2013年9月29日日曜日

宰領: 隠蔽捜査5

今野敏著
新潮社

主人公は、四角四面の警察官僚。だけど、ちょっぴりお茶目でかわいいお方なの。



スピンオフ作品もある人気の隠匿捜査シリーズ。
このシリーズの魅力は、なんといってもキャリア警察官である主人公の竜崎にある。
私利私欲とは無縁、四角四面、原理原則を重んじ、人付き合いが苦手。
「変人」「唐変木」と言われている男。
職務に忠実で、保身や出世のために行動する警察官たちを横目に、上司になびくわけでもなく黙々と自分のやるべきことを合理的にこなしていく・・・
ああ、ダメだ。
かっこよくてお茶目でかわいくて素敵な人なのに、残念ながら私には彼の魅力を伝えられない。

今回の事件は・・・
降格人事により、キャリア官僚ながら現在は大森署の署長を務めている竜崎。
衆議院議員の牛丸が誘拐され、運転手が他殺体で発見された。
牛丸の車が発見されたのは大森署管内だが、誘拐犯が潜伏しているのは神奈川県内だとわかり、神奈川県警に協力を仰ぐことになった。

警視庁と神奈川県警が対立しようとも、上司の命令に逆らってでも、竜崎は事件解決に一番合理的だと思う方法を選択していく。
ノンキャリアの警官が突っかかってきても、カッとなるのではなく冷静にどうすればいいのか判断していく。

現在は降格人事のため署長をしている竜崎が、実はキャリア官僚で階級は警視長であり、刑事部長とは幼馴染みで同期の仲だとわかった時の、周りの驚く様子はとても痛快で何回読んでも面白い。
これは、水戸黄門が印籠を出したとき、浅見光彦の兄が警視監だとわかったときと同じだ。

今回はまさかの大どんでん返しもあり、シリーズ最高の作品ではないだろうか。
事件は独立しているため本作だけを読んでも楽しめると思うが、竜崎のキャラや生い立ちなどの説明がほとんど書かれていないため、未読の方はシリーズの最初から読むことをおすすめする。

「転迷―隠蔽捜査4」のレビュー

2013年9月26日木曜日

「AV女優」の社会学 なぜ彼女たちは饒舌に自らを語るのか

鈴木涼美著
青土社

女の子からAV女優への成長。



本書は、著者の鈴木涼美さんが「AV業界をウロウロしながら」書いた大学時代のレポートと大学院での修士学位論文を加筆修正したものである。

AV女優はなぜインタビューで饒舌に語るのだろうか?
なぜ彼女たちは性を商品化するのだろうか?
そんな疑問から、AV女優たちの日常と業務を紹介するとともに、女の子達がプロダクション・メーカー・監督とたくさんの面接をこなしながら、「女優」になっていく様子を観察していく。

仕方なく女優をしているといった姿はそこにはない。
頑張ったら頑張った分だけ売れると、向上心を持って仕事をしているのである。
AV女優たちは、強制されることなく撮影に臨み、自分でSMプレイなどしたくないNG項目を選び、機嫌よく撮影できるようにちやほやされ、と想像以上に大切にされている。
一方、世間には偏見を持たれているという二面性があることがわかる。

「なんとなく」流されるようにAV業界にデビューした女優がほとんどらしいのだが、どうも人々はそこに理由をつけたがるらしい。
こんな可愛い子がこんな仕事をしているなんて、よほど辛いことがあったのか、衝撃的な生い立ちなのか、それとも純粋に好きだからか・・・
そのためAV女優のインタビュー市場は活発らしく、彼女たちは「自らの性を商品化する理由を常に問いかけられてきた」存在であるという。

それに加えて、プロダクションに所属するため、メーカーの契約をもらうため、監督と打ち合わせするため、自分を売り込み継続的に仕事をしていくために、彼女たちは日々数多くの面接を受けなければならない。
それによって自分がどういったキャラクターを演出していくべきか学び、徐々に饒舌な「AV女優」になっていく様子は、心理学的な面から見ても面白い。

論文ということもあり、回りくどい言い回しに一読しただけでは意味がわからなくて読み返した箇所も多々あった。
それだけではなく、読みながら袋小路に入り込み悩んでしまう箇所もあり、なかなか読み進めなかった。
特に、売春・性の商品化についての過去の論文を考察している箇所を読んでいると、なぜ強制されない・自由意思による売春がいけないのか、私自身わからなくなってしまい考え込んでしまった。

多くの男が女を求め続ける限り、女であることを武器にした商売はなくならないだろう。
しかし、インターネットで様々なコンテンツを見ることができる今、AV業界はこの先どう変化していくのだろうか。

※面白いなと思ったのは、AVを見ているファンはブログやサイン会などでは、性的なものではなくカラオケで何を歌ったのかとか、何を食べたか?何を買ったか?など、日常的なものを求めているらしい。
演技しない素顔の女優たちを見たいらしいのだが・・・

※「性の商品化」とはどこからどこまでだろうか。そう考え始めたらわからなくなってしまった。
高校生の時友人が「結婚とは売春の一種である」と言っていた。
「あなたが今履いている靴下を6000円で売ってください」
そう言われたら売るだろうか?
もし、買う側がその靴下に性的な意味を見出しているとしたら?
アイドルのブロマイドも「性の商品化」だろうが、美しくなるために化粧したりおしゃれしたりすることは?・・・

2013年9月24日火曜日

ガソリン生活

伊坂幸太郎著
朝日新聞出版

気をつけよう 愛車は何でも お見通し




新車を買った。
国産の小型大衆車ではあるが、我が家にとっては大きな買い物で、納車まであと2週間ほどだと指折り数えながら心待ちにしている。
そんなウキウキ気分の私に「喝!」を入れてくれたのが、この「ガソリン生活」だ。
新車のことばかり考えて、下取りに出す今乗っている愛車のことを忘れていた。
長年お世話になっているのに、ごめんなさい。
なにせこの小説の語り手は車で、持ち主である運転手に親しみを感じ、廃車にされるのが一番怖いと言っているのだから。

その主人公は緑のマツダ・デミオ、通称「緑デミ」。
人間たちの会話を聞いたり、あちこちで出会う車たちと会話をしているため、なかなかの情報通だ。
車体が見える範囲、排出ガスが届くような範囲であれば、車同士やり取りができるのである。

持ち主家族の長男が、次男を乗せて運転している時に、名家出身で10年前に引退した元女優・荒木翠と出会い、ある場所まで送り届けることとなった。。
その後、他の車に同乗中だった荒木翠は、トンネル内での交通事故により死亡してしまう。
荒木翠を追っていた芸能レポーター、お金のために非道なことを繰り返す悪人など様々な人物が登場し、話は意外な方向へと進んでいく。

久しぶりに読んだ伊坂幸太郎さんの小説だった。
クスッと笑える会話が続き、「そうだった。こういう文章が伊坂幸太郎さんの魅力だった。」と思い出した。

登場人物それぞれの個性も際立っている。
なかでも小学生の次男がいい味を出していて、大好きになってしまった。
少し抜けている長男を補うように、頭脳明晰で小生意気な次男が大人顔負けに、臨機応変に行動する姿が頼もしくもあり、可愛くもある。
生意気すぎて学校でいじめられてるらしいのだが。

車同士でしかコミュニケーションを取れないため、いろいろな情報を得ても人間たちに伝えられないのがもどかしい。
ああ!もう教えてあげたいと、「志村後ろ!」 状態になってしまった。

楽しい会話あり、哀しい出来事あり、細かな伏線を丁寧に回収しながら、きちんとまとまった納得のいくラストまで存分に楽しませてもらった。
全く文句なし!
伊坂作品お気に入りランキングに、初登場ながら堂々1位にランクインだ!

私が今の愛車と過ごせる時間もあと少し。
今までありがとうと感謝しながら残された愛車との時間を大切にしたい。

ロスジェネの逆襲

池井戸潤著
ダイヤモンド社

「人事が怖くてサラリーマンが務まるか!」ますます劇画チックになった「半沢直樹」第3弾。



TBSドラマ「半沢直樹」が終わった。
役者たちの迫力ある演技で、驚異的な視聴率をとったのも頷ける。
(関東42.2%、関西45.5%)
 
大活躍のスーパー銀行員・半沢直樹。
「オレたちバブル入行組」 では、大阪西支店で5億円の債権回収をし、「オレたち花のバブル組」 では120億円の巨額損失に対峙し銀行の危機を救った。
その「半沢直樹」シリーズの第3弾がこの「ロスジェネの逆襲」である。

本作で半沢直樹は、東京中央銀行の証券子会社である東京セントラル証券に出向し、営業企画部長として働いている。
IT企業の電脳がスパイラルに敵対的買収を仕掛けるところから話は始まる。
当初電脳側のアドバイザーだった半沢だが、親会社の東京中央銀行にアドバイザーの立場を横取りされ、今度は買収される側のスパイラルのアドバイザーとなる。
・・・って、親会社に喧嘩を吹っかけているようなものではないか!

ここまでやっちゃっていいのだろうか?
敵をこんなに作って大丈夫なのか?
でも、半沢直樹は期待を裏切らず、やってくれるんだなぁ。

合併銀行であるため、東京第一銀行出身者と産業中央銀行出身者が対立する旧T・旧Sの戦い、上司と部下の戦いという今まで描かれていた戦いに加えて、出向社員VSプロパー、親会社VS子会社、バブル入行組VSロスジェネ世代と対立も激化し、入り乱れてもう魑魅魍魎の世界だ。
実際の銀行もこんな伏魔殿のようなのだろうか。

プライドだけ高くて仕事ができない奴。
自分の利益しか考えていない奴。
どうしてそんな奴らがのさばっているのだろうとイライラするような悪役がたくさん出てくるのだが、悪役が悪く描かれれば描かれるほど、半沢が引き立つのだから、我慢しよう。
その分倍返ししたときの爽快感が増すのだから。

印象深かったのが、本作で半沢がハッキリ言い切った仕事への姿勢だ。
やっぱり、半沢直樹はかっこいい。
サラリーマンの星だ。

同期たちが固い絆で結ばれ、裏切らないのも気持ちがいい。
これからもこのシリーズは続いていくだろうが、同期たちだけは悪役にしないで欲しいと願う。

2013年9月20日金曜日

週刊新潮 2013年 9/26号

世界一の海上ラボ。地球科学者の「虎の穴」。地球深部探査船「ちきゅう」はすごいぞ!



9/18(水)に発売された週刊新潮。
トップは、窃盗未遂で逮捕されたみのもんたの息子について。
その他、「最近イスラム教に改宗する日本人が増えている」「愛犬・愛猫のガン闘病」など、読み応えのある記事が載っていた。

その中で、一番興味を惹かれたのが、科学作家の竹内薫氏による地球深部探査船「ちきゅう」の乗船探検記だ。

海のスペシャリストたちの研究団体である独立行政法人・海洋研究開発機構(JAMSTEC)の旗艦「ちきゅう」。
2005年に就航した総工費600億円の「ちきゅう」は、全長210㍍、高さ130㍍、幅38㍍、5万6752㌧・・・サッカーコート2面分の巨大な船である。
「ちきゅう」は、海上に停泊して海中にドリルパイプを降ろし、海底を掘り進んで科学調査をするために建造された探査船だ。

パイプの長さはときに数㌔にも及び、海上の船が動いたらパイプは大事故につながる。
そのため、海上で動かないことが重要だが、コンピュータを駆使して静止状態を保っているのだという。

この「ちきゅう」の夢は、地球内部のマントルに到達する、大地震の発生を直に観測する、そして海底の極限生物の探査・・・
今はまだ夢かもしれないが、読みながらワクワクしてきた。

誰もまだ見たことがないナマのマントル、熱くて酸素の少ない海底に棲息する生物。
SFの世界のようで現実味がないけれど、自分の足元のずっとずっと下の方に何かあるんだと想像すると楽しいではないか。

私が生きているうちに、マントルを採取できるといいなぁ。

2013年9月17日火曜日

100年前の写真で見る 世界の民族衣装

日経ナショナルジオグラフィック社

100年前の人々はどんな服装で暮らしていたのだろうか?



かつてマレーシアに住んでいた。
マレーシアは、主にマレー系・中国系・インド系の人々が共に暮らしている多民族国家である。
私たちと変わらない装いをしている人々も多いが、日常的にそれぞれの民族衣装をまとっている人もよく見かけた。
特に、マレー系・インド系の女性たちは思い思いに工夫を凝らした民族衣装で、私の目を楽しませてくれた。

今では世界中どこへ行ってもスーツ姿のビジネスマンやGパンにTシャツ姿の人を見かける。
民族衣装を着ていたとしても、それは観光客用なのかもしれない。
残念なことではあるが、動きやすさを考えたら仕方のないことだろう。
そして、これからもっと服装のグローバル化は進んでいくのだろうか。

本書は、ナショナルジオグラフィック社が1900年代から1930年代までに世界各地で撮影した貴重な写真を収録した写真集である。
工業製品とは違う手作りの布や服装をまとい、「ハレとケ」がはっきりしていた時代がそこにある。

自家製のゆりかごで赤ちゃんをあやしているドイツの女性の笑顔は、母になった喜びからか、それとも慣れないカメラを向けられて照れているのだろうか。
この手を繋いでいる深窓の令嬢たちは、普段何をして遊んでいるのだろうか。
この豪華な婚礼衣装は、嫁ぐ喜びと不安を抱きながら複雑な思いでひと針ひと針刺繍したのだろうか。
と想像しながら眺めていると時が経つのも忘れてしまう。

服装だけでなく、帽子や靴、装飾品、化粧、そして背景もまた私を100年前の世界に連れて行ってくれる。

ロシア・南ダゲスタンの女性は宝飾品で飾り立てすまし顔でカメラを見つめているが、眉毛はこち亀の両津のように不自然なほど太くつながっている。
調べてみたら、「眉毛はつながっているほどいい」とこの地方では今でもわざとつなげる化粧をしているらしい。(参考:「眉毛はつながっているほどセクシー度がアップするというタジキスタンの女性たち」

100年前の人々はどんな服装で暮らしていたのだろうか。
そんな好奇心を満たしてくれ、いくら眺めていて飽きない写真集である。

2013年9月14日土曜日

オレたち花のバブル組

池井戸潤著
文春文庫

半沢直樹第2弾。渡る世間は敵ばかり。またまた「倍返し」の反撃が始まった。



ドラマ「半沢直樹」の視聴率は30%を超え、勢いを増しながら最終回へと向かっている。
本書はその原作本であり、「オレたちバブル入行組」に次ぐ「半沢直樹」シリーズの第2弾である。
第1弾と第2弾のタイトルが、これだけ似通っていて紛らわしいのは何故だろうか。

【あらすじ】
大手銀行のバブル入行組である半沢直樹は、現在営業第二部次長の職にある。
伊勢志摩ホテルが運用失敗により120億円の巨額損失を出した。
半沢は、頭取命令でその再建を押し付けられてしまう。
その上、金融庁検査が入ることになり、ホテルが「分類債権」に分けられてしまうと、巨額の引当金を計上しなければならなくなる。
それにより、銀行の経営問題にまで発展してしまうのだ。
この絶体絶命の危機を乗り越えるために、半沢が立ち上がる。
また一方で、半沢と同期の近藤が、出向先のタミヤ電機の帳簿改ざんに気づき、奮闘していく。

嫌な奴はとことん悪く描かれ、半沢が反撃して懲らしめ、めでたしめでたし。
第1作同様そんなパターンなのだが、わかっていても思わず引き込まれてしまう面白さがある。
回収金額も半沢の昇進と共に、第1弾の5億円から120億円と大幅アップし、スケールが大きくなっている。

上司に向かって「おこがましんだよ」と暴言を吐く。
そんな部下は銀行に限らずなかなかいないと思うが、半沢が言い放つと妙にハマっていて現実味を帯びてくるから不思議だ。
頭に来てもグッとこらえ耐え忍ばなければならないサラリーマンたちにとって、半沢はヒーローなのかもしれない。

ドラマで片岡愛之助さん演じるおネェキャラの金融庁検査官・黒崎が、ドラマのあのキャラそのままに大暴れするのも面白い。
特に、ボイラー室のダンボールを開けて、中身を見たシーンは笑ってしまった。
ただ、金融庁にお勤めの方はこれを読んでどう思うのだろうかと少し心配になってくる。

誰でも楽しめる、これぞエンターテインメントという小説だった。

※前作同様登場人物が多いので、理解を助ける相関図や説明があったら良かったと思う。
※片岡愛之助さんが語る「おネエ検査官役作り秘話」
※「半沢直樹」でスカッとする人は二流らしい??「心理診断『半沢直樹』でスカッとする人はなぜ二流か?」

2013年9月11日水曜日

あまちゃんファンブック おら、「あまちゃん」が大好きだ!

扶桑社

おらも、「あまちゃん」が大好きだ!じぇじぇ!熱くなりすぎて長くなっちまった!許してけろー!



「暦の上ではディセンバー」(㊟1)じゃなかった、セプテンバーである。
じぇじぇっ!
ということは今月で大好きな「あまちゃん」が終わってしまうではないか。
クドカンが脚本ということで、普段は見ない連続テレビ小説を見始めたら日に日にハマっていき、もう「あまちゃん」なしでは生きていけない体になってしまったのに。

夏の甲子園でも演奏されていた、軽妙なオープニングから始まって、
人の心理状態まで詳しく説明してくれる、笑えるナレーション。
琥珀のように磨かれた達者な演技を見せてくれる、劇団「大人計画」を始めとする役者たち。
元アイドル志望でスケバンだった役がぴったりの、アバズレ感漂う小泉今日子。
そして「こんな子がいたんだ!」と感動すら覚える、透明感溢れる能年玲奈。
全てが魅力的で、老若男女問わず夢中になるのも頷ける。

NHKという制約の中で、どれだけクドカンらしさが発揮できるのか。
当初、そんな不安を抱いていたが、実際に見たら杞憂だったとすぐにわかる。
80年代と現在、北三陸と東京、時間と空間を行ったり来たりしながら、お得意の小ネタを散りばめて笑って泣ける最高のドラマになっている。

なにせ、小池徹平扮するヒロシの登場シーンでは「ガラスの部屋」をBGMに「ヒロシです」と暗く登場したのだから、驚くではないか。
花巻さんが、「海女~ソニック」というふざけたネーミングのイベントで、フレディ・マーキュリーをヒゲ付きで演じたのも大笑いしたなぁ。
トシちゃんのそっくりさんも「ちゃんちゃらおかしいわ」(㊟2)と笑えたが、三又又三はマニアックすぎないかとちょっと心配になった。
海女カフェの改装シーンで、「ビフォーアフター」のBGMとともに「なんということでしょう」のナレーターまで入る細かさには、やるなぁと唸ってしまった。

一番びっくりしたのは、「ザ・ベストテン」を模した番組「夜のベストヒットテン」だ。
くるくる回るランキングボードの前で、久米宏風の糸井重里と共に登場した清水ミチコが黒柳徹子の物まねをしながら、玉ねぎ頭から「あめちゃん」(㊟3)を取り出した時には、大笑いしながらNHK(とTBS)の懐の深さに感動すらした。

海女だ、アイドルだ、「地元へ帰ろう」(㊟4)だとは節操無いなぁとか、若いのにどうして回らない鮨屋に入り浸れるの?とか、突っ込みどころ満載でもある。

で、やっと本書である。
「あまちゃんファンブック」とあるように、NHK非公認ながらファンには嬉しい情報が詰まっている一冊だ。

「あまちゃん」の人物相関図やあらすじから始まって、
ファンでもちっとも面白くなかった漫画「ファイナル勉さん」、
私は萌えないけれど興味深い「ミズタク萌えとは何か」
岩手県知事のインタビュー「アマノミクスでじぇじぇじぇ改革を」など、
てんこ盛りの内容となっている。

数々の著名人が「あまちゃん」愛を熱く語っているページでは、「んだんだんだ」(㊟5)と頷きながら、
「ずぶん」(㊟6)または「いっぱぁんだんせい」(㊟7)の凛々しい写真に見とれながら、
ロケ地巡礼ルポでは、「観光協会が入っているビルは旧駅前デパートで2階以上は現在無人」など、マニアックな情報にへぇ〜ボタンを連打しながら、
まるごと一冊堪能させてもらった。

そして、「小ネタ集解説」コーナーは必見だ。
ユイちゃんの元カレの小太りな愛犬家は、「ファブリーズ」のCMでピエール瀧の長男役だった・・・など、どうでもいい小ネタから、
ヒビキ一郎の連載コラム「俺はみとめねぇ」はチラッと映っただけの単なる小道具なのに、もったいないぐらい完成度が高い・・・など、凄い!と感嘆するものまで幅広く収録されている。

「あまちゃん」には、情報過多気味なほどわんさか小ネタが詰まっているが、それに気づかなくても十分楽しめる。
私自身もきっと気づかない小ネタがたくさんあっただろう。
「あまちゃん」ファンの友人たちと、「この間ミズタクがハンガー構えて、太巻が『武田鉄矢かっ』って突っ込んだのは『刑事物語』パロってたね」などと情報交換して知識不足を補っている。
ただ、幅広い教養を持ち、小ネタにたくさん気付いた方がより楽しめるのだと思う。
まさに、「わがるやつだけわがればいい」(㊟8)のだろう。

まだまだ、「ウーロンハイ焼酎抜きで」とか、「すまださん引っ越すますたよ」「女優が訛っていいのはあき竹城だけ」「アキちゃんのファーストキスを奪いそうになった前髪クネオ」とか話したいことは山ほどあるが、長くなってしまったので残念ながらおしまいにしよう。

最終回まであと「勉さんが一人、勉さんが二人・・・」(㊟9)と数える毎日である。
ああ、この甘くてしょっぱい「まめぶ」(㊟10)のような日々が、もうすぐ終わってしまうのが本当に悲しい。
今から「ペットロス」ならぬ「あまちゃんロス」になってしまうのではないかと心配している。

※独りよがりの長いレビューになってしまいました。
「まだまだあまちゃんですが・・・」(㊟11)、これからもよろしくお願いします。

㊟1「暦の上ではディセンバー」…あまりに適当な歌詞に思わず脱力してしまうアメ女の歌。
㊟2「ちゃんちゃらおかしいわ」…鈴鹿ひろみの口癖。「じょじょ!」は奇妙な冒険だった。
㊟3「あめちゃん」…大阪のおばちゃんの必需品。このシーンは清水ミチコのアドリブらしい。
㊟4「地元へ帰ろう」…GMTのデビュー曲。癒し系の喜屋武ちゃんが好き。
㊟5「んだんだんだ」…スーパーマリオブラザーズで地下に入った時の音楽。「弥生さん、もっとコインとれ!」
㊟6「ずぶん」…南部ダイバーから板前見習いに転職した元仮面ライダー。
㊟7「いっぱぁんだんせい」…ルパン三世とも言う。
㊟8「わがるやつだけわがればいい」…伊勢志摩扮する花巻さんの口癖。
㊟9「勉さんが一人、勉さんが二人・・・」…眠れぬ夜に数えるといいらしい。
㊟10「まめぶ」…あんべちゃんの得意料理。食べてみたいかは微妙。七味は少なめ希望。
㊟11「まだまだあまちゃんですが・・・」…エンディングの写真は9/7まで募集していた。

2013年9月9日月曜日

オーダーは探偵に 砂糖とミルクとスプーン一杯の謎解きを

近江泉美著
アスキー・メディアワークス

ドジな女子大生とドS高校生のコンビが活躍するありがちな・・・じゃなかった楽しいミステリー。



王子様という設定に合う制服は、ブレザーか詰襟か。
当初著者は、詰襟を想定していたそうだが、ネクタイを外す仕草にドキッとする女性が多いことを知り、ブレザーにネクタイという設定に決まったそうである。(あとがきより)
詰襟も男っぽくていいんだけど、ちょっと古臭いのかもしれない。

本書は、「オーダーは探偵に―謎解き薫る喫茶店」 に続く第2弾である。

就職活動中の大学生・美久は、 喫茶店「珈琲 エメラルド」でアルバイトをしている。
そこの壁には【貴方の不思議、解きます】と書かれた紙が貼ってある。
天才的な探偵が、ある対価と引き換えに謎を解いてくれるのだ。
その探偵とは、店長の弟の高校生。
王子様のような美しい少年だが、口を開けば毒舌を吐く意地悪なヤツ。
しかも、実はこの喫茶店のオーナーだった!

ドジで人がいい女子大生と、意地悪なドS王子の高校生探偵が、
「エメラルドに輝く川や、杖をついたカエル見た」
「レジに置かれた謎の封筒」
といったちょっとした謎を解いていく。
そして今回は、高校の七不思議に絡んだ事件を解決するため、2人で喫茶店を飛び出していく。

第1巻を読んだときにも思ったが、どこかで聞いたような設定、読んだことあるようなストーリーが続いていく。
タレーラン・・・謎解きは・・・春期限定・・・いいトコ取りのツギハギ・・・
いやいや、面白ければそれでいいじゃないか。
またまた初読なのにデジャヴを感じながら楽しんだ。

店長・王子様兄弟の両親はどうしているのか?
「対価」をどうするつもりなのか?
などなど、まだまだ彼らの背景に謎は多い。
まだ次作は発売されていないようだが、楽しみに待ちたい。

2013年9月5日木曜日

姉飼

遠藤徹著
角川書店

この本、凶暴につき・・・




夏という季節は、人をいつもと違う自分に変えてしまうのかもしれない。
昨夏は、暴力的な性を描いた「城の中のイギリス人」を読んでしまった。
そして今年は、普段なら手を出さない「エログロホラー」というジャンルのこの「姉飼」を借りてきてしまったのだから。

本書は、第10回日本ホラー小説大賞を受賞した表題作「姉飼」など、4編が収録されている短編集である。

【姉飼】
脂祭りの夜に、出店で串刺しにされ泣き喚いている「姉」を見た時から惹きつけられてしまったぼくは・・・
脂祭りって何?
「姉」って人間じゃないの?
っていうか、太い串で胴体の真ん中を貫かれているのになぜ生きていられるの?
などという私の疑問は置き去りにされながら、話はどんどん予想だにしない方向へ進んでいく。

【キューブ・ガールズ】
代金2万円の小さな四角い箱に好きな情報をインプットしてお湯で戻すと、あら不思議。
好みの女の子が出来上がる。
しかも、「○○子と××美と△△を足して3で割って小林ひとみの雰囲気で」といった客のわがままな要望に応えてくれるのだ。
小林ひとみとはちょっと古いなぁ。
それなら私は「インパルス堤下の顔と声で、体は・・・」と妄想しているうちに、意外な結末へと向かう。

【ジャングル・ジム】
公園のジャングル・ジムは、真っ直ぐで隠し事のない性格の気のいいやつ。
訪れる人々の悩みに耳を傾け、心の底から共感してあげる毎日を送っている。
そんなジャングル・ジムが恋をした。
デートして、あんなことやこんなことまでするのだ。
ど、どうやって?という私の疑問はまたまた無視されたまま、悲しい結末へ・・・

【妹の島】
温暖な島で果樹園を営んでいる吾郎。
体にオニモンスズメバチが卵を産みつけ体内で孵化したため、大量の幼虫が彼の体をさまよっている。
眉間に皺を寄せながら読んでいくと、人間の業とは?という深くて重たいテーマにぶち当たる・・・かもしれない。


なんという吸引力だろうか。
読み始めたら最後、私の存在など完全に無視されて、「イヤよイヤよ」と言っているにもかかわらず、ひたすら引っ張っていく。
確かにエロくてグロい。
しかしホラー度が高く、悲鳴をあげたくなるほどではないが後からじわじわした恐怖が襲って来る。
奥が深いのだ。

「城の中のイギリス人」と比較すると、エロ度は1/10、グロ度は同程度、そしてホラー度は10倍という感じだろうか。(当社比)

う〜ん。やっぱり夏は危険な本を読みたくなる季節なのかもしれない。

2013年9月3日火曜日

オレたちバブル入行組

池井戸潤著
文春文庫

堺雅人よりもっと泥臭い半沢直樹。



絶好調のドラマ「半沢直樹」を、毎週欠かさず見ている。
悪者はとことん悪くというわかりやすさ、顔のドアップの多用、劇画ちっくな大げさな演技・・・
見たら最後、思わず引き込まれてしまうので、視聴率が高いのも頷ける。
見たことがない方も、その評判は耳に入っているだろう。
そのドラマの前半部分の原作がこの「オレたちバブル入行組」である。

【あらすじ】
主人公の 半沢直樹 は、バブル期に大手都市銀に大量採用されたうちの一人。
現在は、大阪西支店の融資課長である。
支店長からの指示により、不本意ながら融資した会社が倒産した。
支店長は、全ての責任を半沢直樹一人に押し付けようとする。
このピンチを乗り切るには債権回収しかない。
さあ、どうする!?半沢直樹!!

実父は自殺(ドラマ)⇒ 死んではいない(原作)など違う箇所もあるが、ドラマは概ね原作通りである。
ただ、ドラマでの決め台詞「倍返し」は頻繁に出てくるわけではなかったが。

銀行を舞台にしているため業界用語がたくさん出てくるが、わかりやすく説明してくれているので読みやすい。
しかし、登場人物が多い!
ドラマを見ているから頭に入るものの、見ていなかったら頭が混乱しまくっただろう。

読みやすく、スピーディーな展開、そして何より面白い!
これだけ人気があるのも納得する。
その上、「悪い奴をやっつける」という復讐劇のパターンが、爽快感を与えてくれる。
「日頃自分では言えない上司への苦言を、半沢に代わりに言ってもらって溜飲を下げる」という感じだろうか。

何しろ出てくる上司たちが、とことん悪く描かれていて憎たらしいほどだ。
上にはペコペコ、下には威張り散らす、立場が弱くなると途端にオロオロする。
そんな悪者を、半沢直樹が倍返しする場面は拍手喝采したくなる。

ただ、単純に勧善懲悪の物語とは言えない。
悪い奴は悪いが、半沢直樹だって誰が見てもいい人っていうわけではない。
味方につけたら勇気百倍だが、敵に回したらこんな恐ろしい男はいない。

この物語の評価は、半沢を応援できるかできないかにかかっていると思う。
こんなヤツいない、大げさすぎると思わずに、頑張れ半沢!よし、よくやった!と思えるかどうかだろう。

何度も訪れる絶体絶命の危機。
ギリギリまで追い詰められてからの大逆転劇。
叩かれても叩かれても這い上がる・・・まるで「立て~、立つんだ!ジョー!」の世界のようだ。
やっぱり劇画の世界じゃないか。

ドラマは後半戦に突入し、きっと半沢が大反撃を見せてくれるだろうと期待している。
また、「半沢直樹」シリーズも第4作目が連載中だという。
こうなったら「島耕作」のように、半沢が頭取に上り詰めるまで頑張って欲しい。

桜ほうさら

宮部みゆき著
PHP研究所



「書は人なり」。
綴る文字には人となりが表れるというが、字が汚い私はいつも人前で字を書くのが恥ずかしくてならない。
本書は、その書いた文字が重要なテーマとなっている宮部みゆきさんの時代小説だ。

主人公の古橋笙之介は、深川の長屋で貸本屋の写本作りの仕事を請け負いながら暮らしている。
実は彼、浪人とはいえ痩せても枯れてもお侍さんなのだ。
書いた覚えのない文書を証拠に、賄賂を受け取った責任を問われ切腹した父の汚名をそそぐため、江戸近郊の小藩からやってきたのだ。
父を陥れた、他人の筆跡をまねて字を書くことの出来る人物を探すために。

家族のように世話をやく長屋の住人たちに囲まれながら笙之介も成長し、淡い恋をしながら事件の真相が明らかになっていく・・・
題名の「桜ほうさら」とは、甲州弁の「ささらほうさら」(いろんなことがあって大変だ、大騒ぎだ)から来ている。

貧乏ながらも肩寄せあってたくましく生きる長屋の住人たち。
それぞれが胸に悲しみを抱え、懸命に前へ進む姿が胸をうつ。

あの暗号文は結局どんな規則で読むのだろう、あの人の身に何があったのだろうなど、疑問も残るがそんなことはどうでもいい。
この切なく温かい小説で、とても癒されたのだから。

いいことばかりではなく、辛いこともたくさんあるけれど、
「ささらほうさら」と呟いたからって解決するわけではないけれど、
その綺麗な語感に慰められ、落ち着いてくるような気がする。
やっぱり宮部みゆきさんの時代小説はいいなぁ。

挿画について

淡い桜色の表紙も可愛らしく、全ページ上部に桜の花びらが散らしてあり、素敵な装丁だと思う。
ただ、人物の漫画チックな挿絵は、個人的にはない方がいいと思う。
いや、はっきり言うと後ろ姿はいいが、顔は描かないで欲しかった。
読みながら自分の好きなように人物を想像したいからだ。
この顔はかわいすぎて、私の中のイメージとはだいぶ違っている。

この物語に限らず、小説には人物の顔の挿絵は必要ないと思う。
映像とは違う、絵本とも違う、活字の世界だから、自分の好きなように想像しながら読みたいから。
見ないようにすればいいだけの話なのだが。