2012年11月29日木曜日

静おばあちゃんにおまかせ

静おばあちゃんにおまかせ
中山七里著
文藝春秋

隠していてもおばあちゃんには全部お見通しよ。



警視庁捜査一課の 葛城刑事 は、およそ警察官らしからぬ風貌と物腰で、唯一の取り柄が聞き上手。
あるきっかけで知り合った女子大生 に、事件の謎を相談して解決してもらう。
・・・と見せかけて、 は家に帰り 静おばあちゃん に謎を解いてもらっていた。
静おばあちゃん は大正生まれで、日本で20人目の女性裁判官だった・・・
本書は、そんな静おばあちゃんが活躍する5話が収録された連作短編集である。

お嬢様刑事が執事に謎を解いてもらう「謎解きはディナーのあとで」を彷彿させるが、事件はそれよりずっと大きい。
ヤクザと警察の癒着、カルト宗教の教祖の死亡、国賓である某国大統領の暗殺と社会的にも重い内容で、「おまかせ」なんて気軽にいえるような事件じゃない。

そんな物語を恋愛問題や、おばあちゃんの孫に対するお小言など軽妙な会話で和らげている。
軽いタッチで読みやすいのだが、おばあちゃんのセリフは本質をついていてドキッとする。
宗教や社会問題、法律、過去の事件についての話はこちらも神妙に傾聴してしまうほどだ。

今まで中山七里さんの小説は、音楽を題材としたミステリーしか読んでいなかったが、こういうタッチの小説もいいなぁと思った。

でも、大統領の暗殺事件の解決を警察が民間人である女子大生に頼むって!
それにはちょとびっくりした。

2012年11月27日火曜日

こちらゆかいな窓ふき会社

こちらゆかいな窓ふき会社
ロアルド・ダール著
評論社

ワクワクがたくさん詰まった宝箱のような一冊。




 


ビリーの家の近くに3階建てのボロボロの空き家があった。
ある日、売りに出されたと思ったら、家の改装が始まった。
そして「はしご不要窓ふき会社!」という文字が。
なんとそこは、キリン・ペリカン・サルが始めた窓ふき会社だった!
ロアルド・ダールの楽しい児童書。

空き家の改装中、便器から風呂桶・家具・ミシンとありとあらゆる物が窓から放り出され、挙句の果ては階段や床板まで飛び出してくる。
不法投棄・環境破壊という言葉が頭をかすめるが、驚いている間もなくキリン・ペリカン・サルが登場する。

えー!えー!の連続ですぐにお話に引き込まれてしまう。
子供じゃなくても目をキラキラさせながら本をめくることだろう。

公爵から、宮殿よりも大きい豪邸の677枚ある窓を綺麗にするよう頼まれるが、
「上二つの階は届かないだろうから、やらなくていい。」って言われたって、
キリンの首にも、ペリカンのクチバシにも秘密があるんだから、簡単にきれいにしてしまう。

「チョコレート工場の秘密」のワンカのお菓子も出てくるし、
こうなったらいいなと頭の中で空想していた、夢の世界が実現する。
登場人物たちが飛び上がって喜ぶと、こちらまで嬉しくなる。

短いお話ながら、楽しい冒険をさせてくれる。
子供だけに独占させるのは勿体無い、ワクワクがいっぱい詰まった宝箱のような一冊だ。

2012年11月25日日曜日

回廊封鎖

回廊封鎖
佐々木譲著
集英社

サラ金に追い詰められて人生が破綻した者たちが、経営破綻した消費者金融の従業員たちに報復!長編警察小説。



貸金業対策法が改正され、大量の過払い利息返還訴訟を受けて6年前に破綻した消費者金融・紅鶴
かつて 紅鶴 に勤めていた者たちが次々と殺害された。
警視庁捜査一課の警部補・久保田紅鶴 の過去を調べる。
社長一族は蓄財と資産隠しのためにいくつもの子会社を設立させていた。
その中でも何千億もの金が香港に住む長男の 紅林伸夫 に流れていた。
経営破綻とはつまり偽装解散であった。
そんな中、愛人と噂される香港女優の映画祭参加のため 紅林伸夫 も久しぶりに帰国することになった。
一方、かつての顧客・追い詰められて人生が破綻した者たちが集まって私的報復を考えていた。
果たして 紅林伸夫 の運命は・・・?

借りた者、貸した者。
返せない者、追い立てる者。
消費者金融により人生が破綻してしまったのは、借りた者だけではない。
貸した側もまた人生を狂わされる。
法的には何のお咎めもなく平然と暮らしている経営者の一族に、私的制裁を。
本書は武富士事件を彷彿させる、そんな警察長編小説だ。

個人的には、お金を借りると早く返さなくちゃと精神的に追い詰められる感じがするので、借金はしない。
そのため、理由があったとしてもお金を借りて返せなくなり、貸した人に復讐を企む人々には共感できなかった。
しかし、過酷な取立て、蓄財や資産隠し、偽造解散をし、莫大な資産を保有している者にはもっと肩入れできない。

それでも彼らの復讐計画はどうなるのかと気になり、ページをめくる手が止まらなかった。
特に後半部分は、緊迫の連続でハラハラさせられる。
そして、想像できなかった意外な展開へ・・・

はぁ、やっぱり借金はしない方がいいな。

※「警官の血」のような重厚さがあったらもっとよかったなと思う。

2012年11月22日木曜日

心を上手に透視する方法

心を上手に透視する方法
トルステン・ハーフェナー著
サンマーク出版

人の心を透視したらどうなるだろうか?




他人の心を本当に全て透視できたら・・・
愛を語り合う恋人たちは、みんな喧嘩別れしてしまうだろう。
いつもニコニコしている好感度の高い人が、実は腹黒な極悪人間だとわかり、人間不信に陥るだろう。
そう考えると、心を透視したらなんだか精神的に疲れ果ててしまいそうだ。

ただ、メンタリストDaiGoのように、読心術を使い人を楽しませたり、人間関係を円滑にするために活用するにはいいなぁと思った。(参考:DaiGoの著書『人の心を自由に操る技術』

本書は、ドイツ人の著者が行っている読心術の解説書である。

ちょっとした仕草や目の動きで相手の感情を読む。
自分の言葉や仕草で相手を誘導する。

人間観察をして練習すれば誰でもできるのだという。
ビジネスにも私生活にも生かせそうな方法だ。

○表情が感情や筋肉に影響を及ぼす・・・だったら、無理やりでも笑って暮らすのが良さそう。
○避けたほうがいい言葉・・・「本来は」など避けたほうがいい言葉を具体的に説明してくれるので納得した。
○誰かを腹立だしく思うときに、気分を良くする方法・・・α波が出ている状態で、相手をギャフンと言わせる場面を想像する。
など、すぐにでも実行できそうな情報が満載だった。

私が一番役立つと思ったのが、「生活を変えなくても思い込みで減量できる方法」。
ホテルの掃除係に、「客室を掃除するだけで運動効果があり痩せる」と伝えると、全員が生活を変えず自然に減量できたという。
「暗示は意識的であれ、無意識であれ、暗示を受け入れてその効力を信じた時にだけ効果がある」のだそうだ。
前に読んだ『超常現象の科学』 には、「本や映画にのめり込みやすい人は暗示にかかりやすい。」と書いてあった。
ならば信じてやってみよう!
自己暗示ダイエット---「私は痩せる!」と自分に暗示をかけ続けるのだ。

でも本音は自分でするより、著者のようなイケメンに痩せると暗示をかけて欲しいな。

↓イケメンの著者

2012年11月20日火曜日

世界珍本読本―キテレツ洋書ブックガイド

世界珍本読本―キテレツ洋書ブックガイド
どどいつ文庫著
社会評論社

珍本・奇本の書籍案内。どんな本にも驚かない、動じない強い精神力が養えそうな一冊。



本書は、世界の珍本奇本ばかりを集めている書店 「どどいつ文庫」が集めた衝撃の本の数々を紹介する書籍案内である。

冒頭から、「放置自転車写真集」「放置ショッピングカート写真集」など、延々とどうでもいいような、それでいて目の前にあったら好奇心からちょっと覗いてみたいような珍本が続々登場する。

その他、
「アメリカのゴキブリ」・・・たくさんのゴキブリが花に集まり、まるで花びらのように見える写真など、ゴキブリをひたすら激写した写真集。

「野外で放尿する自分の写真集」・・・女性カメラマンが大自然の中のみならず、大都会やパーティー会場・トラックの屋根などあらゆる場所で、自身の体から放出されるしずくを撮影した写真集。

「ラブドールと同居している人のお宅訪問」・・・何人ものお人形さんに囲まれた中年女性や、お人形さんと家族全員で団欒する家庭の様子が掲載されている。

そんな珍本が1ページにつき1冊紹介してあり、カテゴリー別に200冊も続く。
目がチカチカするどどいつ文庫のHPと同じように、目が白黒したり、見開いたり、眉間に皺が寄ったりしてしまう。

ところが読み進めると、免疫ができたのか慣れてきたのか、バカバカしいと思いながらも「この本読んでみたいな」と思い始めるから不思議だ。

観光地ワースト80が載っている「世界最悪旅行ガイドブック」なんて、そんな観光地には行きたくないが、どこがワーストなのか確かめてみたい。
高いお金出して購入したいとは思わないが。

本を出版するには手間もお金もかかる。
珍本をそうまでして出版する方々は、お金に余裕があるのだろうか?
採算が取れると踏んだのだろうか?
それとも、どうしても多くの人に見てもらいたかったのか?

この本を読んだら、もうたいていのヘンな本には驚かないだろう。
珍本の中に登場する人、それを出版する人、その本を購入する人、コレクションする人、そしてこの「珍本読本」を読む人、世の中には本当に色々な人がいると痛感した一冊だった。

2012年11月18日日曜日

マチルダはちいさな大天才

マチルダはちいさな大天才
ロアルド・ダール著
宮下嶺夫著
評論社

とにかく面白い。子供にかえって楽しみたい一冊。




マチルダは、3歳になる前に字が読めるようになり、4歳で村の図書館に一人で通うようになる。
子供向けの本を全部読んでしまうと、巨匠たちの文学作品を読みあさるほどの天才少女だ。
詐欺まがいの中古車販売業を営んでいる父と、ビンゴゲームに夢中で家にいない母は、マチルダに何の興味も示さない。
そんなマチルダは、5歳になり小学校へ入学した。
校長は暴君的モンスターの馬鹿でかい女だった。
女の子が自分の嫌いなお下げの髪型をしていたからという理由だけで、その子のお下げを掴んで振り回し、運動場のフェンスの向こうまで放り投げたり、尖ったガラスのかけらや釘が飛び出している狭い戸棚にお仕置きと称して閉じ込めたり、やりたい放題で誰も注意することができなかった。
しかし、担任教師のミス・ハニーは若い優しい先生で、マチルダの天才ぶりを見抜くと何とかこの子の才能を伸ばそうと努力してくれた。
不遇の天才少女が成長していく物語。

とにかくマチルダが愛らしくて、かわいい。
子供だからやられっぱなしというわけではなく、両親や校長に仕返ししようと企む。
小さいながらも早熟で聡明な女の子が、自力で困難に立ち向かっていくのだから、応援したくなるのは当然だ。

大人が読んだら、「児童虐待」「可哀想な少女」という言葉が頭をよぎるだろう。
しかし、子供はそう思わないらしい。
両親から不当な扱いを受け、仕返しをするマチルダに喝采を浴びせたり、
怖い校長をなんとかギャフンと言わせたいと考えたり、大人が思う以上にマチルダも読者の子供も強い。

極端すぎるほどのキャラクターたち、テンポよく進むストーリー、読者を引き込む魅力はさすがロアルド・ダールだなと思う。

この本を読むのに、教育的観点、大人の上から目線の解説、そんなものはいらない。
子供と同じように物語に入り込み、楽しみたい一冊である。

↓ こちらの表紙もあるようです。


2012年11月15日木曜日

自由でいるための仕事術

自由でいるための仕事術
森永博志著
本の雑誌社

好きなことを仕事にし、自由に生きる・・・そんな素敵な男性たちが登場する一冊。



本書は、楽器製作者・ステンドグラス製作者・バーガーマン(ハンバーガー料理人)など、12人の男性の働き方・生き方について著者がインタビューした一冊である。
三浦しをんさんの「ふむふむ―おしえて、お仕事!」は、好きな事を仕事にしている16人の女性たちが掲載されていたが、こちらは男性たちがときに熱く仕事について語っている。

祖父の代からの立川印刷所を引き継ぎ、地元・立川の写真集に衝撃を受けたことから、地元に根付いた写真集やフリーペーパーを発行している印刷所経営者。

人と付き合わず、一日中作業場で一人ミシンを踏みながらひたすらパッチワークに没頭しているパッチワーク職人。

宮大工の棟梁として寺社などの建築を請負いながら、スケートボードの製作販売もしている方は、木に触れるのが何より好きだという。

100年前のアメリカに魅せられて、当時の広告の絵や文字の雰囲気で看板を制作しているNUTSさんは、趣味でもやっぱり100年前のNYの店の看板を制作している。

など、どなたも紆余曲折しながら好きな事を見つけ、努力を重ねてきた。
回り道をしながらも今の仕事に就いた彼らは、その回り道も「無駄ではなかった」「今につながる」のだという。

「いいものを作りたい」
「人に喜んでもらいたい」
「本当の仕事は学校じゃ習えないものだ」

そうつぶやく彼ら。
自由に生き、自分の仕事に本気で夢中になっているやんちゃな少年のような彼ら。
そんな彼らはとても魅力的でカッコいい。(写真は掲載されていないが)

しかし、好きな事を仕事にできたらいいなとは憧れるが、現実的には生活していくだけのお金を稼ぐのは難しい。

私の好きなことといったら、ダンス・読書・食べること。
ダンスはレッスンについていくのが精一杯。
読書は読みたいものを気ままに読んでいる。
食べることは好きだが、繊細な味の違いなんてわからない。
残念ながら、そのどれもが仕事には結びつきそうにないなぁ。

2012年11月13日火曜日

真珠 (NHK美の壼)

真珠 (NHK美の壼)
NHK「美の壺」制作班編
NHK出版

様々な暮らしのシーンで優しい輝きを放ち、女性たちに愛されてきた真珠。そんな真珠の鑑賞マニュアル。



NHKで放送されている美術番組「美の壺」。
私はその存在すら知らなかったのだが、長寿番組らしい。
暮らしの中に隠れた様々な美を紹介する「美術鑑賞マニュアル」のような番組だという。
書籍もシリーズ化され、多数出版されている。
本書は、その中でも真珠の歴史や構造を美しい写真とともに解説した、真珠入門書のような一冊である。

ダイヤモンドの華やかなまばゆい輝きも私たちを魅了するが、真珠の清楚な美しさにも惹かれるのではないだろうか。
ピチピチの10代から歳を重ねた奥深い方まで幅広い年代に愛され、冠婚葬祭のみならず日常にも華を添える真珠は、私たち謙虚な日本人に一番合う宝石ではないだろうか。

真珠は
構造的には玉ねぎのようにたくさんの「真珠層」からできている。
層の厚みは0.5mm~1mm程度。
それが約2500枚も重なってあのような輝きを放つ。
また、環境を整え大切に育てても、満足のいく真珠を得る確率はわずか5%程度。

そう考えると、一層真珠が神秘的な輝きを放っているように見えてくる。

真珠は偶然貝の体内で作られた「球状の貝殻」だから、どんな貝でもその貝殻に応じた「珠」を作り出すのだそうだ。
だが貝を開いた時に、自然にできた真珠が見つかる可能性は万に一つもないという。
それでも、お馴染みのアサリやシジミ・ハマグリを食べた際、もしかしたら真珠が入っているかもと考えるとワクワクする。

もうすぐクリスマス。
愛妻家の皆様は奥様に、独身の方は好きな女性に真珠をプレゼントしてみてはいかがでしょう?
私は・・・写真を眺めてうっとりするだけで我慢しよう。

※他にも、陶磁器・和菓子・花火・染物・文房具など興味深いラインナップがあるこのシリーズ、追いかけてみたくなった。

2012年11月9日金曜日

盗まれた顔

盗まれた顔
羽田圭介著
幻冬舎

「一度覚えた顔は、忘れられない」デジタル時代にアナログ的手法は通用するのか?見当たり捜査にスポットを当てた警察小説。



見当たり捜査---指名手配犯の顔写真を見て記憶にとどめ、街中で見つける捜査。
警視庁捜査共助課の班長である 白戸 ・39歳は、そんな見当たり捜査を専門に行っている。
新宿で見つけた男は捕まえたとき「はめられたんだ」と叫ぶが、捕まえて引き渡すまでが 白戸 の仕事である。
ある日、人の顔を見るのが仕事のはずが、いつの間にか自分が見張られる立場になっていることに気づいた。
それには、中国マフィアや公安も関係しているのか・・・?
見当たり捜査にスポットを当てた警察小説。

顔のパーツの配置・目玉・耳。
その3つは歳をとっても整形しても変えられないため、見当たり捜査ではそこをポイントとして見るのだという。

主人公の 白戸 は、3000人もの顔を記憶している。
暇さえあれば手配写真を見て、脳に焼き付けているのだ。
Nシステムや防犯カメラが世の中を見張るデジタルの時代に、アナログ的手法を用いて犯人を追い詰める。
ある意味単純な仕事であるが、集中力や精神力が必要な職人のような専門性があり興味深い。

一日中街中を歩き回り、いつ現れるかわからない手配犯を探す。
ひと月に1人捕まえられればいい方だ。
無逮捕期間が長くなり、精神的にまいってしまう様子が丁寧に描かれている。

見当たり捜査という設定、アナログとデジタルの対比、先が読めない意外な展開はとても面白いと思ったのだが、前半部分に起伏のないストーリーが続き飽きてしまった。
わざわざここまで長くする必然性がわからなかった。(原稿用紙643枚分)

また、私の読解力のなさから、一読しただけでは理解できず、何度も読み直した箇所がいくつもあった。
特に最後は、どういう意図でこういった終わり方をしたのか、何回読んでも理解できなかった。

警察小説は勧善懲悪の、最後はスッキリ落とし前をつけてくれる方が好みである。
あれもこれも意欲的に盛り込むのではなく、単純でいて奥深い物語が読みたい。
しかしこの設定は面白いので、佐々木譲氏や今野敏氏に見当たり捜査を題材にした警察小説を書いてほしいなと思った。

自分の読解力不足を痛感した一冊だったので、ぜひ他の方の感想をお聞きしたいと思う。

2012年11月6日火曜日

パーネ・アモーレ―イタリア語通訳奮闘記

パーネ・アモーレ―イタリア語通訳奮闘記
田丸公美子著
文藝春秋

下ネタを連発するから通称「シモネッタ」。そんなイタリア語通訳の第一人者である著者の楽しいエッセイ。



広島生まれの著者は、6歳のときに金髪碧眼の美青年からアイスをもらい、
「英語を勉強していつかあんな王子様と直接話したい」と思う。
ノートルダム清心学園に進学し、アメリカ人シスターから徹底的に英会話を叩き込まれる。
地中海文明に憧れ、東京外語大イタリア語科に進学。
1年生の時、36名のイタリア人を12日間引率するツアーガイドを引き受ける。
本書は、その後イタリア語通訳の第一人者となり、下ネタを連発することから「シモネッタ」(故米原万里さん命名)と名付けられた著者の楽しいエッセイである。

最近は男性があまり積極的に女性にアプローチをしなくなったというイタリア人男性や、大物イタリア人とのエピソードなど、陽気なイタリア人について楽しく描かれている。

また、通訳業界の裏話も興味深い。
英語ではMr./Ms.で済む敬称が、イタリア語では大学の卒業学部・資格や叙勲などで変わる複雑さ、男性名詞・女性名詞・・・ああ、こんな難しい言語をイタリアに住んだことがない著者が操るとはすごい。

一つの言葉でも、話し手・聞き手・状況によって、瞬時に尚且つ的確に訳さなくてはならない通訳の仕事に必要なのは
まず、一般常識を含めた日本語の知識。
そして、外国語能力。
その次に、即座に嘘をつく能力を含めた「想像力」だという。
そんな本音を言っちゃっていいのだろうか?(笑)

一番気になったのが、「嘘つきは通訳の始まり」「嘘ばかりついていると通訳くらいにしかなれない」と言って育てた息子さん。
家でステーキを「円高還元!」と言っていたら、保育園の給食で大きめの肉が出たとき「円高還元」と言ったり、転んだ際涙を堪えて「自業自得」とつぶやいたりと、先生方を楽しませたという。

中学1年の保護者会で他のお母さんに
「うちの息子がお宅の雄太君に巨乳のヌード写真集を見せていただいたとか・・・」と言われ、
「うちの子に限って・・・だって巨乳は嫌いだ、手に入る小ぶりサイズが好きだっていつも言っているんですのよ。」と返すシモネッタ。
そして帰宅して息子に
「ヌード写真集を友だちに見せるくらいなら、まずパパに見せてあげなさい。」
その話を聞いた米原万里さんは「まあ、ただでお見せしたんですの?と言うべきよ。」
他の通訳仲間は「あら、いつ私のヌード写真集を持ち出したのかしら、恥ずかしいわって言えばよかったのに。」
息子は「だから通訳の母親なんて欲しくないんだ。最低だ。」

そんな息子さんはどんな大人になるのだろうと思ったら、
東大在学中に最年少で旧司法試験に合格と、人並み以上に立派になられていた。

田丸公美子さんの本は初めて読んだのだが、この楽しさのはクセになりそうだ。

2012年11月4日日曜日

貴婦人Aの蘇生

貴婦人Aの蘇生
小川洋子著
朝日新聞社

哀しくも温かい物語。


新郎は母の兄である伯父さん、51歳。
新婦は亡命ロシア人である青い瞳のユーリ伯母さん、69歳。
結婚後、伯父さんの趣味である剥製だらけの洋館で仲良く暮らしていたが、伯父さんが心筋梗塞で死亡した。
21歳の大学生である私が、伯母さんと洋館で暮らすことになった。
伯母さんは、ロシア最後の皇帝ニコライ二世の四女アナスタシア皇女であるという噂がたつ。
果たして、二人の暮らしはうまくいくのか、また伯母さんは本当に皇帝の娘なのか。


独特のキャラクターが登場する小川洋子さんの小説の中でも、特に個性的な人物がたくさん登場する。
亡くなった伯父さんは、把握しきれないほどの剥製を家中に置いていた。
伯母さんは、その剥製に震える手でお世辞にも綺麗とは言えない刺繍をする。

そして、主人公の恋人は強迫性障害を患っていて、ドアの前でグルグルと8回転し、扉の四隅を親指で押さえつけ、めいっぱいジャンプするという奇妙な儀式をしないと入ることができない。
途中でわずかなズレでもあると最初からやり直すほど徹底している。

一見突飛でユーモラスな設定に思えるが、小川洋子さんの柔らかい文章に包まれ、物語は静かに進行する。
場所や設定も曖昧なのだが、妙なリアリティがあり、心の中にすっと溶け込んできた。
噛み合わない登場人物たちがいつしか一つにまとまって、素敵な物語を織り成していく。
そして、いつのまにか登場人物たちを愛おしく感じていた。

哀れみを感じ、温かい気持ちにもなる。
おかしくもあり、せつなくもなる。
そんな心に残る物語だった。


※個人的には、こちら↓の単行本の表紙の方がふんわりしたやさしい雰囲気が出ているように思う。

2012年11月1日木曜日

家守綺譚

家守綺譚
梨木香歩著
新潮社

秋の夜長にぴったりの物語。



売れない作家、綿貫征四郎 は、亡くなった親友 高堂 の父親から、
隠居するので実家の守をしてくれないかと頼まれる。
渡りに船の話に飛びついて、その家に住むことにした。
庭の手入れはご随意にと言われたので、全く手をかけない。
「私の本分は物書きだから」と非常勤講師の職も「辞めてやった」。
そんな 征四郎 が四季折々の自然と共に暮らす様子が描かれている。


冒頭から、亡くなった親友の 高堂 が屏風の中から現れる。
そんな出来事に遭遇したら悲鳴を上げて逃げ惑うような気がするが、
そんなこともせず「どうした高堂。会いに来てくれたんだな。」と受け入れる 征四郎
庭のサルスベリに惚れられて「木に惚れられたのは初めてだ」という。

そんな超常現象ともいうべき出来事を、すんなり受け入れる征四郎の姿を読んでいると、
読み手の私も疑問を持たずにクスクス笑いながら読み始めた。

そこで、「どうして死んだ人間が屏風から出てくるのか?」「なぜ木が人に惚れるのだろう?」と頭が??でいっぱいになる方にはこの物語は受け入れにくいだろうと思う。


夏目漱石を思い出すような文章で、美しい日本語の中に紅葉・啓蟄、など日本の四季が織り込まれている。
読んでいると清々しい空気の中、澄んだ池のほとりを散歩しているような気分になった。

主人公のどこかトボけた様なおかしさ、その中にある暖かさも魅力的である。
まるで、大人のための童話集のようだ。


静かに進みながらクスクス笑いが混じっているような物語、秋の夜長に読むにはぴったりの本だった。