鳥類学者。
実家は日本を代表する大財閥で、自分の資産もあり、現在は祖父のお屋敷に住んでいる。
優しくてお人好しで涙もろく、妻をこよなく愛する38歳。

本書は、そんな「理想の結婚相手」のような男が主人公の小説である。
なんて昔の少女漫画的な設定なんだろうか。

そして奥様は、東大からハーバード大学院へ進んだ秀才。
父は有名小説家、母は国際政治学者。
31歳で国会議員に初当選した直進党党首。
現在は、女性初の内閣総理大臣、42歳。

完璧なエリート女性、しかも美女で総理大臣。
ますます漫画チックな設定である。
この現実離れした物語は、「総理の夫」である 相馬日和 がつけている日記という形式で進んでいく。

冒頭から、主人公の相馬日和・通称「ひよりん」の妻に対する愛が炸裂していく。
多忙を極める妻を支え、心配し、愛し続ける。
なんて素敵な方なんでしょう!
読み始めてすぐに「ひよりん」ファンになってしまった。
題名を「総理の夫」から「理想の夫」に変更してもいいんじゃないだろうか。

自分では、肉体派の男が好みだと思い込んでいたのだが、この主人公「ひよりん」のような文系・内向的男子も好みなのかもしれない。

二人の出会いにキュンキュンし、
公邸に移ってますます多忙になった妻とのコミュニケーションが薄くなり寂しく感じる「ひよりん」に同情し、「たとえ世界中が敵になったとしても、君の側につく。君を守る。君についていく。」の言葉にノックアウトされてしまった。
そんなセリフを言える男性が現実にいるだろうか?
いないからこそ読者はこの物語に夢を見るのだ。
(いや、もしかしたら地球の片隅に棲息しているかもしれないが)

他の方がこの小説を読んでどう感じようと、私にとってはこれはギャグを散りばめながら理想を描いた恋愛コメディなのだ。
原田マハさん、私の恋愛のツボをよくご存知だなぁ。