2013年7月29日月曜日

たたかうソムリエ - 世界最優秀ソムリエコンクール

角野史比古著
中央公論新社

ソムリエの世界はまさにスポ根の世界だった!



漫画やドラマの世界でソムリエたちは、ブラインドティスティングで次々とワインの銘柄を当てていく・・・
しかし現実は、全てを完璧に当てるソムリエはまずいないのだという。

2010年、チリで第13回世界最優秀ソムリエコンクールが行われた。
本書は、NHKのディレクターである著者が、その熱い闘いを取材した記録である。

コンクールは、ティスティングの他、筆記試験やサービスの実技試験など、難問に次ぐ難問が出題され、様々なトラップが仕掛けられて選手たちをふるい落としていく。

ティスティングのコメントでは、
色や粘性などの見た目、第一印象の香り、空気に触れた後の香りの変化。
口に含み、酸味やタンニンの状態、アルコール度数。
そのワインに合う料理の提案、飲み頃、おすすめのグラスや提供温度・・・
などを瞬時に答えなければならない。

しかも、出題されるのは、ワインだけではなく、ありとあらゆるお酒が含まれるのだ。
言語は、英語かフランス語、もしくは開催地の言語のうち 母国語以外 を選択する。
母国語でも香りを表現するのは難しいのに!

ブドウのクローン番号をクオリティーの高い順・糖度の高い順に並び替える問題。
ブドウ畑の写真をみてどこか答えさせる問題。
ワインの中の科学的なニオイ物質、産地・品種・醸造方法・・・
選手たちが覚えなければならない事は多岐にわたる。

そのため、ソムリエを追った「情熱大陸」を見てソムリエになると決意した日本人の森覚(さとる)氏は、新婚ながら、仕事の後明け方3時過ぎまで勉強し、朝6時に起きて勉強を再開する毎日を送っている。

フランス代表のダヴィッドは、市場での買物中、また植物園での散歩中、あらゆる物をとにかく嗅いで嗅いで、香りを表現する引き出しを記憶の中に確保する努力を続けている。

20年にわたってコンクールに挑戦し続けてきた大ベテランであるイギリス代表のジェラールは、大会の準備に専念するため、経営するホテルを奥さんに任せることにした。

なんという体育会系の世界だろうか!
彼らを支える奥様や同僚たちなど周りの人々の、なんという温かい愛情だろうか!
トップソムリエの世界は、スポコン漫画のような世界ではないか!
神業のような解答は、努力に努力を重ねた結果だったのだ。

そして、クライマックスの涙なくては読めない最優秀ソムリエの発表・・・

ワインに詳しい方も詳しくない方も、
ワインが好きな方もそうでない方も、
本書を読むと途端にワインが飲みたくなってしまうだろう。

お酒が飲めない方だって、せめてニオイぐらいと嗅ぎたくなってしまうだろう。

普段飲酒をしない私だが、ちょうどフレンチレストランでの会食があったため、ソムリエに話しかけながらワインを注文してみた。
それも2杯も。
色、粘度、ニオイそしてテイスト・・・違いは分かるのだが、どう違うのかがわからない。
ましてやその違いを的確に表現するなんて、とても無理だ。

本書でワインについて、少しは学習することができた。
いつか、違いのわかる大人の女になれたらいいなぁ。

夢を売る男

百田尚樹著
太田出版

その男は詐欺師なのか?それとも「夢を売る男」なのだろうか?



高校生の時に、国語の授業の一環で小説(のようなもの)を書かされたことがあった。
プロットを考えている時はとても楽しく、素晴らしいものが書けてしまうかもと思ったものだった。
しかし、書き始めてみると自分でも嫌になるほどつまらない文章しか書けなかったのだ。
見るも無残な出来栄えに、小説は書くものではなく読んで楽しむものと早々に結論づけた。
文才のなさは己が一番よくわかっているのである。
(その時書いた小説は、全員分高校の図書室に収められている。願わくは永久に眠っていて欲しい。)

自分の本を作りたいという「夢」をテーマにした小説が、この「夢を売る男」(百田尚樹著)である。
主人公の男は、文学賞に応募してきた夢見る人々に片っ端から口八丁で「本を出版しないか」と持ちかけていく。
自費出版ではなく、出版社と著者が出版費用を負担しあい、ISBNコードを取得し、国会図書館に収められ、実際に書店で売られる・・・ジョイント・プレスという方式なのだという。

努力を馬鹿にして何もしないくせに、スティーブ・ジョブズのような成功者になると信じているフリーター。
自分の凄さを理解してくれない幼稚園のママ友たちのことを見下しながら、いつかベストセラーを出版し見返してやると考えている教育ママ。
そんな彼らの虚栄心や自己満足を満たすため、おだてて、あおって、金を引き出していく。

売れっ子作家となった今でも「探偵ナイトスクープ」の構成作家は続けているという著者は、読み手を楽しませることを意識しながら書いているように見受けられる。
ご自分のことを「元テレビ屋の百田某」と皮肉ったり、軽妙な語り口でスラスラ楽しく読むことができた。
出版業界の裏話も興味深い。

ただ、もう少し起伏のあるストーリー、きちんとしたオチがあればよかったかなと思う。
設定が面白いだけに、中途半端な終わり方がちょっと残念だ。

(本文より)
「100年前はテレビも映画もなかった。その頃はおそらく、小説は人々の大きな娯楽の一つだったろう。しかしこの21世紀の現代で小説を喜んで読むという人種は希少種だよ。いや絶滅危惧種と言ってもいいな」
そう考えると「本が好き!」な私は、貴重なのかもしれない。

2013年7月23日火曜日

黙示

真山仁著
新潮社

農薬、遺伝子組み換え作物、TPP、食糧危機・・・食と農業について考える。


農薬は悪。
そう決めつけていいのだろうか。

野菜作りは、虫との戦いだ。
耕地が広くなればなるほど、農薬に頼らざるを得ないのではないか。

実家の父は、私が生まれるずっと前から野菜を作り続けている。
自宅の裏に畑があるが、定期的にタンクをしょって農薬を撒いている。
マスクなどの防備もしていないので、長年吸い続けているだろう。
しかし今でも元気に畑を耕し、その農作物を日々食べて暮らしている。

私自身も幼い頃から農薬散布中の父の横で遊び、その野菜を食べてきた。
現在は縁あって、週に1回個人の方から無農薬野菜を購入している。
それでは足りないのでスーパーで普通の野菜も買っている。
そんな暮らしをしてきたが、肥満症の他は特に健康に問題はない。

農薬を口に入れたことがない人など、今の日本にはいないのではないだろうか。
農薬は悪なのではなく、取り扱いに気をつけて安全性の高いものを適切に使うことが必要なのだと思う。

この「默示」(真山仁著)は、農薬だけでなく遺伝子組み換え作物など食全般について考えるきっかけを与えてくれる小説だ。

農薬散布中のラジコンヘリが小学生の集団に墜落し、撒き散らされた薬剤により多数の被害者が出るところから話は始まる。
ラジコンヘリを操縦するのは有資格者のみと決められているのに、小さな孫に操縦させてしまったのだ。
重症となった少年の父は、散布された農薬の開発責任者だった。

農薬が原因で蜂がいなくなったと考え、農薬反対を訴える養蜂家。
美貌と鼻っ柱の強さで政界を渡り歩いている政治家。
農水省の女性キャリア。
遺伝子組み換え作物を売り込みたいアメリカの企業。
それぞれの思惑が絡み合い、話は遺伝子組み換え作物、人口爆発や干ばつによる食糧危機、TPPへと広がっていく。

小説だとわかっていながらも妙にリアルに感じられ、食と農業について否応なく考えさせられる。
農薬の是非について、TPP参加について。
遺伝子組み換え作物は、農薬もいらなくなり、砂漠でも栽培できる万能植物なのだろうか。

近い将来、世界が食糧を奪い合う時代がやって来ると言われている。
日本の未来は明るいだろうか。

2013年7月18日木曜日

現実入門―ほんとにみんなこんなことを?

穂村弘著
光文社

人生の経験値が極端に低いという穂村さんが挑む体験エッセイ。



穂村さんのことは、書評サイトで何度も目にしていたので、とても親しみを感じていた。
でも実は、角田光代さんと恋愛について語ったリレーエッセイ「異性」 しか読んだことがなかったのだ。
そしてついに、ずっと読みたかったこの本を手に取ることができた。
初めて読む本なのになぜか再読している気になりながら・・・

穂村さんは海外旅行も独り暮らしも結婚もしたことがなく、人生の経験値が極端に低いのだという。
そんな穂村さんに編集者のサクマさんが、未経験のことを体験し感想を書くという「体験エッセイ」を依頼するところから本書は始まる。
サクマさんは美人で、仕事熱心で、TOEIC900点オーバーのできる編集者だ。(穂村さん談)

初体験にドキドキしている穂村さんにクールビューティーな(たぶん)サクマさんが付き添うというパターンで様々なことに挑戦していく。

献血ルームで献血したり、モデルルームを見学しに行ったり、どのように扱っていいかわからないから子供が苦手と言いながら一日お父さんを体験する。
ブライダルフェスタの模擬挙式では、嘘の結婚式ごっこなんだとわかっていながら感動の涙を流してしまう穂村さん。
ああ、穂村さん!
そこが穂村さんらしくて、とりこになってしまうではないか!

そして、すっかり名コンビになった2人は「アカスリ」と「ムームー着用」に挑戦するため健康ランドに向かい、フロントでテーマ曲を歌うと500円引きになると言われる。
そんな所、本当にあるのだろうか。
あるんだろうな、穂村さんは一生懸命歌ったらしいから。
音痴の私だったらそういう状況で歌えるだろうか?
たぶん、500円のために必死に歌うだろうなぁ。

本書を読めば、行間からにじみ出る人の良さに、誰もが「穂村さん頑張って」と声をかけたくなることだろう。
でも、実は穂村さんたら気が弱そうに見えて、意外と○○なんだから!
穂村さんやるなぁ・・・

2013年7月17日水曜日

切り裂きジャックの告白

中山七里著
角川書店

臓器移植は「命のリレー」なのか。それとも偽善なのだろうか。



売春婦たちが鋭利な刃物で喉を掻き切られ、臓器を持ち去られる・・・
19世紀のイギリスを恐怖のどん底に陥れた「切り裂きジャック」事件。
挑発的な犯行声明をマスコミに送りつけた、劇場型犯罪だった。
スコットランド・ヤードが全力で捜査するも、未だ犯人は捕まらず。
現在まで生きていれば、120歳は優に超えているだろう。

そんな「切り裂きジャック」を彷彿させる連続猟奇殺人事件が起きた。

一人目は、警察署の目の前の公園で、死体が発見された。
臓器という臓器がすっかり抜き取られて空洞となった状態で・・・
その後次々と猟奇殺人が起こり、マスコミに「ジャック」と名乗る男から犯行声明が届く。
被害者たちは、同じドナーから臓器提供を受けていたことが判明した。
臓器移植を待つ病気の娘を抱える刑事が、犯人に迫っていく。

臓器移植について、移植を受けるまでの過程は注目されることがあっても、患者たちのその後の生き方についてはあまり報道されない。
本書に登場する移植された患者は、「他人の命をもらったんだから二人分頑張れ。少しでもくじけたり怠けたりしたら承知しない。」とプレッシャーがかかるのだと辛い気持ちを打ち明ける。
他人の善意をしんどく感じているのだ。
ああ、そうかもしれないと気づかされた。

先日、iPS細胞から作った目の細胞をヒトの目に移植する臨床研究が承認された。
将来的には、臓器移植は必要なくなるのかもしれない。

・・・そんな事を考えながら読み進めると、最後にどんでん返しの力技で驚きの結末が待っていた!
きっと来る、きっと来る、と身構えていても、見事にやられてしまった。

私が好きな著者の音楽の描写はなかったけれど、読み応えのある一冊だった。

2013年7月11日木曜日

ジヴェルニーの食卓

原田マハ著
集英社

画家を献身的に支えた人々の物語。まさに読む美術品。



本書は、キュレーター経験もある著者が、画家との信頼関係で結ばれた4人を主人公にした短編集である。
有名画家が実名で登場するが、語り手は彼らをそばで見守る人々だ。

マティスの身の回りのお世話をするお手伝いさん。
ドガの壮絶な努力を間近に見てきた友人のアメリカ人画家。
セザンヌに出世払いで画材を提供していた画材屋の娘。
老いたモネを支え続ける義理の娘。

彼らが愛情深く見つめる先に、画家たちの素顔が浮かび上がってくる。

『タンギー爺さん』という物語では、売れない画家たちを温かく見守る画材屋の娘が、セザンヌに宛てて手紙を綴っていく。
セザンヌ自身は一度も登場しないが、彼の才能を信じ絵の具を提供し続ける画材屋の主人と、生活が苦しいながらもそれを赦す家族、そしてセザンヌとの絆が見えてくる。

画家たちの日常生活、作品を生み出す苦悩・・・
読んでいると虚実の境目がどこにあるのかわからなくなり、いつの間にか自分もその時代に佇んでいるような気分にさせてくれた。

たとえ「クロード・モネ」が「山田太郎」という無名の、あるいは架空の画家であったとしても、素敵な物語であることは間違いない。
「楽園のカンヴァス」と同じく期待を裏切らない一冊だった。

お友だちからお願いします

三浦しをん著
大和書房

読めば読むほど親近感がわいてしまう!こちらこそどうぞよろしくお願いします♪
 
三浦しをんさんの本を何冊か読んで、オタク度が高めの楽しそうな方だなぁ、と思っていた。
このエッセイ集を読んでいたら、あるある!そうそう!という共感エピソードがてんこ盛りで、より一層親近感が湧いてきた。
こちらこそ、是非ともお友達からお願いしますと頭を下げたいくらいだ。

なにせ冒頭で、体重増加に至った問題点を
「決意したことを三日間続けることすらできない」
「動いた以上によく食べる」からだと分析するしをんさん。
こ、これは私と一緒じゃないかっ!

わが心の故郷・町田出身ということもあり、ロマンスカー始め小田急線沿線や町田の街並みについても、読みながら懐かしい思い出でいっぱいになる。

運転が苦手なタクシー運転手に当たってしまい、盛大にクラクションを鳴らされたり、対向車と激突しそうになったりと、ついてない出来事もサラッと笑えるエッセイに仕上げてしまう。
カーナビが「700m先を右折です」と言ってるのに、言った瞬間に曲がってしまう運転手さんには笑ったなぁ。

どうしてこうも面白い小ネタをたくさんお持ちなのだろうか。
きっと、普通の人が気がつかないところに目をつけて、独特の目線で表現する才能をお持ちだからではないだろうか。

びっくりしたのが、青森にキリストの墓があるらしいと聞いて訪ねてみるという話。
キリストは磔刑を免れ、青森の戸来にやってきて「十来太郎」と名乗り106歳まで生きた・・・
キリストの弟・イスキリの耳と聖母マリアの頭髪を葬った墓もある・・・
ついでにピラミッドもある・・・
そして毎年「キリスト祭り」で神主さんが祝詞をあげる・・・
なんだかよくわからない話だが、本当なのだろうか。

お母様と旅行に行き、凄まじいいびきやわがままに「もう2度と母親と旅行などしない」と心に決めたのに、その後もあちこち一緒に行ってらっしゃるご様子に微笑ましく感じた。

「神去村なあなあ」の取材に関するエピソードもあり、しをんさんファンにはたまらない一冊だった。

体重管理への飽くなき挑戦・・・これからも一緒に頑張りましょう♪