2013年2月28日木曜日

ビブリア古書堂の事件手帖4 ~栞子さんと二つの顔~

ビブリア古書堂の事件手帖4 ~栞子さんと二つの顔~
三上延著
アスキーメディアワークス
 

付き合い始めたばかりのあつあつカップルを想像して欲しい。
目をハートマーク♡にしてお互いを見つめ合っている二人に、外野がいくら「浮気するから別れたほうがいい」などと、とやかく言っても耳に入らないだろう。

今の私もそうだ。
このビブリアシリーズの3巻を読んですっかり惚れ込んでしまったものだから、冷静な目で読むことなどできない。
だから私の意見など全く参考にはならないだろう。

本書は、古書を題材にしたミステリーの第4弾である。
北鎌倉にあるビブリア古書堂でアルバイトをしている 主人公の 五浦大輔 23歳。
店主の 栞子さん は、極度の人見知り&内気だが、本に関する知識は膨大で本にまつわる謎ならたちまち解いてしまう。そして何より美人。しかもなぜか巨乳。
その2人が中心となって物語は進んでいく。

今回は今までのような連作短編ではなく、大量の江戸川乱歩コレクションを持つ女から相談を受ける話を中心とした長編となっている。

「乱歩はデビュー前に古書店を経営していた」などのトリビアや著作もたくさん出てくるので、乱歩ファンも十分楽しめるだろう。
また、栞子さんの母親の知られざる一面が明らかになったり、大輔と栞子さんの関係に変化が出てきたりと物語的にも大きく前進している。

この4巻でも「豊かな胸を」とか「もじもじと両手の指先を合わせる可愛い仕草」などといった男目線の萌え萌え表現が出てきたが、私のこの熱い気持ちは萎えることはなかった。

ただやっぱりこの巻を読んでも、栞子さんには好感が持てなかった。
同性だから厳しい目で見てしまうのか、女の怖さを知っているからなのか、「こんな、男が理想とするような女は実際にはいないでしょ」と思いながら読んでいる。

欠点をたくさん上げることもできるのに、なぜここまでこのシリーズにはまっているのか自分でも不思議に思う。
本に関するミステリーというところが一番魅力に感じているが、突っ込みどころ満載でもありブツブツ言いながら読むのが楽しいのかもしれない。

あとがきで「この物語もそろそろ後半です」との記述があった。
古書に関して下調べをすればいくらでもこのベストセラー小説を引き伸ばすことができるのに、と思うのは素人考えだろうか。
このまま水戸黄門のようになにも進展しないまま、永遠に続けてくれたらいいのにと思う。

※TVドラマも毎週録画して観ている。
栞子さんがあまりにイメージが違うので原作とは別物として楽しんでいるのだが、この本を読んでいたら主人公・大輔役のEXILEのAKIRAが頭に浮かんでしまった。
本は自分で好きなように想像して読みたいのに。

※参考
古書という題材を新鮮に感じ、すぐに夢中になった第1弾 :栞子さんと奇妙な客人たち
男目線で描かれている栞子さんに少し鼻白んだ第2弾 : 栞子さんと謎めく日常
萌え表現も少なくなりすっかり虜になった第3弾 :栞子さんと消えない絆

2013年2月26日火曜日

海賊とよばれた男

海賊とよばれた男
百田尚樹著
講談社

人間万事塞翁が馬。出光興産を築き上げた男の心意気。
 
 

(上下巻あわせて)

本書は、出光興産の創業者・出光佐三(1885―1981)をモデルとした歴史経済小説である。
明治18年福岡県で染物業を営む家に生まれ、神戸高商卒業後、従業員3人の小さな商店に就職する。
その後独立し、「海賊」とよばれながら小さな伝馬船で関門海峡や瀬戸内海で燃料を小売し、
従業員5人の小さな商店から創業60周年の際には社員8000人超の巨大企業へと発展させる。


出勤簿も就業規則もない、定年がない、そして従業員をクビにしない。
そんな組織が成り立つのだろうか。

「もし潰れるようなことがあれば、ぼくは店員たちと共に乞食になる」
自分や会社の利益よりも、社員や日本という国の将来を想う・・・
そんな理想的な経営者が本当にいたのだろうか。

読み始めると信じられないようなことばかりで、
これは美化しすぎではないか。
こんな男が本当にいたのか。
神格化しようとしているのか。
気になって仕方がなかった。

しかし、そのうちこれが事実であろうがフィクションであろうが盛りすぎだろうが、そんなことはどうでも良くなってしまった。
この小説の主人公・銕蔵の生き様にすっかり惚れ込んでしまったのだから。

終戦時海外に重点を置いていた銕蔵の会社は、敗戦により多くの資産が失われ、会社の存続すら危ういのに誰一人クビにせず、皆で力を合わせて復興を遂げる。
戦地に赴いた店員の家族に給金を送り続ける。
そんな男だから、大金持ちや銀行がポンと大金を渡し、援助の手を差し伸べるのだ。

「店員は家族同然」という店主に応えるように、従業員たちも共に苦労し会社を支える。
学歴のあるエリートや重役でさえも、ときに泥だらけになりながら3K仕事を懸命にこなす。

次々に試練が襲いかかるが、苦悩しながらも銕蔵はどこまでも正しい道を突き進んでいく。
石油の利権に群がる大資本に正攻法で挑み、斬り込んでいく場面はなんとも小気味よい。

なんとすごい男だろうか。
なんという熱気だろうか。
特に下巻は感動の嵐に巻き込まれること必至である。

どこまでもこの男についていきたい・・・そう思わせる主人公・銕蔵。
己の正義を貫き通し、戦い続けた男。
今の世の中にこんな男がいてくれたらと願う一冊だった。

2013年2月24日日曜日

性愛空間の文化史

性愛空間の文化史
金益見著
ミネルヴァ書房

春を売る場所から娯楽施設へ。性愛空間の変遷。


初めてそういう空間に足を踏み入れたのは、16歳のときだった。
老舗M.Eのスイートルームを借り切って、女子10人ほどで女子会をしたのだ。
2階建ての豪華なその部屋で、何が楽しかったのかゴントラに乗り何往復もしたり、みんなでベッドに寝そべったりとはしゃぎまくった2時間だった。
特殊な椅子を見たのはその時が最初で最後だった。
今でもそんな女子会は楽しいと思うのだが、友人たちに声かけたら引かれてしまうかもしれない。

本書は、大学の卒業論文をまとめた「ラブホテル進化論」で美しい若い女性が…と話題になった著者が、大学院の博士論文を加筆修正してまとめたものである。
広告や警察白書・経営者のインタビューを基に、性愛空間の変遷を丁寧に追っていく。

江戸時代後期に男女が密会に利用した貸席「出会い茶屋」をルーツとして、狭い住宅事情を追い風に、人目につかない「性愛空間」は連れ込み・さかさくらげ…と呼び名を少しずつ変えながらどんどん進化していく。

アメリカでは車で旅するときに泊まるホテルであったモーテルが、日本では駐車場から直接部屋に入れ誰にも顔を見られないことから急速に発展した。
この頃(昭和40年代)から「玄人の女と男」というペアだけでなく、普通のカップルも増えていったという。
それだけ一般社会に溶け込んでいったのだ。

その後、回転ベッドや鏡などゴージャスさを前面に出したラブホテルが台頭し、性愛空間は連れ込んだり連れ込まれたりするのではなく、カップルで一緒に入るという感覚になっていく。
そうなると、ホテルを選ぶときにも女性の意見が取り入れられ、ゴテゴテのお城のようなホテルからシンプルなマンション風のホテルが作られるようになった。

最近は多様化し、ファミリーで泊まったりビジネス客にも対応したり、女子会プランがあるラブホも増えているらしい。
一方、シティホテルやビジネスホテルがデイユースとして休憩もできるようになっているのだから、ラブホとの境目が少しずつ曖昧になってきているようだ。
また、カラオケボックスなど二人きりになれる場所も多様化してきているため、「性愛空間」は生き残りをかけてまた新たな進化を遂げるのかもしれない。

なかなか勉強になった一冊だった。
海外事情やレンタルスペースなど性愛空間についての興味はつきないので、これからも著者の研究に注目していきたい。

2013年2月21日木曜日

たった独りの引き揚げ隊 10歳の少年、満州1000キロを征く

たった独りの引き揚げ隊 10歳の少年、満州1000キロを征く
石村博子著
角川書店

10歳の少年が終戦後、独りで満洲を1000㌔横断!ハンカチ不要の明るい感動物語。



格闘技の世界では知らない人はいないという、ビクトル古賀(1935―)日本名・古賀正一。
士族の血をひく日本人の父と、コサックの血をひくロシア人の母の長男として満州国・ハイラルで生まれた。
その後、ロシアで開発された格闘技・サンボで41連戦すべて一本勝ちという不滅の金字塔を打ちたて「サンボの神様」と呼ばれた。

本書はそんなビクトル古賀が、終戦後ある事情から満洲を独りで1000㌔旅した記録である。
当時、10歳(正確には11歳)。

満州からの引き揚げと聞くだけ涙がこぼれそうになってしまう私は、ハンカチを握り締めながら読み始めた。
前半は聞き慣れない地名や名前に読むスピードも上がらなかったが、メインの独り旅の話になるとえー!えー!と言いながらいつの間にかハンカチを手放し夢中で読みふけった。
確かに、「リュックと毛布を奪い取られ身一つで放り出される」「死体から靴を奪う」「腹を下し高熱が出る」など悲惨なエピソードもたくさんあるのだが、不思議と悲壮感を感じない。
それもビクトルの前向きな明るい性格によるものだろう。

コサックの集団を統率する頭目を祖父に持ち、コサック式の騎馬訓練を受け、幼い頃から自然と共存する方法を学ぶ。
一方、人種のるつぼであったハイラルで日本語・ロシア語の他、中国語・モンゴル語など様々な言語を学ぶ。
それらの経験と、人懐っこい性格が独り旅を可能にさせたのだ。

木の実をとり、魚の干物を作り、飲める水か判断しながら川の水を飲む。
ナイフを使って様々な道具を自分で作り、太陽や風向き・雲の様子を読み、川の匂いを嗅ぎ当て、研ぎ澄まされた本能で自然と向き合っていく。
刺されたら命に関わる虫の攻撃を回避するため、草の汁や馬糞を利用するという箇所ではもう驚くしかない。
楽天的すぎるほどの性格に思えるのに、自然の前では慎重に危険を回避していく。

なんと生命力の強い、逞しい少年だろうか。
その一方で、ロシア人の家を訪ねて礼儀正しく同情を引いたりと、なかなか抜け目無い面も持ち合わせている。

このサムライとコサック両方の血をひく少年は、この旅のことを「楽しかった」「人生の中で一番輝いていた」という。
やわな現代人には到底無理な独り旅。
本当に10歳(11歳)の少年がやり遂げたのかと、にわかには信じられないような過酷な旅。
読み終わると「ほぉ~」と感嘆する一冊だった。

2013年2月19日火曜日

デパ-トを発明した夫婦

デパ-トを発明した夫婦
鹿島茂著
講談社現代新書

女性の贅沢願望に火をつけろ!買わずにはいられない店。 デパートを発明した夫婦の戦略。



デパートの思い出を綴ったエッセイ「あのころのデパート」 の中で本書「デパートを発明した夫婦」を知り、伝記ものが大好きなので手にとってみた。
残念ながら夫婦の生い立ちや私生活にはほとんど触れておらず、夫婦の伝記というより「初のデパートと言われる『ボン・マルシェ』の歴史」とでもいうような内容だった。
しかし嬉しい誤算で、これがとても面白かったのである。

アリスティド・ブシコー(1810-1877)は地方の貧しい帽子屋の息子として生まれ、パリの革新的な店の店員となる。
当初、食事と住居が支給されるだけの無給の住み込み店員だったが、知識を貪欲に吸収しながらやがて独立し、世界で初めてのデパートといわれる ボン・マルシェ を世界的チェーンに発展させる。

入出店自由、定価明示、現金販売、直接仕入れ、返品可能・・・
当時としては斬新なシステムを構築し、薄利多売で消費者の心を掴み、またたく間に巨大デパートへと成長させていく。

バーゲンセールの発明、効果的な宣伝、無料のドリンクサービス、カタログによる通信販売・・・
次々と新たな戦略を打ち出し、客たちは商品の饗宴を前にして平常心を失い、購買欲の奴隷となってしまうのだ。

一代で巨大な富を築き上げたというと「利益のみを追求する強欲夫婦」を想像してしまうが、彼らはそうではない。
客の信頼を得るために「誠実」をモットーにし、高品質の品を廉価で販売する。

従業員に対しても、
高賃金、定期昇給、無料の社員食堂、無料の独身寮、教養講座、退職金制度の設立、養老年金制度・・・と、当時では考えられないほど高待遇の福利厚生制度を確立していくのだ。

極めつけはブシコーの亡き後、未亡人が莫大な遺産を元店員を含む店員全員に配分し、残りをパリ市民生委員会に寄付した事実だ。

19世紀のフランスに、こんなすごい夫婦がいたのだと感動する一冊だった。

最近は消費者の購買行動が変わり、デパートを始め店舗で実物を見て、ネットショッピングで安いものを購入することが多くなっているという。
思い出と夢がいっぱい詰まったデパートも、いつかなくなってしまう日が来るのだろうか。

※参考:ボン・マルシェ百貨店( Wikipedia

※ボン・マルシェ/BON MARCHEとは乏しいフランス語の知識から「いい市場」と思っていたが、「安い」という意味が正解らしい。

2013年2月18日月曜日

確証

確証
今野敏著
双葉社

俺たち盗犯係には、確証と同じくらい大切なものがあるんだ。それは、盗人の気持ちを理解するということだ。



警視庁捜査第三課に所属している 荻尾 は、盗犯の捜査を担当している。
注目度の高い捜査一課と比べると地味ではあるが、長年コツコツと窃盗の捜査を続けてきた。

高級時計店に強盗が入ったその12時間後に、すぐそばの宝飾店から5000万円相当のネックレスのみ盗まれるという窃盗事件が起きた。
荻尾は、「この窃盗事件は強盗犯に向けてのメッセージだ、窃盗犯には窃盗犯のプライドがある」と主張するが、捜査一課には相手にされない。
果たして真相は・・・?

本書は、窃盗犯と長年向き合ってきた刑事にスポットを当てた警察小説である。

主人公の刑事・荻尾 は、地道な捜査で培った経験、頭の中に蓄積されている情報から職人のように事件を解決していく。
職人といえばこの小説にはプライドを持って仕事をしている人々が出てくる。
店の品に対して愛情を持っている宝飾店の店長、地道な作業を続けるベテラン鑑識係員。
犯人側にも自分の仕事ぶりにこだわる人々が出てくる。
盗みの技術を開発することに熱中している元窃盗犯は、車椅子のため現役を退いていてその技術を使用することはないが、想像の世界で盗みを働いているという。

そんな自分の仕事にこだわる人々の真摯な想いが伝わって来るような一冊だった。

2013年2月15日金曜日

昭和 台所なつかし図鑑

昭和 台所なつかし図鑑
小泉和子著
平凡社

見たことも使ったこともないけれど、なぜか懐かしい台所用品の数々。



本書は、昭和のくらし博物館 の館長をされている小泉和子さん(Wikipedia )が、昭和20年前後に使われていた台所とその道具について解説したものである。

現在でも使われている道具も掲載されているが、ほとんどは今ではあまり見かけなくなってしまった道具だ。

掲載されている道具を勝手に分類してみると・・・

今も使っているが形や機能がだいぶ変わったもの
まな板:分厚く脚がついていて、大きな下駄のように見える。
冷蔵庫:木製で中に氷を入れて冷やすタイプ。今見ると家具調のおしゃれなインテリアにもなりそうだ。

今ではほとんど見かけないもの
マッチ:台所には欠かせないものだったが、今はライターに取って代わっている。
ご近所から食べ物をもらい器を返す際、お礼がわりにたいていマッチを添えたという。
⇒これを「おうつり」というそうだ。
砥石:父が砥石で研いでいるのを見たことがあるが、私はやったことがない。

見たことも聞いたこともなかったもの
ちりんちりん:台所のゴミを収集する大八車。
鋳掛屋(いかけや):鍋ややかんにひびが入ったり穴があいたのを直す商売。

また、雪平鍋とはよくあるアルミ製の片手鍋のことだと思っていたが、本来は取っ手と注ぎ口がついた蓋付の土鍋なのだという。

その他計40種の道具について、写真とともに解説されている。

誰もが台所はジメジメしていて、暗くて、寒くて、不便で当たり前だと思っていた時代。
女は一日中台所で働き続けなければならないほど仕事の工程が多かった時代。
インスタント食品もコンビニもなかった時代。
好むと好まざるとにかかわらず、スローフードを食べていた時代。

今は米びつどころか、まな板・包丁がなくても困ることはない世の中になった。
60~70年ほど前のことなのにこれほど変化したのかと驚いた一冊だった。

※参考:小泉和子さん監修の「女中がいた昭和」

2013年2月13日水曜日

苔とあるく

苔とあるく
蟲文庫店主・田中美穂著
WAVE出版

読み終わるとコケが気になって思わず探してしまう一冊。




コケは日本に2,000種類、世界には20,000種類ほど生息している。
学問的には、蘚苔類(せんたいるい)と呼ばれ「蘚類」「苔類」「ツノゴケ類」に分けられる。
コケは花を咲かせず胞子で増えるため、隠花植物とも呼ばれている。

そういった説明が延々と書かれていたら、なるほどとは思ってもきっと一冊読み通すことができなかっただろう。

コケは死んだふりをする。
コケは気難しい。
えっ!と思うような記述で惹きつけられ、思わず見とれてしまうコケの美しい写真で完全にノックアウトされてしまった。

本書は、岡山で古本屋「蟲文庫」 を営む著者が、コケについて解説したいわば「コケ入門書」のようなものだ。

近くの博物館主催の「コケ観察会」に参加したことがきっかけで、著者はどんどんコケに惹かれていったのだそう。
現在、岡山コケの会会員、日本蘚苔類学会員でもあるという。

前に著者の「亀のひみつ」を読んだ時も、亀に興味がなかったのに「亀ってなんてかわいいの」とその魅力にとりつかれたが、本書も同じだ。
コケについて考えたことなどなかったのに、俄然興味が湧いてくる。

そして、読んでいるとどうしてもコケのことが気になり思わずキョロキョロと辺りを見回してしまうのだ。
すると、至る所にコケが生えていることに気づく。
今まで何度も通った道や住んでいるマンションの敷地内にもたくさんのコケがあることに気づく。
今までなんで気がつかなかったんだろう、どこを見ていたんだろうと不思議な気持ちになるほど、あちこちにコケは生えている。

コケの魅力について解説している他、観察・研究・採集・整理の仕方が写真やイラストと共にわかりやすく書かれているので、コケ好きの方はもちろんコケに興味のない方にもおすすめの一冊だ。

※著者は、亀やコケの他にも、海藻・粘菌も興味があるようなので、ぜひその方面についての本も出版して欲しいなぁと思う。

2013年2月12日火曜日

とある飛空士への追憶

とある飛空士への追憶
犬村小六著
小学館

尊い身分の少女と社会の最下層に属する青年が2人で過ごした数日間。



ショックなことや理不尽なことが起きた時、自分の周りに壁を作り外側から俯瞰する・・・
悲しみや怒りの衝撃から自分の心を守るために。

この「とある飛空士への追憶」(犬村小六著:小学館)のヒロインである公爵の娘・ファナ は、小さい頃から男性への贈呈用として育てられ、四六時中ふさわしい行動をしているか点数を付けられる生活をしていた。
そのため、子供の頃から壁を作り辛い現実を観劇のように眺めるという自己防衛術を見出していた。

一方、主人公の シャルル は、敵対している母の祖国と父の祖国両方から受け入れられない最下層の人間として育つ。
その後、実力では誰にも負けない技量を持つ一等飛空士となったが、階級社会のため境遇は相変わらず不遇のままだ。

そして、皇子の婚約者となった ファナ を未来の花婿に送り届けるため、敵の包囲網を単機で突破せよとの命令が シャルル に下された。
こうして身分違いの2人は出会ったのだ・・・

本書は、架空の国で起こった戦争の真っ只中に、階級制度の最下層の男と次期皇妃が2人だけで過ごした忘れられない数日間の物語である。

架空の国、架空の戦争、架空の戦闘機、そして架空の人々・・・
描き方によっては突飛過ぎてついていけない話になるかもしれない。
しかし本書は、表現力豊かな文章で最初から違和感なくこの世界に入り込むことができた。
そして、すぐに頭の中が2人でいっぱいになってしまった。

美しい少女、才能ある青年、抑圧された不自由な生活、虐げられてきた人生、身分の違い・・・
盛り上がる要素がてんこ盛りで一気読みせずにはいられない展開だ。

そして圧巻は、手に汗握る戦闘シーン。
結末を知らないくせに「きっとハッピーエンドだから大丈夫」と根拠のない慰めを自分自身に言い聞かせながら、読み進めた。

あっという間に終わってしまったこの世界とこのままお別れしてしまうのは、もったいない。
シリーズ化されているらしいので、また追いかけてみたいと思う。

※「本書は2008年に『ガガガ文庫』から発行されたものに、加筆・訂正を施したものです。」との注釈があった。

※読み終わり、「王道の純愛物語」に浸ることができた自分に正直ホッとしている。
もしかして自分はすっかり枯れてしまい、こういったストーリーは楽しめないかもと危惧していたので。
 

2013年2月10日日曜日

鍵のない夢を見る

鍵のない夢を見る
辻村深月著
文藝春秋

しあわせは いつも じぶんの こころが きめる  by 相田みつを



※あらすじは全てネタばれしていますので、気になる方は読まずにスルーしてください。

「仁志野町の泥棒」
ミチルの通う小学校に律子という転校生がやってきて、人気者の優美子を加え3人で仲良くなった。
そんな中、律子の母親に盗癖があるという噂が立つ。
そして、ミチルは自分の家で盗みを働く友の母を見てしまう。

「石蕗南地区の放火」
36歳で独身の笙子は公有物件の保険事業を扱う財団法人で働いていた。
仕方なく参加した合コンで地元消防団の男と知り合う。
その消防団員が「ヒーローになりたかった」と消防団の詰所を放火する。

「美弥谷団地の逃亡者」
美衣は、出会い系サイトで知り合ったDV男と付き合い始めた。
その男がDVを阻止しようとした母を殺害し、美衣を連れて房総へ逃避行する。

「芹葉大学の夢と殺人」
絵本作家を夢見る未玖は、工学部の同級生で「医学部へ入り直し、かつサッカー選手になる」という夢を抱く男と付き合い始める。
うまくいかない男は大学の担当教授を殺害する。

「君本家の誘拐」
良枝は結婚して子供を望むがなかなかできず、3年後待望の赤ちゃんが生まれる。
しかしだんだん育児に疲れていき、自分の子供を虐待する。

本書は、過去に実際に起きた事件を題材としたような、以上5編の短編がおさめられている。

辻村深月さんの小説は初めて読んだのだが、心の内部を描くのがうまい方だなぁと思う。
普段は口に出さないけれども、普通の人々の心の奥に巣食っている「悪意」を表現していた。
私とは違う境遇の主人公たちに共感はできないが、なんだか誰もが持っている心の汚い部分を見せられたような気がした。

登場人物の女たちは、狭い社会で人と自分を比べ焦燥感を抱く。
「自分よりイケてないのに彼氏ができた」「お嫁さん候補No.1と言われているのに結婚できない」
「どうしてこんなレベルの男しか寄ってこないのだろう」・・・

第三者から見たら、「もっと視野を広く持って」「そんなつまらないこと考えてないでもっと広く社会を見たら色々な人がいるとわかるよ」とアドバイスしたくなるのだが、当事者にとったら深刻な問題なんだろう。

誰にでも起こりうるような事件だと思うとゾッとしてしまう、そんな1冊だった。

異性

異性
穂村弘・角田光代著
河出書房新社

恋愛とは、自分に都合のいい錯覚と思い込み、そして自己満足だっ! 「今、恋愛しています」という方に最適の一冊。



中高生と話をしていると、その恋愛事情に驚くことが多い。
特に、彼らの「おつきあい」の短さには呆れるばかりだ。
「部活で忙しくて会えないのが嫌だと1週間でフラレた」(高1男子)
「3日で別れた」(中3女子)
そんな短期間で相手の何がわかるんだっ!それは付き合ったうちに入らないっ!
と昭和生まれの元少女は叫びたくなってしまう。
(実際は黙って聞いているだけだが)

そんな彼や彼女たちにおすすめしたいのがこの「異性」(穂村弘・角田光代著:河出書房新書)

本書は、歌人の穂村弘さんと作家の角田光代さんが「恋愛」について語ったリレーエッセイ集である。
往復書簡のように交互に語る彼らが、実体験に基づいて恋愛を分析していく。
「おごるか、割り勘か」
「家まで送るか、送らないか」
「別れた人には不幸になって欲しいか」
そんな人類永遠の難問について語り合う。
自称モテない・さえない男女だからこその考察力がすごいのだ。

さすが文章のプロといった思わず膝を打つような表現と、観察眼の鋭さに唸ること必至である。
角田さんの意見に「そうそう」と頷きながら、そして穂村さんの意見に「えーっ!そうだったの!」と驚きながら、今まで頭の中でモヤモヤしていたものがどんどんクリアになっていく。
そうか、そうだったのか。
例えて言うなら体の調子が悪くて医者に行き、病名を付けてもらったらすっきりしたような感じだ。

男女の思考とはここまで違っているのか。
その意識のズレが、明らかになっていくごとに恋愛経験値が上がっていくような気がする。
(いや、今さら上がってもしょうがないのだが)
男女がお互いをもっと理解するためにはとてもおすすめの本だ。

印象に残った言葉(本書より抜粋)
・男にとって、かつて交際した女性たちは「俺の女」資産目録に載っている。
・スマートな人ほど、過去、密な関係にあった女性たちに何か教え込まれてきたのだろう。鞄持ってあげるよと、ごく自然に言う男性は、もしかしたら十数年前、「男は女の鞄を持つものよ」と教えられたのかもしれない。

※「今まで、好きな相手にやってみせたもっとも熱い行為」は何かという話題で、「300本の薔薇のプレゼント」「作詞作曲した自作テープ」などがあげられていた。
貰った方は喜んだのだろうか?貰ったあと、それをどうしたのだろうか。
まぁ、大好きな人には何をされても嬉しいだろうし、そうでもない人からされたら迷惑なのだろうが。

2013年2月5日火曜日

毛沢東の赤ワイン 電脳建築家、世界を食べる

毛沢東の赤ワイン 電脳建築家、世界を食べる
坂村健著
角川書店(角川グループパブリッシング)

 
セレブの食生活、海外編。



「世界各地の食の話だ、面白そう」と思い、本書を手にとった。

電脳建築家--コンピュータ・アーキテクトとはどんな仕事なのか、
著者の坂村健氏(Wikipedia )とはどんな方なのか、
恥ずかしながら全く知らなかった。
あの「TRON」を開発した有名な方だったのに。
(いや、TRONって何かは正直よくわからないのだが。)
本書は、その坂村氏が世界各地で食べてきた食とワインについてのエッセイである。

フィンランドでコース料理を皆で作って食べるというゴルフ接待ならぬ「キッチン接待」を受けたり、故宮(紫禁城)での講演を依頼されたりと、世界中から招待される立場の方なので食事は一流レストラン、料理もそしてワインも、まぁ高そうなものばかり。
多数の写真が掲載されているのだが、豪華な料理の数々に思わず見入ってしまう。
機内食だって、テーブルクロスの上に陶器の器という、エコノミー専門の庶民とは違うクラスにご搭乗されている。
これだけいいものを食べていたらさぞかし舌も肥えるだろうなと思いながら、こちらは指をくわえて写真を眺めるばかりだ。

また、インドの大富豪の家に招待され、召使たちがプールに大量のエビアンをドバドバ注ぐ「エビアンプール」を楽しんだりと、食だけでなく私が一生体験できないようなエピソードも満載だ。

その他
・上海で一番売れているペットボトルはサントリーの烏龍茶。
・『神の雫』(Wikipedia) は、韓国・中国のワイン消費を加速し、パリのワインショップにも仏語版が置かれている。
・スペインでは日本食といえば「ソース焼きそば」が代表的。
といった情報と共に、各地の文化や食の背景について語っている。

ミシュランガイドの星の話や、ヌーベル・キュイジーヌと昔ながらのクラシックな料理の話などは、なるほどと思わず聞き入って(読み入って)しまう。
いや、縁遠い話なのだが。

ただ、著者は「アジアの屋台で食べるのには心理的な抵抗がある」という方で、衛生事情の悪い国では食器をアルコールティッシュで拭くのだという。
気持ちは分かるのだが、あんな美味しい屋台料理が食べられないなんてかわいそうにと負け惜しみを言いたくなってしまった。

ワイン好きの方、高級レストランや海外によく行かれるセレブの方におすすめの一冊だ。

※題名の「毛沢東の赤ワイン」とは、「毛沢東が我が国ならワインでも自国でできるだろうと言って、その命令により造られた中国最初の赤ワインの1本」と言われて飲んだワインのことである。

2013年2月3日日曜日

武士道セブンティーン

武士道セブンティーン
誉田哲也著
文藝春秋

剣道とは競技ではない、武道なのだっ!!


 



本書は、剣道に打ち込む2人の女子高生を描いた「武士道シックスティーン」 の続編である。
事情により別々の高校で「武士道」を貫くことになった2人の、高校2年時の出来事が描かれている。

前作を読んで、勝ち負けにこだわる男勝りの 香織 と、おっとりマイペースな 早苗 の対照的な二人にすっかり魅了されてしまった。
最後に 早苗 の転校が決まりこの先2人の友情はどうなるのだろうと思ったが、私が心配する必要もなかったようだ。

香織は、去年までは一匹狼のようでトゲトゲしていたのだが、後輩ができて先輩としての自覚が芽生え、チームワークも考えるようになった。
転校した早苗も、当初は慣れない稽古メニューに戸惑うが、いい友人ができてよかったねと胸をなでおろす・・・
と思っていたら、二人には試練が待ち受けていた!

悩み、苦しみ、そしてそれぞれの「武士道」を追求して大きく成長していく二人。

前作「武士道シックスティーン」を読んでいるときは、剣道部に所属していた中学時代を思い出しながらエア素振りしたり、懐かしいような甘酸っぱいような想いを抱いていた。
それがいつの間にか、この「セブンティーン」を読みながら彼女たちの成長を見守る保護者のような気持ちになってきた。
きっとこれからも2人は友情を育みながら大きく成長していくことだろう。

このまますぐにでも次の「武士道エイティーン」を読みたいのだが、他の方が「これで卒業、もうこの二人に会えないのだと思うと何だか寂しさが込み上げてきて未だに手を付けられません」とおっしゃっていた。

そうか、彼女たちが卒業する日が来るのか。
そう思うとなんだか次を読むのがもったいなくなってくる。

2013年2月1日金曜日

ナミヤ雑貨店の奇蹟

ナミヤ雑貨店の奇蹟
東野圭吾著
角川書店

♪ 現在(いま)がどんなにやるせなくても、明日は今日より素晴らしい♪  ~「月光の聖者達~ミスター・ムーンライト」(桑田佳祐作詞作曲)より



映画「エイリアン」が公開され、サザンの「いとしのエリー」が流行っていた頃。
郊外にあるナミヤ雑貨店では、ふとしたきっかけからお悩み相談を始めることになった。
回答するのは店主。
相談者が雑貨店の郵便口に相談内容を入れておくと、翌朝勝手口の牛乳箱に回答が入っているというシステムだ。
当初は「生協の白石さん」のようだった相談も、だんだんと深刻な内容になっていく。
親身の回答が評判となり、「どんな悩みも解決してくれる雑貨店」として雑誌にまで取り上げられた。
そして時は流れ、もう誰も住んでいない雑貨店に逃げ込んだ3人組の男たちは、なぜかお悩み相談の手紙を受け取った・・・
様々な登場人物が、過去と未来を交差しながら「ナミヤ雑貨店」を中心に関わっていく。

本書は
・逃走中の3人組の男たちが雑貨店に忍び込む「回答は牛乳箱に」
・ミュージシャン志望の魚屋の息子の悩み「夜更けにハーモニカを」
・雑貨店の店主である父と息子の苦悩「シビックで朝まで」
・両親が夜逃げしたビートルズファンの「黙祷はビートルズで」
・児童養護施設で育ちその後成功した女社長の「空の上から祈りを」
以上5章からなる連作短編集である。

身近な人には相談しにくいこと、見ず知らずの第三者だからこそ打ち明けられること。
相談者たちのそんな深刻な悩みに、店主は正面から向き合い、苦悩しながら考える。
その回答内容が、素晴らしい。

そして、ちょっとした出来事が、時空を越えて行き交う手紙により雑貨店や児童擁護施設の「丸光園」とどんどん結びついて、最後の章ではうまくまとまり、明るい未来を予感させて終わる。
点と点が繋がって行くたびに「おぉ〜」と感心し、心がじんわり温かくなる。

「殺人事件が起こらない小説」ということで、今までの東野作品とはひと味違うのだが、入り組んだ人間模様や人々の深刻な悩みが描かれていて深みがあり、じっくり堪能させてもらった。

著者から「明日が今日より素晴らしくなりますように」と前向きになるメッセージを受け取った気がする一冊だった。

※著者が桑田佳祐さんの大ファンということで、相談の回答に歌詞が織り込まれていたり、章のタイトルも桑田さん風で、私もサザンファンの一人としてなんだか嬉しくなった。