2011年12月29日木曜日

エロティク・ジャポン

エロティック・ジャポン
アニエス・ジアール著
にむらじゅんこ訳
河出書房新社

フランス人女性ジャーナリストが見たヘンな日本。違うよ、そうじゃないんだよと言いたいけれど、これが彼女の分析なのだから仕方ない・・・のだろうか?



1969年生まれのフランス人女性ジャーナリストが、日本の様々な風俗について独自の視点から斬りまくった本の邦訳。
七夕・宝塚・やおい・メイドカフェ・ブルセラ・ラブドール・ハプニングバー・・・など、一般的なものからソフト、ハードなもの、超過激なものまで100以上の項目が図版と共に真面目に解説されている。引用文も、神話・紫式部から近松門左衛門、谷崎潤一郎・三島由紀夫・酒井順子など多岐にわたっている。

読み始めると、いきなり日本は「汚れたパンティを自動販売機で売る国」と定義づけられ面食らう。そして違和感と疑問でいっぱいになるが、「訳者あとがき」を先に読むと少しは納得できた。

著者は、日本のアニメ専門家として有名で、日本に心酔していたが、日本語は得意ではない。
それ故、参考・引用している文献は、英語・仏語の研究書に頼っているという。
そして、この本は、それらの研究書を読んだ著者自身の想像と自由な発想から生まれたものだと解説してある。
著者の友人だと言う日本人の訳者もこの日本社会の描写にしばしば戸惑いを覚えている。
そして、その戸惑いにこそ、本書が日本で翻訳出版される文化的意義があるという。
そう考えれば読み方も変わってくる。
「日本のエロ系サブカルチャーはフランス人からどう見られているのか」を知る本だということになる。
自分のことはなかなか客観的に見るのは難しく、欠点を指摘されると怒りを覚えるものだと思いながら読み進める。

確かに、「日本女性の美しさは、つつましさという美徳を前提にしている」という点は肯ける。現代の女性のことではなく、あくまで「ぐっと来るポイント」という話だが。
そのため、盗撮・パンチラ・恥じらいの方が、外国の挑戦的・直接的な映像等より日本人の好みに合っているのではないか。「Come on」と「やめて」の違いであろう。
キリスト教の原罪や、日本の土着信仰・八百万の神・死への考え方などと共に論じている部分は
なるほどと考えさせられた。

しかし、例えば七夕の項で「この日、女の子たちは織り姫に、機織りと裁縫が上手くなるようにと願う。一方、男の子たちは、書道の腕前があがるようにと願うのが習わしになっている」と定義づけられている。また、OLとは「1日に266回お辞儀をしなければいけない企業の飾りものであり、女中である」とされている。仲間由起恵を「最も胸の薄い女」と断定していたり、日本人ならこの文章に違和感を持つだろう。
こういった調子で様々な風俗を著者独自に考察していく本なのである。

書いてあることは、まるっきりの捏造ではなく、実際に少数とはいえ日本で行われていることなのだから認めることも必要なのかもしれない。
また、私自身も初めて知った項目もいくつかあり、新たな発見であった。

ただ、嘔吐ショー等一部の箇所では、不快感・嫌悪感でいっぱいになる。
声を大にして、これは日本でも極少数の人たちのことで、大部分はこんなこと見たり聞いたりもしたことない人たちだよ!と言いたくなる。

しかし、この本は約4000円という高額本にも関わらず、異例の売れ行きを見せ、
出版から5年たった現在でも順調に版を重ねているという。
ということは、アニメおたくやコスプレおたくの多いフランスで、日本に興味を持つフランス人たちがこの本を読み、日本について誤解する可能性が高いのではないか。
全てを信じ、日本人全員がこうであると思う人はいないだろうが。

私自身は興味深く読め、著者の努力に感服したが、一方で日本の明るいいい面もたくさん紹介してほしいと痛切に願った。

2011年12月23日金曜日

水晶玉は嘘をつく?

水晶玉は嘘をつく?
アラン・ブラッドリー
東京創元社

化学大好き少女が探偵役となるミステリーの第3弾。もうちょっと落ち着いてと言いたくなる小生意気な女の子が魅力的に描かれている。



舞台は1950年代の英国。
片田舎にある広大な敷地の古いお屋敷に住んでいるあたし、フレーヴィア11歳。
我が家の財政が逼迫していると悩む父と、
いじわるな姉二人に囲まれてたくましく生きている。
姉たちにいつもいじめられているから、
いつかぎゃふんと言わせてやると機会をうかがっているの。
あたしの好きなことは、家の実験室で化学の実験をすること。
事件に遭遇して、大量の血を見たけど大丈夫。
だって化学の実験をしたことがあるから覚えているんだけど、赤血球というのは実は水分とナトリウムとカリウムと塩化物と燐の楽しい混合液が大半を占めているって知っているから。

そんな女の子が探偵役となる楽しいミステリーの第3弾。

原題は「A RED HERRING WITHOUT MUSTARD~マスタード抜きの燻製ニシン」
何の知識も持たずに読んだのだが、後で著者が70歳過ぎた男性と知ってびっくりした。
しかも、専攻は電子工学だったという。
執筆に専念するため早期退職したらしい。
そんな方が、 11歳の女の子を主人公に、3姉妹のバトルを描くってすごい!

読み始めて、なんと生意気な女の子だろう。
これなら姉2人に意地悪されても仕方ないのでは? と思った。
だって、姉の持ち物を勝手に持ち出したりした上、壊したり捨てたりするなんてひどい。

だけど、読み進めるうちに、「姉たちに負けるな!がんばれ!」といつの間にか応援していた。
賢く知識も豊富なませた女の子フレーヴィア。
勇気も人並み以上にあるけれど、やっぱり11歳。
「あたしのように科学的な考え方をする人間にとって、そういう話を鵜呑みにするのは難しかった」なんて言いながらも、水晶占いに出てきた亡き母の話に動揺したり、
子供らしいところがあちこちに垣間見られる。

「もうちょっと落ち着いて」って言いたくなる小生意気な女の子が魅力的に描かれているミステリーであった。

そして、舞台となる古いお屋敷。
地下室や家具の描写から、挿絵はないものの勝手に想像し、一人でうっとりしてしまった。

このシリーズは6作まで刊行されているので、次の翻訳が楽しみである

2011年12月21日水曜日

SEX会話力

SEX会話力
溜池ゴロー著
小学館101新書

題名は刺激的だが、著者の人生訓がギュッと詰まった一冊。草食系男子にこそ読んでもらいたい。



著者は、1964年生まれで明治大学法学部を卒業後、800本近いAVを撮ってきた監督。

著者の言う「会話力」とは、相手を理解しようとする力・コミュニケーション能力のことだと
私は理解している。

最近よくあるハウツー本(読んだことはないが)の著者たちと溜池氏とは決定的な違いがあるという。
医師やセラピストは学術的・医学的な解説をするが、実践面で弱い。
男優やマッサージ師は体験の豊富さから実践的な解説をする。
ところが、彼らは自分以外の男女の実践の場をあまり見ないので、
男目線で独りよがりになりがちである。
そこへ行くと監督業は、男と女両方の立場を客観的に観察・分析をすることができると、
著者ご本人はおっしゃる。
言われてみればなるほどと納得する。
この本は技術の話ではない、そんな著者が女性への溢れる愛を語った本である。

構成的には、著者の半生、女性に対する姿勢・人生訓、業界コラム、妻との対談となっている。
さすが百戦錬磨の方だけあって、女性の気持ちをよく理解し、大切に想ってくれるということが
よくわかる。

自信満々で強くカッコよく見せようと思う男ほど、カッコ悪い。
わからないことはわからないと言い、コンプレックスもさらけ出して
女性に真摯に向かい合うことが大切と著者は説く。
その通り!と拍手を送りたい。
知らない土地で道に迷った時、一人であれこれ悩むより、人に聞くのが一番近道なのに、
お店で商品について店員さんに聞けばよくわかるのに、
恥ずかしい・そんなことも知らないのと馬鹿にされるのではないかと思ってしまう人も多いと思う。
しかし、自分をさらけ出すと心も楽になる。そして相手も心を開きやすくなる。
そう著者は言いたいのだ。

長年連れ添った妻に著者の言うことを実践しても、浮気を疑われるか、
何を今更と蹴飛ばされるか・・・
それより、急に妻に優しくすることは心情的に難しいだろうと女の私でも思う。

だからこそ、まだ若い未婚の草食系男子にこそ読んでもらい、将来的に実践してほしい。

だからと言って、女性は無条件に素晴らしいとも思わない。
相手をよく観察し、思いやることは男女問わず大切なことだと改めて思う。
「観察して慮ることが、コミュニケーションの基本です。」と著者は言う。
恋愛だけでなく他人と円滑な関係を築くことは社会上重要なことであろう。
ビジネスでも応用できそうな極意である。

ビブリア古書堂の事件手帖2 ~栞子さんと謎めく日常~

ビブリア古書堂の事件手帖2 ~栞子さんと謎めく日常~
三上 延著
メディアワークス文庫

ビブリア古書堂第二弾。内気な栞子さんと大輔のもどかしい距離が少しずつ接近していく。



北鎌倉にひっそり佇む古本屋「ビブリア古書堂」。
就職浪人の俺はここでアルバイトをしている。
店主の栞子さんは、極度の人見知り&内気だが、本に関する知識は膨大で、
本にまつわる謎ならたちまち解いてしまう。そして何より美人・・・
軽く楽しいミステリーの第二弾。

読みやすく、サクッと最後まで読めてしまう。
そして、古書が絡む謎が出てくるので、本好きには興味深い。
今回は『クラクラ日記』(坂口美千代)『時計じかけのオレンジ』(アントニイ・バージェス)
『名言随筆 サラリーマン』』(福田定一)『UTOPIA 最後の世界大戦』(足塚不二雄)
の4冊にまつわるお話が出てくる。

「古書が絡む謎」というのが私にとってのこの本の最大の魅力で、
「スリップ」「値段のつけ方」等の本にまつわる雑学が今回も面白い。
もっとも、殿方の中には栞子さんが最大の魅力でって方も多いと思うが。

だんだん二人の距離が縮まって内容も、
もどかしい恋愛・二人はこれからどうなるのでしょうか?的な方向に進んでいく。
面白くて読みやすいことには違いないのだが、第一作と比べると少しだけ熱が冷めてきた。
栞子さんの設定があまりに男目線の、理想の「萌え女」のように私には感じられてきたからである。
でも、第一作目でも思ったが、これは漫画の世界。
そして、たまに食べたくなるフライドチキンの世界。
そんなことは気にせず読まなくてはならない。

少しさめたとは言っても、次作もきっと読むだろう。

2011年12月19日月曜日

ビブリア古書堂の事件手帖~栞子さんと奇妙な客人たち~

ビブリア古書堂の事件手帖~栞子さんと奇妙な客人たち~
三上 延著
メディアワークス文庫

題名は気になっていたのに、こんな面白い本どうして今まで読まなかったのだろう。



わたし、古書が大好きなんです…人の手から手へ渡った本そのものに、物語があると思うんです…中に書かれている物語だけではなくて

北鎌倉の駅前にひっそりとある古本屋「ビブリア古書堂」。
俺は「夏目漱石全集」について聞きたいことがあリ、訪ねた。
そこの店主は極度の人見知りでおどおどしているが、本のことになると別人になる。
古い本については膨大な知識を持ち、並はずれた洞察力を発揮する人。そして何より美しい・・・

古書にまつわるなぞを豊富な知識で見事に解決していく楽しいミステリー。

これだけ人気のある本で、この題名だから、本好きとしてはずっと気になっていた。
でも、表紙の軽さが気になるし、面白いのだろうか。
と読むのを躊躇していたが、まさに食わず嫌いだった!

冷静に考えれば、美しい若い女性が店主、湯上りの色っぽさ、実は巨乳・・・とか色々あるけれど、
それが気にならないのは、「本」が絡んだ話だからか。
いや、漫画を読んでいる気になるからかもしれない。
そうまさに漫画の世界。
特殊な才能のある美しい女性、舞台が古都鎌倉、20代の男女、恋愛の予感、そして様々な本たち
それらの要素を織り込んだ漫画の世界。
ただ、視点が男性のため少女漫画風ではないが。
漫画好きだった少女の頃を思い出して夢中になれたのかもしれない。

時々、無性に○ンタッ○ーフライドチキンが食べたくなる時がある。
それと一緒の感覚で、無性に軽い本が読みたくなる時がある。
そんな時に最適の、ほほえましい温かさを感じられる物語で安心して読める。
「せどり屋」「私本閲読許可証」など本に関するちょっとした雑学も楽しい。

ラノベも意外と読めるっと思ったら、ラノベ派の方に言わせるとこの本はラノベの中でも異色で
一般の本に近いらしい。
私個人では、『おさがしの本は』と同じ読みやすさと思った。

題名が気になっている方、ラノベだからと躊躇している方、漫画が好きな方、
時々チキンが無性に食べたくなる方、そんな方々にお勧めです。

あぁ、それにしても夏目漱石再読したくなる。

2011年12月15日木曜日

平安文学でわかる恋の法則

平安文学でわかる恋の法則
高木 和子著
ちくまプリマー新書


「平安文学に見える、恋や人生についての、物語や和歌の法則」の本。高校生の古文学習の入門書としても最適。というが、古文が苦手な大人の私にも最適。



平安貴族の恋の駆け引きなんて、聞いただけで想像が膨らみ憧れてしまう。
ところが私は歴史アレルギーに加えて、古典の文法嫌い。
源氏物語の世界も大好きだけど、もちろん読むのは現代語。
でもこの本は、そんな私でも読めそうと思い購入してみた。

「はじめに」で、大学で「源氏物語」を研究している著者でさえ、
高校の古文の授業のつまらなさをおっしゃっている。
著者 すらかつ 苦手。いわんや わたしをや。

著者は1964年生まれで関西学院大学文学部教授。
そんな方が苦手なわけないのだが。

でも、この中に原文は少ししか出てこない。
もちろん、品詞分解も必要ないので安心する。
試験もついてないので気楽に読めた。

著者によると、昔は著作権なんてないので、 みんな人気のあるお話をパクっていたそうである。
そのため、教科書に載っているような有名な場面を読みこなせば、試験でも「あっ、これどこかで見たことある文章だ」となるらしい。
「好みの女をさらって逃げて最後に死ぬ」などいくつかのパターンについて、その背景と共に説明してくれている。

「社会制度や風習の全く異なる千年前の世界に、現代の常識を無自覚に持ち込む」と、
とんちんかんな解釈になってしまう。
古文の内容を理解するためには、その「背景」が重要なのだろう。
その上、現代の事象に置き換えて説明してくれるので、当時のことがよくわかり、
古文を勉強する手助けになると思う。
もっとも、私ははなから古文を勉強するのはあきらめて、
平安時代の恋愛事情や雰囲気を知りたくて読んでいたのだが。

例えば、最初に恋文を送るとき、いきなり「好きだ。君しか見えない。」と書いても、
もらった方はよく知らない相手からの直接的な文面に面食らうことだろう。
だから、はじめは「桜の咲く頃君を見かけ、桜のように美しい君に感動した。」
くらいにしときなさい。
返事をする方も、いきなり「オッケー!」なんて返事をせず、
乳母やお手伝いさんに相談して代筆してもらいなさい。
などと、実践的に解説してくれている。

これを読めば古文の成績がアップする・・・とまでは言えないが、古文を読む手助けにはなる。
なにより古文を読むことが楽しくなりそう。

タイムマシンがあったら、高校時代古文に苦しんでいた私にこの本を手渡してあげたい。
そんな気分になる本だった。

2011年12月13日火曜日

三十光年の星たち 下

30光年の星たち下
宮本輝著
毎日新聞社

宮本輝氏の長編大作。下巻。学生さん達に読んでほしい本だが・・・



主人公の30歳の坪井は、2流大学を卒業し職を転々としていた。
金貸しの佐伯に見込まれ彼の運転手となる。
佐伯に「跡をついでくれ」と言われ、彼の夢を引き継ぐ決意をする。
そのために30年歯を食いしばり、耐えながら精進していくことを誓う。
京都を舞台に一生懸命生きている人々の感動の物語。

殺しもなく、死体もない。
大きな事件もない。
まっとうに真面目に生きている人々の物語。
久しぶりに感動的な温かい話に出会った。
終わり方も余韻を残し、未来へ繋ぐ希望が見えてくる。

現代の話で、携帯電話・デジタル機器・「イケメン」という言葉が出てくるが、
読んでいて昭和時代の話のような気がしてくる。
安定感、安心感がある代わりに、今どき感・若者感がなかった。

著者が、歯がゆい若者たちにエールを送っているのがよくわかる。
挫折しても大丈夫、これから歯を食いしばって耐えて頑張れば、
長い間---30年間頑張れば花開く。
高校生、大学生、つらい修行中の方などに最適な本だと思う。

だけど、やはり学生たちには説教臭く感じられると思う。
今の私なら素直にうなずけるのだが。
「10年で、やっと階段の前に立てるんだ。20年でその階段の3分の1のところまで登れる。30年で階段をのぼり切る。そして、のぼり切ったところから、お前の人生の本当の勝負が始まるんだ。本当の勝負のための、これからの30年間なんだ。」

たくさんのいい言葉と出会った。
少しは自分も丸くなったのだなと思う。

三十光年の星たち 上

三十光年の星たち 上
宮本輝著
毎日新聞社

 
宮本輝氏の長編大作の上巻。



俺は二流大学を出て就職したが、上司とけんかして2年で辞めた。
その後、派遣とか契約社員とかであちこちの会社を転々としてから、
女と皮革製品の商売を始めたが、立ちいかなくなってしまった。
女は去り、親には勘当され、借金だけが残った。
とうとう30歳になってしまった。
俺に金を貸した金貸しの佐伯が、借金返済の代わりに車の運転手として雇ってやると言う。
選択の余地がなかった俺は佐伯と共に、彼が金を貸した人々に会いに行く旅に出た。

少しずつ佐伯のことがわかってくると共に、主人公も成長していく長編大作の上巻。

重鎮・宮本輝氏の本を読んで、その説教臭さと女性への偏見口調に閉口したことがあった。
私自身が若くとんがっていた頃だからそう感じたのだろう。
久しぶりに著者の本を読むにあたって、姿勢を正して拝読しなければと思っていたが、
30歳の男性が主人公だからか読みやすく、すいすい進む。
だが、あちこちに光り輝く表現がちりばめられていて、うっかり読み飛ばしてしまいそうになる。
ゆっくり読み進めると、今なら著者の言葉がすぅーっと心に入ってくる。

「現代人には二つのタイプがある。見えるものしか見ないタイプと、見えない物を見ようと努力するタイプだ。」
「我々ひとりひとりの身の廻りで起こることに、偶然てものはないってことだよ。」


ポトフはじっくり丁寧に煮込んだ方がおいしくなる。
志ん生が花開いたのは60歳になる頃から。
苗木を植えてから長い年月をかけて森となる。

何事も長い時間耐えた後に実になる--そんなの誰でもわかっていること。
そういうところが昔は説教臭く感じてしまったのだろう。
何も成し遂げてもいない、ただのわがまま娘だったくせに。
でも、今もたいして成長はしていないが、素直に聞ける。
それは私が歳を重ねたからか、著者のストーリー運びがうまいからか。

何より主人公が好感が持てる。
父親との確執、反抗、飽きっぽさ・・・どこにでもいそうな等身大の男性が戸惑いながらも
成長していく過程を、いつの間にか微笑ましく見守っている自分がいた。

そして、主人公が丁寧に作るポトフがとにかく美味しそうで、作ってほしいと切に願ってしまう。
借金取りの旅で終わるのかと思ったら、そうではないらしい予感が・・・
下巻も期待したい。

2011年12月9日金曜日

開かせていただき光栄です

開かせていただき光栄です
皆川 博子著
早川書房

週刊文春2011ミステリーベスト10で国内部門3位に入った本。18世紀ロンドンが舞台の極上ミステリー。読ませていただき光栄です。




舞台は18世紀のロンドン。
外科医で解剖学教室を主宰するダニエルは、墓あばきから買った貴族令嬢の死体を解剖していた。
そこに警察が踏み込んだため死体を隠したが、なぜか違う死体が次々と現れてくる。
一方、田舎で暮らしていた薄幸の少年詩人・ミカエルは、古い書物を携えロンドンに上京した。
解剖学に熱中するあまり周りが見えなくなる教授。
緻密画が得意などバラエティに富んだ弟子たち。
素朴で自尊心の強い才能あふれる若き詩人。
盲目の判事。
判事の姪であり目となる優秀な助手。
など、個性豊かな登場人物たちが織りなす極上のミステリー。
著者は1930年生まれ。

鍵屋さんのお話と勝手に思って読み始め、面食らってはいけません
登場人物の名前がカタカナだ、翻訳ものか?と思うでしょうが、違います。
妊婦の死体の解剖から始まるのでグロテスク過ぎて読めないかもと思っても大丈夫です。
冒頭、登場人物がたくさん出てきて頭がこんがらがり、
この本面白いのか?と不安に思っても心配ありません。(以上、全て経験談)

コミカルな場面でクスッと笑えると思ったら、シリアスな場面にせつなくなる。
応援したくなったり、理不尽な出来事に腹を立てたりする。
いつの間にか本の世界に引きずり込まれていた。
貴族の令嬢が出てきたり、食事・道行く七面鳥・女性たちの化粧や風俗、
羊皮紙を革装した書物など、18世紀にタイムスリップしたかのように感じられる。
そして二転三転する高度な謎解きに、最後には納得する。
とにかく盛りだくさんのサービス満点の本であった。

読み終わってふと、これは後世に残る傑作なのではないかと気付いた。
私も十分堪能したが、教養があり尚且つ英語に造詣の深い方ならもっと楽しめるのではないか。
それほど奥深く、言葉遊び、シニカルな笑いなどがちりばめられていた。
きっと私が気付かない面白さがまだまだあるのだろうと思い、いつか必ず再読すると誓う。

しかし、なぜこの作品が今年の3位なのか解せない。
「1位じゃダメなんですか?」と仕分けしたくなる。
そして「読ませていただき光栄です。」と心から言いたい。

2011年12月7日水曜日

バブル獄中記

バブル獄中記
長田庄一著
幻冬社


一代で東京相和銀行を築き上げた長田庄一氏の110日間東京拘置所滞在記。



長田庄一氏は、尋常高等小学校を卒業後15歳で単身上京し、
戦後貸金業から一代で東京相和銀行を築き上げた。
2000年に見せかけ増資の疑いで逮捕、東京拘置所に拘留され、
110日間にわたって拘置所生活を送った。
この本は、その拘置所内部・生活・取り調べなどを綴った獄中記である。

東京拘置所。
右斜め前に立つマンションに住む友達を訪ねたことがあった。
上階にある友達の部屋から拘置所の全貌を見ることができた。
拘置所の裏に職員宿舎があって、当時小娘だった私は、
凶悪犯と同じ敷地内にいるなんて職員の家族たちは夜ぐっすり眠れるのかな?と疑問に思っていた。

娑婆暮らしの長い、というか塀の外しか知らない私は、
そんな近くて遠い存在の拘置所に興味を持ちこの本を読んでみた。

女性検事とのやりとりが興味をひく。立場上対立している二人なので、どちらも譲れない。
違う場所で出会っていたら、二人はいいコンビになれたのかもと想像する。
“小娘”検事に対して「イライラして生理かな?」
などとつぶやくのもこの年代の立志伝中の人物らしく面白い。

でも、やはり戦争を体験してきた人は精神的にも肉体的にも強いと改めて思う。
食事、気候、睡眠など、戦時中より拘置所の方がましだというのは、重たい言葉だった。
麦飯は苦手だったようだが。
心を強く持たないとおかしくなってしまうような環境の中、77,8歳という年齢で
たくましく過ごすというのは心底凄いと思う。
「自由が制限されているこんなところでは日常生活のあらゆる面に、昔物資不足の時代に考え出した生活の知恵、その過ごし方が役に立つ。」
便利さに慣れてしまった現代人にはなかなか難しいことに思える。

蚊やゴキブリとの闘いもまた面白く書いてあって、
数多の波を乗り越えてきた御仁も虫にはてこずるかと、くすっとさせられた。

また、長田氏は、バブル崩壊直前に大口不良融資先からの緊急回収を命じたという。
そのおかげでその時は経営危機を回避できた。
札束が狂喜乱舞していた時に、自ら引くというのはなかなかできるものではない。
やはり一時代を築いた人は臭覚が鋭いのか、培ってきた経験の賜物か。


どうしても気になってしかたのないものが、拘置所に置いてあるという
「灰色をした安物の粉歯磨き」。
そんなものが今でもあるのか、とても気になる。
直接歯ブラシにつけるのか、それとも振りかけるタイプなのか。
枝葉末節にこだわってしまう私であった。

2011年12月5日月曜日

九月が永遠に続けば

九月が永遠に続けば
沼田まほかる著
新潮社

「まほかる現象」を引き起こした話題の衝撃作。デビュー作にして「ホラーサスペンス大賞」受賞作。なせ、著者はこんなにも読者を苦しめるのだろうか。



精神科医の夫は私を捨て、夫の患者であった女性と歩む人生を選んだ。
それから8年、私は高校生の息子と二人、肩を寄せ合って生きてきた。
15歳も年下の男の体に溺れてつかの間の幸せを味わったりもした。
最愛の息子はあの夜、ゴミを捨てに行ったきり、戻ってこなかった。
それ以来私は、息子を求めて探しまわる。

「まほかる現象」と著者の略歴
この「九月が永遠に続けば」は、2004年に「第5回ホラーサスペンス大賞」を受賞したが、
2万部で動きが止まったままだった。
今年に入り「おすすめ文庫王国 国内ミステリー部門第1位」という帯を付けて販売したところ、
爆発的に売れて、60万部を突破した。
1948年生まれの著者は、若くして結婚し息子1人をもうけ、
普通の主婦をしていたところ、母方の祖父の寺の跡を継いで僧侶となる。
その後離婚し、建設コンサルタント会社を立ち上げたが、倒産。
人と接触しなくて済む小説家を目指そうと思い、55歳で執筆したこのデビュー作が大賞を受賞した。
(週刊新潮12/8号の記事をはにぃが要約・加筆)

前半は息子を求めてさまよう憐れな母の姿に胸を痛めていたが、
このままでは終わらないのが「まほかる」なのだろう。
本を読み始めるとその世界にどっぷりつかってしまう私は、
中盤から不快感・嫌悪感そして息苦しさに何度も本をパタンと閉じる。
もう読むの止めようかと思う。
でも、著者の筆力がそれを許してくれない。
目をそらそうとしても、目の前に突きつけてくる。
なぜ著者はこれほどまでに私を苦しめるのだろうか。
娯楽のために本を読んでいるのに、精神的にも体力的にも消耗させられる。
私は何のためにこの本を読んでいるのだろうか。
疑問に思いながらも止められない。

読み終わった後に考える。
著者は何を書きたかったのだろうか。
ゆがんだ愛の形なのだろうか。
それとも倒錯した性だろうか。

登場人物も好感の持てない人ばかりで、感情移入もできない。
ドロドロに絡み合った人間関係、それも納得いかない。
でも、なぜか惹きつけられて一気に読まされる。

描写がリアルだからだろうか。人物の服装・食事の作法・家の中の様子・・・
それらが、まるで映像を見ているように頭の中に入り込んでくる。
人の心を捉えることに秀でている著者の筆力の賜物なのか。
特に心を病んだ人物の描写は鬼気迫る。
もつれた髪にこびりついた汗と脂、それが垂れ幕のように顔に覆いかぶさって
唾液で肌に張り付いている様子はありありと思い浮かんでしまい、消し去るのに苦労してしまう。

好き嫌いがはっきり分かれる衝撃作、問題作であるが、
著者の才能には感服せざるを得ない。

2011年12月2日金曜日

おさがしの本は

おさがしの本は
門井慶喜著

図書館で働いている主人公が、本にまつわる無理難題を解決していくストーリー。ライトノベルのようにさらっと読める。



連作短編集。
主人公の和久山隆彦は、図書館で働き始めて7年、
今は相談を受け付けるレファレンス・カウンターで働いている。
そこに、女子大生が課題についてわからないと途方に暮れて泣きついてきたり、
50年近く前に忘れていったうろ覚えの本を探してほしい、といった問題を解決していく。
そんな中、財政難から図書館の存続が危ぶまれるという問題が起きる。
果たして、結果は・・・。

問題を解決していく過程が、回り道ながらおもしろい。
こういう思考でこう調べるのかという過程は参考になる。

大きな図書館ならいざ知らず、普通の財政難の市立図書館にレファレンス・カウンター(しかも暇そうな)なんてあるのだろうか?質問あるなら、貸出カウンターの人に聞くけどな、
などと考えてはいけない。
突っ込みどころは満載ながら、軽く最後までさらっと読める本であった。
ミステリー、恋の予感、ちょっとした知識、等が少しずつミックスされたライトノベルのようだった。

主人公は「図書館など、単なる貸本屋か、コーヒーを出さない喫茶店にすぎないのだ。」と、
役人に徹した態度で市民に対応している。
それが、図書館廃止論者の新館長と接する頃から少しずつ変わっていく。
私にとって図書館は大切な頼りになる場所だが、確かにお昼寝されている方もみかけるし、
本を返さない困った人もいるかもしれない。
もし自分の家庭の家計がひっ迫していたら、本を買うことなど考える余裕はないだろう。
その上本にも書いてあるように、市民全員が利用するわけではないのだし、
そう考えると図書館の存続や経費削減が問題になるのは仕方のないことなのかもしれない。

でも、わくわくしながら本を選んだ子供時代、
古典と言われるものを読み漁っていた中高生時代、
課題の調べ物をしていた大学時代
数少ない日本語の本を片っ端から借りていた海外在住時代と
図書館とは切っても切れない関係にあった私は、
やはり図書館はなくさないでほしいと願う。

図書館と本について考えるいいきっかけにもなる本だった。