2012年3月31日土曜日

緑の毒

緑の毒
桐野夏生著
角川書店

嫌な人ばかり出てくる桐野夏生さんの小説。でも、人間なら誰でもイヤな底意地の悪い感情を持っているのではと考えてしまう作品。



開業医の川辺は、妻が浮気していることをきっかけに1人暮らしの女性の部屋に侵入し、
スタンガンと薬の注射で昏睡させ、レイプを繰り返していた。
被害者たちはネットでつながり、警察には届けず犯人探しを始める。


桐野夏生さんは、誰でも持っている人間のイヤな、底意地の悪い感情を表現するのが上手いなぁと思っていた。
今回も、イヤな人ばかりが出てくるのは百も承知で読み始めた。
被害者たちもイヤな感じの人たちばかりだが、こういう人たちいる!私の中にもいる!と思った。
市井の善良な人々でも、悲しいドラマで胸を涙を流す人の中にも、そして私の心にも、妬み・嫉み・怠惰
・・・イヤな部分があるということを突きつけられた感じがする。
ただ、レイプという題材は読んでいて不快感が増す。
読みやすい文章で一気に読めたのだが、やはり後味が悪い。

私は、○○大賞受賞作とか一度読んで面白かった作家の本を内容も知らずに読んでしまう傾向がある。
今回も桐野作品と言うことで迷わず手に取ったのだが、少し反省した。
人は一生の間に読める本の数が限られているのだから、もう少し内容をリサーチしてから読もう。

2012年3月29日木曜日

傷痕

傷痕
桜庭一樹著
講談社
マイケル・ジャクソンをモチーフにした桜庭一樹さんの長編小説。孤独なスーパースターを側面から描いたそれぞれの傷痕の物語。



マイケル・ジャクソンをモチーフに、舞台を日本に変えた物語。
幼い頃、兄弟グループで大人気となり、独立した後スーパースターとなったキング・オブ・ポップ。
圧倒的な歌唱力とダンスで人々を魅了してきた彼は、社会問題の解決に乗り出し、多額の寄付をし、ノーベル平和賞の候補にもなる。
奇行も増え、銀座の廃校になった小学校跡地を改造し、遊園地・動物園・映画館・・・など子供の夢が詰まった「楽園」を築いた。
「楽園」に招待した少女たちから、性的関係の強要罪で訴えられる。
そして「楽園」に突然赤ん坊が現れた。「傷痕」という名の彼の娘であった。
11歳になった「傷痕」を残して彼は突然逝ってしまう。

この物語はそこから始まる。
章ごとに語り手が変わり、
娘から見た優しい彼。
ファンから見たスーパースターである彼。
パパラッチが見た宿敵である彼。
強要罪で訴えた少女の初恋の相手であった彼。
彼の姉、スタッフ・・・それぞれから見た彼の姿を描いていく。

著者の醸し出す独特の世界は好きなのだが、「私の男」でちょっと躓いてしまった。
なぜか、はまることができなかった。それ以来久々の桜庭作品であったが、今回はスーパースターの世界にどっぷり浸ることができた。
特に、コンサートの描写では、会場に充満している熱気が伝わってきて私まで熱くなる。

孤独なスーパースターを描きながら、語り手それぞれの人生も浮き彫りにされていく。
デート中に一緒に聞いた彼の歌、悩める中間管理職の耳に飛び込む彼のニュース、私を見下ろす彼の巨大ポスター・・・そしてそれぞれの心の傷痕。
「いつの世も、スーパースターってのはみんなの心の鏡なのよ。」
みんなが、彼を想いながらそれぞれ自分の人生を振り返る。

マイケルファンの方の評価は両極端に分かれそうに思う。

全編に著者が奏でる「愛・孤独そして傷痕」という題名の曲が流れているような小説だった。

2012年3月27日火曜日

夏天の虹 みをつくし料理帖

夏天の虹
みをつくし料理帖
髙田郁著
角川春樹事務所
みをつくし料理帖第7弾。どうしてこうなるのだろうと、空を見上げて澪を想う。



幼い頃に両親を亡くし、天涯孤独の主人公・澪。
故郷・大坂での料亭修行を経て、今は江戸・神田の料理屋「つる家」の調理場で腕をふるう。
天性の味覚をもち、日々料理に精進している。
店主を始め温かい人々に囲まれながら、次々と困難が澪を襲う。

こうしてこのシリーズは始まった。
少女マンガのようで大変読みやすい。
私は、天賦の才・プロの仕事という意味で「ガラスの仮面」のようだと思っていた。
「おしん」「キャンディ・キャンディ」のようだと言う方もおられてなるほどと思った。

江戸の話、料理の話、ということで軽い気持ちで読み始めたこのシリーズだったが、
自分でもここまではまるとは思わなかった。
料理を丁寧に作る過程が読んでいて楽しい、おいしそう、切ない恋、江戸の人情が心に響く・・・
でも、このシリーズの魅力は、それだけではないのである。

1~5弾までは静かに話が進み、このまま進んでいくのだろうと思っていたが、
前作の6弾で話はいきなりクライマックスへと動き、大きな選択を迫られた澪。
そしてこの第7弾では、衝撃が続き読者の心を大きく揺さぶる。
男たちがそれぞれの心意気を見せる物語でもあった。

幼い頃澪は、占い師に「雲外蒼天」--困難は多いが努力して精進すればいつか蒼い空が望める--
と言われ、実際その通りに災いが降りかかってくる。
それでも澪は懸命に、心に決めた道を目指して精進している。
しかし、自分の努力だけではどうにもならない困難も世の中にはたくさんある。
予想もしなかった展開に思わず「うそっ!」叫んでしまい、自然と涙がこぼれる。
このシリーズを読んでいてここまで辛いとは思わなかった。

これからも澪は心星目指して困難な道を進んでいかなければならないのだろうか。
空を見上げて澪を想う。

2012年3月25日日曜日

マスカレードホテル

マスカレードホテル
東野圭吾著
集英社

高級ホテルを舞台にした東野圭吾小説家25年記念作品第3作。これぞ本領発揮の東野作品であった。


「犯人について何も手がかりがなくて、誰が狙われているのかもわからないのに、次にこのホテルで事件が起きることだけはわかってるんですか。」
「あなたはホテルマンの鑑だ。」


一流ホテル「ホテルコルテシア」。
連続殺人事件の次の舞台はそのホテルで起きるはずだという。
そこで、事件を未然に防ぐため、警視庁の刑事たちが従業員に扮する潜入捜査が始まった。
優秀なフロントスタッフの山岸尚美とコンビを組んだのが刑事新田浩介。
最初はお互い印象が悪かったが、時が経つにつれ信頼関係が芽生えていく。
果たして、本当に殺人事件は起こるのか・・・?

マスカレード----仮面舞踏会ということで、表紙には仮面がデザインされている。

著者はインタビューで
大人が大人らしくいられる最後の砦であるホテルそのものが主役であるような小説を書いてみたかった。
刑事とホテルマン二人の目線から、訪れる客たちを描くことでホテルという世界を伝えよう。
テーマは、「プロフェッショナリズムとは何か」である。
と語っている。

東野長編作品ということで読む前から期待してしまうが、さすがであった。
これだけ量産しているのにもかかわらず、一気に読ませてくれる、エンタメミステリーの王道のような小説だった。

フロントの尚美がとにかくかっこいい。
様々な客がやってくるホテルで、時にはクレーマーの様な客もいる。
「お客様がルール」と言って、見事な対応をする尚美にこれがプロの仕事だと喝采を送りたくなった。
それに引き換え、シリーズ化されるという主役の刑事・新田が子供じみている。
プライドが高く、すぐ顔に出たり、手柄を立てようと焦ったり・・・
でも、やはり彼もプロなのである。ホテルマン姿も様になっていき成長していく。
そして、キーマンとも言える冴えない中年警官・能勢の、優秀だが人をたて裏役に徹する姿勢にまたプロを見た。

私にとってこの本の魅力は、
それぞれの「仕事」に対するひたむきさと成長していく様子
お客様が一番と考えるホテル側と、まず疑ってかかる警察側の対比
そしてホテルを舞台にした人間模様、であった。

それにしても、接客業は大変だなぁと思う。

2012年3月23日金曜日

私の箱子

私の箱子
一青妙著
講談社
一青窈さんの姉であり、自身も歯科医・女優として活躍している一青妙さんの半生を振り返ったエッセイ。


著者の一青妙(ひとと たえ)さんは、「ハナミズキ」のヒット曲で知られる歌手の一青窈(ひとと よう)さんの6歳違いのお姉さんであり、ご自身も都内で歯科医院を営む傍ら、舞台を中心とした女優として活躍されている。

この本は、30年近く住んだ日本の家を解体するところから始まる。
解体に先駆けて荷物の整理をしているときに、赤い和紙が貼られている箱子(シャンズ・中国語で箱の意)を見つける。
中には、手紙・日記・図画工作・誕生カード・・・・たくさんの思い出が詰まっていた。

「台湾五大財閥」の一つである顔家という名門の長男であるお父様と、日本人のお母様の長女として生まれ、台湾と日本を行き来しながら育った著者。
そして、中学2年生の時にお父様を、大学生の時にお母さまを相次いで亡くすというつらい体験をした。

箱子の中の手紙や日記を読み進めながら、過去を振り返る。
大人の会話をしたことがなかった父の足跡をたどり、日本や台湾の知人を訪ねる。

台湾の顔家という名家に生まれ、日本人として学習院に通っていた少年。
終戦を境に、台湾人となり、戦前と戦後に価値観が急転する衝撃。
台湾と日本のアイデンティティーに翻弄された「顔恵民」という一人の人間を探して行くのである。

手紙の内容から、ご両親の優しさ・苦悩、そして何より温かい家庭の様子が窺え、羨ましく思った。
台湾の食事や親戚たちの様子もなかなか面白かった。

2012年3月20日火曜日

教授とミミズのエコ生活

教授とミミズのエコ生活
三浦俊彦著
三五館

大学教授が始めたミミズとの楽しい共同生活。ミミズってこんな可愛いものかと飼いたくなってしまう抱腹絶倒レポート。



著者は1959年生まれの、和洋女子大学教授で哲学者。
小説、エッセイなどの著作も多数ある。

家を建てた時に「なんだか楽しそう」という理由で、太陽光発電とミミズコンポストを購入する。
「ミミズの生物学についてはド素人である」教授とミミズの楽しい12年間の共同生活が始まった。

なにしろこの教授が強烈なのである。
一人暮らしで、基本3食カップ麺。そして、一日50種類、300錠以上のサプリメントを服用。
それが教授の食生活なのである。
思わず、生ゴミ出ないだろっと突っ込んでしまう。

読んでいる途中で気が付いた。
この教授は、あまりのばかばかしさに笑いながら最後まで読んでしまった小説「サプリメント戦争」の作者だ。
「一日の食費300円、一日に消費する健康食品代5,000円」という健康食品マニアのあの教授だ。

カップ麺の汁を土にこぼすと虫たちのオアシスになっていた。
それを見て、教授は「あれだけ虫たちを集めるカップ麺が人間の体に悪いわけない」と思う。
う~ん、さすが哲学者である。凡人とは考え方も行動も違う。

「教授、それはないでしょ!」「あちゃ~、やっちまった」の連続で何度も絶滅の危機に遭遇する。
酸性は厳禁のデリケートなミミズに、体に良さそうとの理由でヨーグルトを与えてしまったり・・・
そしてどんどん増えていくコンポスト。
ミミズのために、「サトウのごはん」をチンして与え、アワビを殻ごと買ってきて与え、
挙句の果ては、愛用の健康食品まで与え、どんどんはまっていく教授。
それを読んでいるうちに、私までミミズの魅力に取りつかれてしまう。
ミミズとの生活楽しそう、ミミズって可愛いなと思えてくる。

そうだ!ミミズ1000匹を飼おう!
教授の失敗をこれだけ学習したのだから、きっと上手くできるはず。
庭なしのマンション住まいだけど、何とかなるだろう。
こんな教授でもがんばっているのだから。

解剖医ジョン・ハンターの数奇な生涯

解剖医ジョン・ハンターの数奇な生涯
ウェンディ・ムーア著
矢野真千子訳


18世紀の外科医ジョン・ハンターの伝記。こんな偉大な愛すべき奇人がいたとは今まで全く知らなかった。とにかく夢中で読める面白さ抜群の一冊。


18世紀のイギリスで外科医として活躍したジョン・ハンター(1728~1793)の伝記。
原題は「The Knife Man」

麻酔や消毒剤が登場する100年も前、まだまだ昔からの根拠のない治療法を医者たちも信じていた時代。
ジョン・ハンターはそんな時代に生まれた異端児であった。
兄の解剖学教室を手伝いながら、たくさんの人間や動物の解剖をし、生まれ持った手先の器用さと、飽くなき探求心から、すぐに頭角を現し、有名な解剖医・外科医へと成長していく。

せっかちで無教養で無作法な田舎者のハンターは、古来の治療法を踏襲している保守派の医師からは、好戦的ないかさま師と見られてしまう。
そして、死ぬまで周囲といざこざを起こし続けるのである。
彼が作った標本の一部は今でも博物館に現存しているという。

読み始めからすぐに、惹きつけられて夢中で読んだ。
読みやすい文章というのもあるのだろうが、何といっても最大の魅力はジョン・ハンターの人物像そのものである。
魅力といっても、「伝記の題材」としての魅力ではあるが。
実際、こんな人物とは一緒に暮らせない。
短気で怒りっぽい、家じゅうに見たことのない動物を飼い、鳴き声や臭いに悩まされる。
人間のみならず象やクジラ、カンガルー、爬虫類、昆虫・・・とあらゆる生物の死体を解剖し、
標本にしていく。
家の中所狭しと、得体のしれない骨格やら、内臓の標本やら置いてあるところに、私は住めない。
鶏のとさかに人間の歯を移植したり、睾丸を腹に埋め込んだり、人から見たら奇妙な実験を繰り返す。
無知な患者を騙して実験台にしたり、患者の了解を得ないまま新しい治療を試したり・・・

でも、憎めないキャラクターなのである。
純粋に人体に興味を持ち、好奇心・知識欲から解剖しまくり、書物よりも自分の目で見たことを信用する。
貧乏な人からはお金をとらない。
後進の指導に熱心で、弟子たちからしたら、「大先生と呼ばれるような人にありがちな高慢さがどこにもない」偉大なる師。
知的で金持ちの奥様とはなぜか仲良く寄り添うジョン・ハンター。
現代外科医学の実質的な父であり、医学だけでなく後の多くの人々に影響を与えた奇人。
いくら書いても、この愛すべきジョン・ハンターの魅力を伝えられないのがもどかしい。

これだけの魅力的な人物なので、長編傑作「開かせていただき光栄です」、「ドリトル先生シリーズ」、「ジキル博士とハイド氏」などの小説のモデルになるのもうなずける。

読み終わった後に、「まだまだジョン・ハンターの世界に浸っていたかったのに」という気にさせられた。

2012年3月16日金曜日

ステーキ!世界一の牛肉を探す旅

ステーキ!世界一の牛肉を探す旅
マーク・シャッカー著
野口深雪訳

カナダ人ジャーナリストが、おいしいステーキを求めて世界を駆けまわる。挙句の果てには、自分で牛を育ててしまう体験記。食について真剣に考えさせられる良書。



著者はカナダ人ジャーナリスト。
スコットランドではチーズケーキのようにフォークでスライスできるステーキ、
フランスでは一流シェフによる干し草ソースのステーキ、
我が日本では松坂・神戸の超霜降り肉と、あちこちでおいしそうなステーキを堪能する。
世界をめぐり、ステーキを食べまくり、その総重量なんと45kg。
そして、挙句の果ては、自分で牛を育て食べてしまうという体験記。

「世界一の牛肉を探す旅」と聞いて、楽しいエッセイなんだろうなと思ったが、軽い本ではなかった。
ステーキに関して豊富な取材で、栄養学、科学的分析、歴史、遺伝・・・等の観点から、多角的に考察した良書だったのである。
ただ、避けては通れないはずの狂牛病については「騒ぎがあった」の一言のみだったのが残念だった。

テキサス---ステーキの本場とも言えるアメリカから旅は始まる。
本来牛は、草を食み、ゆっくり育っていく。
それを、大量生産で安価になったとうもろこしを蒸してフレーク状にしたものを餌として与え、
抗生剤・成長ホルモンを投与する。
そうして育った牛の肉は、どれも同じような味がするという。
昔はおいしく感じていたステーキが、最近はどうしてこんなに味気ないのだろう・・・
そんな疑問から、多様な品種や飼料の違いと肉の味との関連を探っていく。

草を与え、ゆっくり育てばおいしい肉ができるという簡単な問題でもないらしいが、
アメリカの穀物飼料は世界を席巻し、他の国でも牛の餌となっている。
そのうち、世界中の牛が同じ味になってしまうのか?

最高のステーキとは最高の肉であると著者はいう。
最高の肉はソースでごまかされない素材本来の持つ脂・風味を味わうことができる。
そのため大切に育て、死の直前まで牛にストレスを与えないようにすることが大切らしい。

牛も、太陽の光をいっぱい浴びた草を食べておいしい肉になる。
そうした肉には脂肪酸Ω3とΩ6のバランスがよく、健康にもいいという。
人間の体も食べたものからできているのだからと、食に関して真剣に考えることを伝えてくれたいい本であった。

あいにく繊細な舌を持ち合わせていない私は、世界に旅立たなくても近所のステーキ屋さんで満足できる。
自分のお財布に合ったおいしいお肉を食べに行きたくなった。

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前に読んだフランスの日本紹介本「エロティック・ジャポン」で、日本は「汚れたパンティを自動販売機で売る国」と定義づけられていて驚いたが、この本でも日本に来る前の著者はそれを信じていたという。
ちょっと悲しい。

2012年3月8日木曜日

偉人の残念な息子たち

偉人の残念な息子たち
森下賢一著
朝日文庫

歴史に名を残した人たち。その息子も立派に育つわけではない。そんな残念な息子たちについて語った一冊。



著者は、1931年生まれの作家、翻訳家。
替え玉試験でハーヴァードを退学になったジョー・ケネディの息子
父の名を使った詐欺で何度も訴えられたエジソンの息子
たった3.5ドルの万引きで逮捕されたアル・カポネの息子
殴り書きの絵を1ドルで観光客に売り付けたゴーギャンの息子
酒と女に溺れ、反抗心でイスラーム教徒になったガンディーの息子
麻薬で医師免許停止、性転換して女性になったヘミングウェイの息子
など11人の残念な息子たちが掲載されている。

偉人というには首を傾げたくなるような方々もいるが、後世に名を残した有名人ではある。
題名から、有名人の息子にスポットを当てた本と思っていたがそうではなかった。
父である有名人の経歴、家族について語った雑学の書であった。

最近も、ティッシュ何箱分だか計算できないくらいの金額をカジノ業界に貢いでしまった方が話題になったが、お金持ちだからといって、また偉大な功績を残したからといって、子育ての才能があるとは限らない。
「インドの父」といわれるガンジーでさえそうなのだから、やっぱり子育ては難しい。
子供の側から見たら、偉大すぎる親の子として生まれプレッシャーもあるだろう。


名前や功績は知っていても、私生活までは知らなかったので、興味深く読めた。
息子たちの話も「残念だね」と笑って読めた。
親が平凡な家庭でよかったとホッとする。

だが、題材はとても面白いのだが、読みにくくて仕方がなかった。
文献をつぎはぎしたような文章で、膨らみがなく、まるであらすじや著者略歴を延々と読んでいるようであった。
苦手だった社会の教科書を思い出してしまう。
内容的にはとても興味深くいい題材なのだから、勿体ない。
あとがきはすんなり読める文章なのに、どうしてだろう。
それが、一番「残念」であった。

2012年3月7日水曜日

春画にみる色恋の場所

春画にみる色恋の場所
白倉敬彦著
学研新書


色恋の場所は様々。江戸文化のおおらかさがよくわかる一冊。



著者は、1940年生まれで、現代美術から浮世絵までの美術書を編集している、浮世絵・春画研究者。

1711年から1840年頃までの春画を掲載し、そこに書かれている文字とともに解説している本である。
画は、見開き2ページにわたるものもあるが、多くは半ページ程度の大きさである。
そして、舞台となった場所に着目し、「屋内編」「屋外編」と場所別に細かく分けられている。

画とは、フィクションであるため、現実の反映だけでなく画師の意図や想像力が潜んでいる。
そのため、あり得ないことを一瞬あり得るかもしれない、と思わすところがフィクションの面白い所である。
この時期はまだ、連続した図柄やストーリー性を持った図柄は生まれていなかったので、
一図で完結しなければならなかった。
掲載されている画の画師は様々だが、年代とともに緻密になっている。

また、江戸の風俗がよくわかり面白い。
例えば、「川開き」の項目で、毎年5/28~8/28まで花火の打ち上げが許され、
毎晩夕涼みに人が集まっていたという。
川の両岸には、茶屋や見世物小屋などが軒を連ね、にぎわっている様子がわかる。
川では、屋形船から三味線の音が聞こえてきたり、物を売る「うろうろ舟」、
芸人を乗せた「ひらた舟」などもあったという。

そして、ユーモアも満載で楽しませてくれる。
もともと春画とは、観て笑い、読んで笑い、というコンセプトで作られたものなので、
お間抜けな人々が出てくるのである。
「この窮屈さも修行のため」というセリフ、堪え性のない男、どこか笑えてしまう。
こういう場合江戸時代でも、女の方が度胸があるということがわかる。

(詳しい内容はとても書けません。なので、当たり障りのない事を書きました。)


2012年3月6日火曜日

警官の条件

警官の条件
佐々木 譲著
新潮社

親子3代を描いた傑作長編「警官の血」の第2弾。 警察小説好きの方、必読の一冊。



戦後の闇市から現代までの警察官3代を描いた傑作「警官の血」は、2008年度の「このミステリーがすごい!」で第1位になり、 2009年にテレビ朝日でドラマ化された。
その中で3代目の警察官として描かれていた安城和也を主人公とした警察長編小説。

捜査のため裏社会に密着し独自の情報ルートを持つ加賀谷。
主人公・安城和也は、上からの命令で加賀谷を素行調査し、「売る」。
そのため、加賀谷は退職そして逮捕される。
裁判で加賀谷は、上司や暴力団について一切口を割らず伝説の人となり、今は漁村で釣り船屋を経営し静かに暮らしている。
一方、覚醒剤の取引を巡り「何か」が変化してきているようで、売人が消されたり、
ブツがだぶついたりしているが、理由はわからず成果も上げられない。
密売組織の元締めは誰なのか?
そして警官に必要な条件とは?


「警官の血」では、警官の使命・父と子の確執に焦点を当てていたが、この作品では、
警察内部の確執と葛藤が描かれている。
500ページ超の大作だが、間延びすることもなく読者を夢中にさせる力はさすがである。

警察小説ではお約束の警察内部の組織間対立が、この作品でも描かれている。
長編ということもあり、心の襞まで丹念にあぶり出しているため、読者も感情移入しやすい。
また3代目安城和也の、やる気はあるが空回りする様子、揺れ動く様子も細やかに書かれていて、ヒーローでない・生身の人間臭い警官像に好感が持てる。
その丁寧な描写により、前作「警官の血」同様、壮大な人間ドラマに仕上がっている。
追跡調査の緊迫した様子、伝わってくる緊張感、誰が味方で誰が黒幕なのかわからず、
最後まで目が離せない。
そしてラストでは、感動のホイッスルが鳴り響く・・・

「警官の血」を未読の方でも十分堪能できる内容だが、読んでからの方が深みを増すストーリだと思う。

「気骨のある」とか「男の色気」という言葉がぴったりくるような、手応えのある小説であった。