2017年5月16日火曜日

BUTTER

適量ってどれくらい?「木嶋佳苗」に翻弄される記者の物語。

柚木麻子著
新潮社



先日、木嶋佳苗の死刑が確定したが、本書は、彼女を題材とした柚木麻子さんの小説である。

主人公の里佳は30代の週刊誌記者。
交際中だった男性3人の金を奪い殺害した罪に問われ勾留されている、梶井真奈子(通称カジマナ)と面会することに成功した。
カジマナは、仕切りを通して里佳に様々な食に関する指示を与えていく。
それに応えるうちに、里佳は食生活が変わり太り始める。
記事を書くために接触していたはずが、カジマナの魅力にとりつかれ、翻弄されていくのだ。

木嶋佳苗に感じていたモヤモヤや違和感を、鋭い視点で表現していて、ああ、さすがだなと感じた。(本書では、カジマナだけど。)

里佳と友人との会話で印象的な場面がある。
料理本の表記で、塩適量とか塩少々ってあるでしょ?最近、ああいう個人の裁量に任せた表記をするとクレームがくるって。(略)自分の適量っていうものに自信がない人が増えたんだなって、言ってた。料理ってトライアンドエラーなのにね。
里佳は、カジマナに振り回され、自分の適量を見失ってしまうのだ。

次から次へと食べ物が出てくる小説でもある。
エレシバターをご飯にのせて醤油を垂らしたバター醤油ご飯!美味しそう!
宮崎牛の熟成肉ステーキ!食べたーい!
当初は、そう思いながらヨダレを垂らしつつ読んでいた。
しかし、うっとりするような食レポの数々、めくるめく美食の世界にクラクラして、胸焼け気味になってくる。
高級フレンチ、ラーメンのバター増し増し・・・
ああ、お腹いっぱい!もういいです!と叫びたくなってしまった。
納豆とご飯で満足する庶民にとって、豪華なこってり料理は、たまぁ~のご褒美に食べるだけで十分だ。
それが私の適量なのだろう。

その後、「突然これってミステリーだった?」と思うような場面があったり、「ちび黒サンボ」の話がモチーフになっていたり、また、高級食材だけでなく、社会的事件、女性の働き方、母親との関係、不妊、生き辛さ・・・等々、てんこ盛りの内容で、お腹も頭もいっぱいいっぱいになる。
もう少しテーマを絞った方がよかったように思う。

とはいえ、読むたびに文章の凄みが増してると感じる柚木麻子さん。
これからも追いかけて行きたい。

キラーストレス 心と体をどう守るか

ストレスで死に至る⁉ストレスチェックを受けてみたら・・・まさかの結果に驚愕!


NHKスペシャル取材班
NHK出版



この世に生まれ落ちた瞬間から、私たちは生きている限り、ストレスから逃れることができない。
ある条件が重なると、ストレスは命を奪う病の原因へと形を変えていくのだという。
本書は、NHKスペシャル「キラーストレス~そのストレスは、ある日突然、死因に変わる」を書籍化したもので、「キラーストレス」(取材班の造語)を国内外の最新の研究から解明していく。

いいことであれ、悪いことであれ、大きな変化があったとき、 ~例え結婚や成功といった喜ばしいことでも~ 人はストレスとして受け止める。
つまりストレスとは「変化」であるという。

ストレスが遺伝子を操り、ガン細胞を増殖させる、
ストレスに強いか弱いかは生まれつきある程度決まっている、
子どもの頃に極度のストレスを体験すると、その影響が大人になってから「ストレスに弱い」という形で現れてくる・・・
など、ストレスに関する詳細なメカニズムが、最先端の研究から紹介され、ストレスを放っておくと命に関わるのだと怖くなってくる。

過去のことを悔やんだり、未来のことを心配したり、実際に起こっていない余計な妄想で頭がいっぱいになってしまう状態を「マインド・ワンダリング」と呼び、いま、世界中で関心が高まっているのだという。
あれこれ考えを巡らせている間、ストレス反応がずっと続いていて、どんどん脳をむしばみ、心の状態を悪くしてしまうというから恐ろしい。
「ストレスって怖い!ストレスで病気になっちゃうかも!」と読みながら思っている私は、まさにそのマインド・ワンダリングの状態なのだろう。

本書では、ストレスに対抗する方法として、以下の3つが紹介されている。

・運動------自律神経の興奮を抑え、ストレスの大元である脳の構造を変えることで、ストレスを解消する。

・コーピング------cope(=対処する)に由来。
自らのストレスを観察して対処する。
具体的には、ストレス解消法を事前に100個リストアップしておく。
実際にストレスに襲われたとき、その中からふさわしい対策を選択する。

・マインド・フルネス------瞑想の医学的な効果を研究する中から生まれたもので、宗教性を排除した心理療法。
過去や未来のことを考えず、「今」に心を向ける。

ストレスは次から次へと襲ってくるのだから、完全に逃れることはできない。
だったら上手く対処する方法を身につけ、やり過ごしていきたい。
紹介されている方法はどれもコツを掴めばできそうなものばかりだ。
さっそく生活に取り入れてみようと思う。


※冒頭にストレスチェックが掲載されていた。
ストレスを感じる毎日なので危険水域かもと思いながらやってみたのだが、ほとんど当てはまらなかった。(1年前なら高得点だったのに!)
「意外に高い点数が出たのではないか?」と言われたが、あまりの点数の低さに驚愕したのだ。
ストレスがないのに、ストレスに晒されている毎日だと感じていたとは!
そんな自分にストレスを感じてしまうではないか!
冷静に考えるとこのストレスチェックは、大都会の企業戦士向けではないだろうか。
私のように田舎でのんびり暮らしながらもストレスを感じているタイプには、当てはまらないのかもしれない。

※NHKスペシャル「シリーズ キラーストレス」のサイトで手軽にストレスチェックができます。ぜひやってみてください。「ライフイベントストレスチェック」

ルポ ネットリンチで人生を壊された人たち

平凡な人の人生が、ある日突然破壊される!ネットリンチの怖さに迫る。

ジョン・ロンソン著
夏目大訳
光文社



本書は、自らのコメントなどで炎上した結果、社会的地位・職を失った人たちや、吊し上げた側のインタビューを通し、ネットリンチとはどのように起き、そしてどのような被害をもたらすのか明らかにしていくドキュメントである。
(原題は「 So You've Been Publicly Shamed」 )

著者は、ロンドン在住のコラムニスト、ノンフィクション作家で、「サイコパスを探せ」などの著作がある。

ある日、著者は、Twitterで自分を騙るbotアカウントを発見した。
IT関係者や研究者ら3人が、著者になりすましていたのだ。
削除に応じない彼らとの対話を動画サイトで晒し、削除させることに成功する。
その出来事をきっかけとして「炎上」に興味を持ち、当事者たちにインタビューしていく。

ボブ・ディランの発言を捏造した人気作家と、それを暴いたジャーナリスト。
ジョークのつもりのつぶやきが人種差別とみなされ、世界最大の炎上事件となってしまったネット企業の広報部長。

また、隣に座った友人と内輪ウケのジョークを言い合っていたところ、その内容と顔写真を前の席に座っていた女性につぶやかれ炎上、双方とも失職した例もあげられている。

何か言動に問題のあった特定の個人を大勢の人が晒し者にし吊し上げた結果、彼らは一様に職を失い精神的に大きなダメージを受けている。

一方、SM乱交スキャンダルで致命傷を負ったかにみえた国際自動車連盟会長は、ほぼ無傷で復活を遂げた。
売春婦の顧客リストが流出し、牧師や弁護士などの名前が明らかになったが、炎上せずに収束した例もある。

炎上する・しないの違いはどこにあるのか?
巻き込まれた場合、どう対処したらいいのか?
炎上後、復活するにはどうしたらいいのか?
当事者たちへのインタビュー、「恥」を知るためのAV撮影現場の見学や女装体験・・・など、様々な観点から考察していく。

著者は終始冷静な口調で「これまで何人もの人を公開処刑にした」などと、なかなか言いづらいことを告白したり、素直に思ったままのことを言葉にし綴っている。
そこまであからさまにに言うのか!と驚くほどだ。

炎上の元となった不用意な発言で、直接傷ついたのは誰だろうか?
吊し上げる者たちは、「これを聞いたらあの人が傷つくだろう。」と推測し、代わりに感情的になる者が多いのではないだろうか?
しかも、悪いことをしているという自覚はなく、むしろ正義感から良かれと思い告発して自己満足しているように感じられる。
そしてしばらく経つと、忘れてしまう・・・
そう考えると、やはり一番傷つくのは発言し叩かれた本人だろう。
だからといって、ソーシャルな場で不用意な発言をする者を擁護しているわけではないが。

日本での炎上はもっと低俗だ。
政治家の問題発言や芸能人の炎上騒ぎ、一般人では迷惑行為の証拠を自ら投稿した「バカッター」、「バカチューバー」が世間を騒がせている。

ローマ時代にコロッセオで行われた公開処刑は、当時人気の娯楽だったという。
火炙り、ギロチン、市中引き回し・・・様々な手段で行われてきた公開処刑の歴史は古い。
これからも「炎上」という名の公開処刑、公開羞恥刑はなくならないだろう。
また、炎上までいかなくても、ネット上のやり取りで誤解を招くことは誰にでもあり得る。
良識ある発言、そして自分の身は自分で守る事が大切ではないだろうか。


※日本でも最高裁判所が決定を下し話題になった「忘れられる権利」。
何か評判を落とすような自分に不利な検索結果が上位にこないように、「評判管理」を請け負う会社があるのだという。
例えば、顧客にとって都合のいい事が書かれているサイトを捏造し、それが検索結果の上位を占めるように操作する、などである。
調べると、日本にも同様の会社があると知り、驚いた。

※子どものなりたい職業ランキングでYouTuberが急上昇しているという。
(新1年生対象クラレ調べで25位、小1~6対象学研調べでも25位)
ネットリテラシー教育の充実が必要だと思う。