2014年7月3日木曜日

その手をにぎりたい

柚木麻子著
小学館

お寿司を食べたくなる小説!?いえいえ、それだけじゃ終わらない。バブルの時代と共に成長していく一人の女性のせつない物語。



栃木から上京し、25歳を目前に故郷に帰りお見合いするつもりだった青子。
勤務先の社長に「送別会だよ」と、座るだけで3万円といわれる高級寿司店に連れて行ってもらった。
その店で、若い職人から白木のカウンターごしに握りを直接手渡され、刺身を載せただけではない「仕事」されている鮨を食べ、衝撃を受ける。
その寿司の味と、職人の手に惚れ込んでしまった青子は、急遽田舎に帰ることを取りやめ、不動産会社に転職する。
そして、慎ましい生活をしながら、青子はその寿司屋に通い続ける。
客と職人、カウンターをはさんでの対応。
想い続けても、それ以上の関係にはなれないのだ。
「ヅケ」も知らなかった田舎から出てきた大人しいお嬢さんが、仕事に打ち込んでいくうちに、いつしか華やかな都会の女性へと成長していく。
1983年に初めて寿司屋を訪れた日から1992年までの、一人の女性のせつない恋愛と成長の物語である。

まず、今まで読んだ柚木麻子さんの小説と違い、「浮ついた感」が全く感じられないことに驚いた。
「ランチのアッコちゃん」「伊藤くん A to E」などでは、その「浮ついた感」が小説の面白さを加速させていたのだが。
文壇暴露小説でもある「私にふさわしいホテル」の推薦文で、豊崎由美さんに「ユズキ、直木賞あきらめたってよ(笑)」と言われていたが、もしかしたら「ユズキ、本気で賞を狙ってるってよ」なのかもしれない。
(現在「本屋さんのダイアナ」で直木賞にノミネートされているので、そこで受賞するかもしれないが)

そして、この小説の舞台となっている1983年~1992年といえば、バブルの夜明け前から崩壊までである。
変貌を遂げる東京の街や当時の風俗がそこかしこにあふれ、その当時を知る者としてはとても懐かしい。
「ルンルンを買っておうちにかえろう」、ユーミンの曲、銀座のホステスやチャラい広告プランナー、地上げ、そしてバブル崩壊。
当時はまだ学生の身だったのだが、その頃のあんなことやこんなことを思い出し、感傷的になってしまった。
柚木さんは1981年生まれというからあの時代を体感していない分、第三者の目から冷静に描けたのかもしれない。

バブルに染まり、どんどん痛々しくなっていく主人公には共感できないものの、
鮨の描写が細かくて食べたくなる鮨小説。
バブルの時代を描くバブル小説。
せつない恋愛小説。
そんな多彩な顔を持った小説でもある。 

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