2013年1月29日火曜日

オタクの息子に悩んでます 朝日新聞「悩みのるつぼ」より

オタクの息子に悩んでます 朝日新聞「悩みのるつぼ」より
岡田斗司夫著
幻冬舎新書

人生相談はどのようなプロセスで回答するのだろうか?



新聞の人生相談は欠かさず読んでしまう。
回答に、「いいこと言うな」と感心したり、「うんうん、その通り」と頷くこともあれば、「それはキツすぎる」「それじゃあ回答になってない」と思うこともある。
他人事だからって好き勝手言ってごめんなさい。
でも、回答者は大変だろうなと思う。
字数制限もあり、大勢の読者が注目するのだから。

本書は、朝日新聞の土曜別刷り版に掲載されている「悩みのるつぼ」という人生相談の回答者である著者が「人生相談の回答の仕方」を解説したものである。

部下がツイッターで上司の悪口をつぶやいている。注意すべきか?(39歳管理職)
クラス内の位置が気になります(中学生)
といった相談内容を深く深く掘り下げ、相談者の文章の中から本音を探り出し、冷静にそして論理的に分析していく。

思考の過程や下書き、推敲の様子まで隠さず公開してくれるのだから、なんと出血大サービスなんだろうか。

そつなく回答して終わりにすることもできるのに、一つの相談に対して関係ないことまで膨大に考えてから回答する。
そして、相談者の味方という立場を崩さず、愛を込めて回答する。
どんな悩みでも、相談者の心を楽にしてあげるように心がけているという。
だからこそ心に響く回答ができるのだ。

いやぁ、まいった。
こんなに論理的ですごい方とは失礼ながら知らなかった。
「女優と結婚したい」という高校生に「作家に向いている」とは岡田氏以外言えない回答だ。
(理由は本書できちんと説明されている。)
もう岡田斗司夫氏は、お悩み相談の超一流回答者だろう。

私もちっぽけな悩みならたくさんあるが、たいてい友人とのおしゃべりで発散し、憂さを晴らしている。
ただ、長年抱えている悩みがあるのだが、岡田氏に回答してもらえないだろうか。

【相談】匿名希望・女・年齢非公開
長年痩せたいと思っているのですがなかなか痩せません。
「いつまでもデブと思うなよ」も読みましたが痩せません。
運動もして食事にも気をつけているのですが、お菓子がやめられません。
このまま一生痩せないのでしょうか。
最近、岡田先生もリバウンドされたそうですが、体質と諦めるしかないのでしょうか?

2013年1月27日日曜日

シフォン・リボン・シフォン

シフォン・リボン・シフォン
近藤史恵著
朝日新聞出版

贅沢で華やかなランジェリー。田舎町に高級ランジェリーショップがオープンした。
 




胸にコンプレックスを持つ女は多い。
小さいなら大きくなりたい、大きいなら小ぶりがよかった、ちょうど良くても形に不満がある。
なんてわがままなんだろう。

だけど女はちょっとしたことでその日一日ウキウキと過ごすことができる。
化粧のノリがよかった、お気に入りの物を見つけた、新しい下着を着けた・・・
男もそうなのだろうか。

「シフォン・リボン・シフォン」(近藤史恵著・朝日新聞社出版)

川巻町の商店街。
年々寂れてきてシャッター通りと化している。
そこに新しく「シフォン・リボン・シフォン」というランジェリーショップがオープンした。
フランス製などの高級輸入品が中心で、レースがふんだんに使われていたりシルク製だったり、まるで布でできた宝石のような下着。
田舎の寂れた商店街には不釣合いな店だ。

本書は、そのランジェリーショップを中心とした4話が収められた連作短編集である。

第一話:母の介護を一人で引き受けている、大きい胸がコンプレックスの佐菜子32歳。
第二話:親の代からの米穀店を継ぎ、30歳の息子を心配する父親・中森。
第三話:乳がんを患ったランジェリーショップのオーナー。
第四話:かつて旧家だったことを誇りに思う老女。

本の帯には「摩訶不思議」「ほのぼの」と書かれている。
華やかで贅沢な高級下着に癒される女性たち---そんなファンタジーチックな温かいお話なのかと思い読み始めたが、私にはとても「ほのぼの」とは感じられなかった。
刺々しい親のセリフが頻繁に出てきて、親子の難しい関係や重たい問題が登場人物の心に重くのしかかっているからだ。
すぐに解決できるような問題ではないが、それぞれ心に折り合いをつけて暗く沈んだ気持ちがが少しづつ癒されていく。
そのため、読後感はそれほど悪くない。

子供は親に自分を理解して欲しい、認めて欲しいと思っている。
親は、たとえ相手がいい年をした大人であってもいつまでも「自分の子供」と思い続ける。
いくつになっても親子関係は難しいなぁ。


2013年1月25日金曜日

白ゆき姫殺人事件

白ゆき姫殺人事件
湊かなえ著
集英社

架空のSNSサイトと連動させた新しい試みの小説。



美人OLがメッタ刺しにされ燃やされるという事件が発生した。
被害者が「白ゆき」という洗顔石鹸が大ヒットした化粧品会社に勤めていたため、「白ゆき姫殺人事件」と話題になった。
フリーライターが関係者にインタビューをするという形式で始まるこの物語。
同僚やかつての同級生などが噂や憶測で次々と証言していく。
それぞれが、ツイッターのようなものでつぶやいていくうちに、一人の女が容疑者として浮上した。
果たしてその女が本当の犯人なのか・・・?

実験的な小説を次々と発表している湊かなえさん。
本作でも新たな手法に挑戦している。
「小説すばる」で人々の証言を連載し、WEB文芸の「レンザブロー」(集英社)では架空のSNSサイトの書込みや雑誌・新聞の記事を載せ、二つの異なる媒体を連動させることにより臨場感を演出していた。

本書はそれを一つにまとめたもので、巻末につぶやきや記事が資料として収録されている。
うっかり先に資料を読むとネタばれしてしまうので、いちいち該当箇所を探して読まねばならなかった。
章ごとに必要な資料を添付する形式にすればもっと読みやすくなるのではないだろうか。

内容的には湊さんらしい「善意と悪意の狭間」が描かれている。
憶測が噂になり、そのうち断定的に語られていく様子に怖さを感じた。
自分の記憶で作られる過去と、他人の記憶で作られる過去。
一つの出来事でも、人によって見方が違う。
一人の人間でも、人によって印象が違う。
その違いから噂がひとり歩きしていく過程が、現実味を帯びていてリアルな恐怖を感じるのだ。

もし私が週刊誌に載るような事件を起こしたら、周りの人達は「まさかあの人が」と言いながらも「そういえばこんなことがあった。今から思うと・・・」と証言するのだろうか。
ちょっと心配になってきた。

湊さんにはいつか実験的な手法でなく、正攻法の重厚な長編小説を書いてほしいなと願う。

2013年1月22日火曜日

武士道シックスティーン

武士道シックスティーン
誉田哲也著
文藝春秋

ビバ青春!剣道が大好きな女子高生2人。私はそんな2人が大好きだ!
 

中学に入学して剣道部に入部した。
なんだか格好良く思えたからというのは表向きの理由で、本音はカッコいいS先輩がいたからだ。
夏は蒸し暑い中、臭い防具をもっと臭くしながら稽古した。
冬は凍えるような寒さの中、裸足で寒稽古に参加した。
「武士道」とは程遠い根性なしだったけれど、楽しかったな。

本書は、高校の剣道部を舞台にした女の子二人の成長物語である。
一人は、
幼い頃から剣道を始め、全国大会で準優勝。
昼休みには片手で「握り飯」を食べながら、愛読書である宮本武蔵の「五輪書」を読みふける。
食べ終わると、鉄アレイを握りながらまた「五輪書」。
「剣道は斬るか斬られるかだ。勝つためには手段は選ばない」という磯山香織。

もう一人は、
小さい頃から日本舞踊をやっていて、中学から剣道を始める。
おっとりした性格ながら、独特の足さばきで相手を翻弄する。
勝ち負けにはこだわらず、「重要なのは、自分の成長・上達」というマイペースな西荻早苗。

そんな2人が全国レベルの強豪校東松学園高校で一緒になる。
中学生の時に大会で早苗に負けてしまった香織は、悔しい気持ちを抱え続けているが、一方の早苗はそんな事をすっかり忘れている。

対照的な2人のちぐはぐな感じがなんとも言えず面白い。
互いに切磋琢磨するお約束のストーリーだが、どんどん引き込まれてしまう。
こういった本には珍しく、チャラチャラした恋愛が絡まない。
なんてったって「武士道」ですから。

ときには回り道をしてでも、たとえ立ち止まってでも、見つけなきゃならない答えってものが、ある。
嗚呼、不器用な青春。
そうなの、そうなの。
今になったらわかるけど、当時は色々と回り道してたな。
遠い昔を思い出しながら、そして好きなことに打ち込めることの羨ましさを感じながら、本書を堪能した。

続編もあるというが、こんな終わり方でこの先どう続くのか、2人はどうなるのだろうかと気になって仕方がない。

2013年1月20日日曜日

封印されたアダルトビデオ

封印されたアダルトビデオ
井川楊枝著
彩図社

撮影されたものの封印された映像。そこにはどんな理由があったのだろうか。



年間2万タイトルが流通しているというポルノ大国・日本。
その中で撮影されながら密かに消えていく作品がある。
リリース直前になって発売できなくなった、あるいは一度は店頭に並んだものの回収されることになったAV。
そこにはどんな理由があったのだろうか。

フィリピンのイースターでイエスの受難と同じ痛みを体験するという磔の儀式に、M男優の観念絵夢が志願し「癌の弟のために願掛けする日本人」と報道され(もちろん嘘)、国民の共感と感動を誘ってしまった事件。
(国民的宗教行事を汚しちゃダメでしょ。)

自衛隊駐屯地でのお祭りのイベントで、許可を得てトンでもない催しをし撮影までした後に、上層部には話が通ってなかったと言われ、発売を諦めざるを得なかった事件。
(現役自衛官のモラルの低下には呆れるばかり!)

ジュニアアイドルのイメージビデオをどんどん過激にしていき、とうとう逮捕者が出た事件。
(子供を食い物にする大人、親は決して許されるものではない!)

その他、露出・盗撮など犯罪に関わるもの、有名人に似せすぎたもの、女優に問題があったもの・・・。
本書は、そんな様々な理由により発売禁止となった19作品の裏事情を解説したものである。

うぇっ、と思わず声が出てしまうような話からよくそこまでやるなぁと思う話まで、もう盛りだくさんで、目が白黒してしまった。

表の世界では、
顔写真入りの身分証を提出できない者。
18歳以上でも高校に在籍している者。
20歳未満で保護者の承諾が無い者。
は出演できないとされているらしい。
しかし、なんでもアリの裏の世界ではそんなのあってないようなルールだろう。

人には様々な好みがある。
なのでAVもそれに合わせて多種多様な物が発売される。
けれど、原則は視聴者のおかずになるか否か、欲情させてくれるかどうかである。
そう思い込んでいた私はなんて世間知らずだったんだろう。

この本に何度も登場するバクシーシ山下監督は、常識を打ち破るような「女犯」(バッシングされ大論争を巻き起こした)や「初犯」(ビデ倫の審査に引っ掛かりお蔵入り)、そしてカニバリズムを扱う「全裸のランチ」と、欲情なんて考えられない、想像を超えた衝撃の作品を撮影している。
商業ベースに乗るわけだから、すなわち購入し視聴する人がいるわけで・・・
ああ、全く理解できない。

人とは、人生とは・・・
まだまだ修行が足りないようだ。

人間について考察したい方、衝撃を受けたい方におすすめの一冊である。

※先日大島優子やももクロのあーりんが過去にジュニアアイドルとして、イメージビデオに出演していたことが明らかになった。
水着姿で無邪気に遊んでいるだけだが、不自然なカメラアングルや書店の成人コーナーに陳列されていることから、どういった意図で作られたのかは明らかだろう。
子供の性を食い物にする大人は厳しく罰して欲しいと願う。

2013年1月17日木曜日

木村政彦はなぜ力道山を殺さなかったのか

木村政彦はなぜ力道山を殺さなかったのか
増田俊也著
新潮社

霊長類最強の男は木村政彦だっ!! 
そして1月にして既に2013年ベスト本はこの本に決定だっ!


ボディビルダーのような体で腕を組んでいる表紙の男、それが木村政彦(当時18歳)である。
「木村の前に木村なく、木村のあとに木村なし」と讃えられた不世出の柔道家。
「鬼の木村」と怖れられた男。
負けたら切腹する覚悟で毎回試合に臨んだ男。
昭和29年全国民が注視するなか、力道山との闘いで不本意な負け方をした男。
それ以降「負けた男」として延々と生き続けなければならなかった男。

本書はそんな木村政彦( Wikipedia)の足跡を追った傑作ドキュメントである。
大宅壮一ノンフィクション賞、新潮ドキュメント賞受賞作。

木村政彦の名前すらも知らずに読み始めたのだが、すぐに夢中になった。

木村は貧しい暮らしの中、幼少期から親の手伝いで足腰を鍛え、柔道を始めると次第に頭角を現していく。
今も格闘技界で使われている「腕がらみ」は、木村が中学生の時に開発したという。
才能も実力もありながら、絶対に勝つために人の「三倍努力」する。
乱取り9時間、その後ウェイトトレーニング、移動はうさぎ跳び・・・睡眠時間は3時間もなかったという人間離れした生活に度肝を抜かれた。
大木相手に「突き」「打ち込み」と血だらけになりながら、「星飛雄馬かっ!」と思うような過酷な練習をこなしていく。
それを星一徹に言われたわけでもなく、自主的にやっていたのだから驚く。

全てを犠牲にし、勝つため、もっと強くなるために猛練習し、圧倒的な強さを誇る伝説の柔道家となった。
しかし、全盛期を戦争に奪われその後は不遇が続いた。

「空手バカ一代」などの劇画、過剰なまでに美化された格闘家たちの評伝、捏造された伝説・・・
著者は、そんな虚実入り乱れた格闘技史を丹念に紐解き、資料をあたり取材を積み重ね、歴史や組織に翻弄された木村の足跡を追っていく。

著者の講道館に対する批判は、私には正しいのか判断できない。
著者は、木村を崇拝するあまり偏った見方をしているのかもしれない。

それを差し引いても間違いなく傑作だ。
木村政彦研究、近代格闘技史としても一級だ。
木村の執念と気迫そして悔しさが、時空を越えてこちらに迫ってくるような本だった。

牛島と木村、木村と岩釣の心苦しいまでの師弟愛、地獄の特訓、報われない悔しさに、女の身ながら何度も男泣きに泣いた。
本でこんなに泣いたのは「フランダースの犬」以来だ。

700ページ2段組の分厚さだが、怯まずに読んで欲しい。
そこには深い感動が待っているから。

※ブラジルの英雄エリオ・グレイシーと闘った伝説の試合(YouTube
この時木村は現役引退から10年たちまともな練習をしないで臨んだにもかかわらず、圧倒的な強さで勝利した。

※TV特番「君は木村政彦を知っているか」もYouTubeで見ることができる。

2013年1月15日火曜日

ありがとう、さようなら

ありがとう、さようなら
瀬尾まいこ著
メディアファクトリー

中学校の先生の日常エッセイ。
 
 


本書は、作家の瀬尾まいこさん(Wikipedia )が、中学校の教師をしながら日常を綴ったエッセイである。

中学生の頃は、先生に勝手にあだ名をつけたり、根拠もない噂話に花を咲かせたりと好き勝手していた覚えがある。
今の中学生も同じだろう。

瀬尾先生の学校でも
「最近太ったんじゃないか」
「その色の組み合わせはダメだ」と生徒たちはチェックが厳しい。
化粧をすれば「彼氏ができた」
しなければ「捨てられた」と噂される。
「結婚はしないのか」と実の母親以上に口うるさく心配してくれる、余計なお世話の生徒たち。
多感な年頃のため「感じる」「やる」「いく」という言葉に敏感に反応する。
遠い昔の中学時代を思い出し、ニヤニヤしてしまうようなエピソードが満載だった。

しかし、そんな生意気盛りの憎まれ口をたたく生徒たちを瀬尾先生は温かい眼差しで包んでいる。
教師の仕事は想像していた以上に楽しい。
辞めてやるって思うことも度々あるけど、それ以上の感動がちゃんとある。
と言い切る瀬尾先生は、同僚の先生と死ぬ気で働く「働きマン部」を結成したり、日々生徒たちに懸命に向き合っている。

そんな先生だから、生徒たちに好かれるのだろう。
「僕は先生のことを愛しています。今度のテストで100点取るので結婚してください」と突然公開プロポーズされたり、お誕生日にクラス全員からのメッセージ入り手作りお守りをもらったり。
中学生は正直だから、大好きな先生にしかそんなことはしないだろう。

修学旅行で「ホテルの部屋の鍵は持って出ること」「忘れ物はしないように」と注意しまくりながら、自分が部屋から締め出され、忘れ物をしてしまうというお茶目な瀬尾先生。
読み進めるうちに、私もそんな瀬尾先生が大好きになってしまった。

こちらのサイトで瀬尾まいこさんの書評はよく見かけるので気になってはいたが、実は一度も小説を読んだことがない。
これを機会に読んで見たいと思うような、温かみ溢れるエッセイだった。

2013年1月14日月曜日

テーオバルトの騎士道入門

テーオバルトの騎士道入門
斉藤洋著
理論社


竜の涙を手に入れぬかぎり一人前の騎士とはいえないのだ。なぜなら「騎士道入門」にそう書いてあるから!
 
 


今年70歳になる男爵は、一人息子が戦死してからめっきり老け込んでしまった。
孫の テーオバルト 15歳に早く跡を継いでもらいたいと考えている。
しかし、「騎士たる者は、竜の涙を手に入れぬかぎり、一人前とは言えぬ」『騎士道入門』 に書いてあるため、竜の涙を手に入れるまで跡を継がないという。
困った老男爵は、竜のハリボテを作り、テーオバルト に火矢を打たせ燃やさせて、竜を退治させたことにするという大掛かりなイタズラを思いつく。
こうして テーオバルト は、お供の ハンス と共に、意気揚々と竜を退治する旅に出かけた。
「ルドルフとイッパイアッテナ」の作者が送る、少年と家来の珍道中物語。

旅の冒頭から、「わからぬことがあれば、森の賢者に尋ねなければならない」と『騎士道入門』に書いてあるから賢者に聞きに行くと言い張られ、ハリボテ竜を北の山に仕込んだ家来のハンスは困ってしまう。
仕方なく木こりをにわか賢者に仕立て上げ、何を聞かれても「北の方じゃ」と答えろ、余計なことは言うなと釘をさしておいた。
ところが、『騎士道入門』には立派な人物には丁寧にかつ遠まわしに質問しなければならないと書かれているため「竜が いない のはどの方角でしょうか?」と聞いてしまう。
当然「北の方じゃ。余計なことは言わん。」と答える木こり賢者。
北の方角にハリボテ竜を仕込んでいたハンスは対応に大わらわとなる。
二人の旅は前途多難なのである。

そんな調子で続く二人の珍道中。
主人公のテーオバルトが、とても素直ないい子で魅力的である。
家来のハンスに言いくるめられると、おかしいなと思いながらも素直に信じるのである。
他の登場人物たちも個性豊かで、ユーモラスに描かれている。

最初から最後までクスクス笑いながら読めるのだが、最後はうまくまとまって感動的だ。

こんないい子が将来治める地域はきっと平和だろうな、と羨ましく思った。

2013年1月11日金曜日

母の遺産―新聞小説

母の遺産―新聞小説
水村美苗著
中央公論新社

ママ、いったいいつになったら死んでくれるの。待ち望んでいた母の死。今日、母が死んだ。



体調不良と夫婦関係に悩む大学講師の美津紀。
長年複雑な感情を持ち続けた母が死んだ。
上昇志向が強く分不相応の暮らしを望んた母の死を、いつの頃からか願うようになった。
本書は、そんな満たされない50代の主人公・美津紀を、緻密な心理描写で克明に描いた長編大作である。

結婚以来別居している母の死を望み、猫可愛がりしてくれた祖母まで「愚かな老婆でしかなかった」と表現する美津紀。

夫の実家で使われている「駄食器」
ウォーキングする年のいった女たちを「胴のくびれも何もないみっともない体型を平気で晒し、なぜあんなに必死で歩いているのか」
そんな人を見下したような、意地の悪い表現も多い。

平均以上に恵まれている境遇にもかかわらず、不幸を嘆き続けるような中年女・美津紀。
自分の事は棚に上げて人を批判しているように感じられ、主人公に共感することができなかった。

負のエネルギーが充満しているようで嫌悪感すら感じた。
それなのに、読むのを止められない。
長編にもかかわらず、一気に読まずにはいられなかった。

兄弟姉妹間での格差、女性の自立、結婚・離婚・浮気、親の介護、尊厳死、そして遺産相続。
今を生きる者には避けて通れない問題、誰にでも一つは当てはまるような問題を、目の前に突きつけてくるのだ。
嫌悪感を抱いたのは、目をそらしている問題と否応なしに向かい合い、心がえぐられるような気がしたからかもしれない。

分厚く重たい本書だが、内容的にも心にずっしりのしかかるような話だった。

2013年1月8日火曜日

亀のひみつ

亀のひみつ
田中美穂著
WAVE出版




亀がこんなにも愛おしい生き物だったなんて。
 
 


童謡「うさぎとかめ」で、「世界のうちにお前ほど歩みののろいものはない」と決めつけられている亀。
失礼ながら、今までそんな亀さんについて真剣に考えたことはなかったなぁ。
亀の甲羅の模様がどうなっているか細かく思い浮かべることはできなかったし、ましてや甲羅の中がどうなっているのかなんて想像もつかなかった。

本書は岡山で古本屋「蟲文庫」 を営む著者が、亀8匹との暮らしを写真とともに紹介したものである。

ホームセンターで700円也だったサヨイチくん(クサガメ♂)。
狭い水槽から出たがってガタゴトうるさく動き回るのに耐えかねて外へ出してから、お店を始め自由に動き回る亀たち。
畳の上に亀。
布団の間に亀。
一緒に飼っている猫が大好きで、かまって欲しくて待ち伏せする亀。
飼い猫に鬱陶しがられながらも、必死で追いかける亀。
トイレまで覗かれて閉口する猫。
なんともシュールで可愛らしい写真がたくさん掲載されている。

生まれた時にはヘソがある。
産み付けられた場所(環境)によりオスメスが決まる。
太りすぎると甲羅におさまらないことがある。
そんなこと知らなかった。

亀ってこんなに可愛いの!
亀ってこんなに賢いの!
亀ってこんなにも愛おしい生き物だったの!
是非ともそんなかわいい亀を飼いたい!
読んでいるとそう思わずにはいられない。

しかし、そんな安直な考えの読者に著者は警鐘を鳴らす。
長寿というイメージから飼いやすくて丈夫と誤解されがちですが、亀は、それほど飼いやすくもなければ、丈夫でもありません。
それなりの設備と日々の細やかな努力に愛情そして想像力が必要になります。
亀を可愛がるということはすなわち「快適な環境を整え、したいようにしている様子を見守る。」と考えるくらいがベストです。

その他、様々な亀の種類(本当に色々!)や亀の生態も載っていて、亀好きの方が読んだら目がハート♡になること間違いなしだ。
亀に興味がない方が読んでも、きっと亀のことが好きになるだろうおススメの一冊である。

2013年1月5日土曜日

お江戸八百八町三百六十五日

お江戸八百八町三百六十五日
山田順子著
実業之日本社

時代考証家が書いた気楽に読める江戸本。時代劇の撮影秘話も書かれていて一味違った面白さがある。



 

お正月といえばお雑煮だが、各家庭によってこれほど味付けや具に違いがある料理もないだろう。
我が家は醤油味の汁に、肉は入れず野菜と母がついた四角い餅を入れたものが定番だ。
江戸の庶民も醤油味の汁に切り餅と具は小松菜だけだったというから、我が家とほとんど変わらない。
それに対して、将軍や大名はウサギの入ったウサギ汁を食べたのだという。
その後ウサギが簡単には手に入らないので、同じ「一羽」と数える鶏肉を入れたのが東京のお雑煮に鶏肉が入るようになった始まりだという。

本書は、時代劇の時代考証を仕事としている著者が、江戸の四季折々の暮らしを「漫画サンデー」に連載したものに、加筆修正したものである。
「JIN-仁-」など著者が担当した時代劇の撮影秘話も書かれているため、ほかの江戸本とは一味違った面白さがある。

撮影現場では、エキストラの扱いが大変で、
「江戸の町は左側通行!」
「横に広がって歩かない!」
「手は振らない!」
と大声で注意しまくっているという。
その理由を聞くとなるほどと思うのだが、ドラマや映画を観ている人の中でどれほどの人がそのことに気づくのだろうか。
それでもやっぱり現代劇とは違った細かい苦労が必要なのだろう。
次に時代劇を観たときにはそういった点もチェックしてみようと思う。

また、銀行もクレジットカードもない時代に旅に出た時の支払いはどうしていたのだろうか?
大金を持ち歩いていたのだろうか?とずっと疑問に思っていたのだが、本書を読んで納得した。
飛脚問屋にお金や荷物を預け、旅先で必要に応じて受け取るシステムがあったのだという。

その他、
・甘酒は夏の暑気払いに飲んでいた。
・「花魁」は「おいらの姉さん」が語源である。
など、知らなかった江戸情報が満載の気楽に読める本だった。