2014年3月26日水曜日

アルモニカ・ディアボリカ

皆川博子著
早川書房

天使の声と呼ばれた楽器・アルモニカ。いつしかそれはアルモニカ・ディアボリカ(悪魔の楽器)と噂されるようになった。「開かせていただき光栄です」から5年、18世紀の英国に天使が舞い、悪魔の楽器が鳴り響く!




18世紀ロンドンの解剖学教室を舞台にした極上ミステリー・「開かせていただき光栄です」の続編。
前作「開かせて~」は、解剖医ダニエルが主宰する解剖学教室を中心とした話だったが、今回は盲目の治安判事、ジョン・フィールディングを中心として描かれている。

あれから5年。
解剖医ダニエルの弟子・アルやクラレンスらは、盲目の治安判事サー・ジョンの下で犯罪防止のための新聞の編集に携わっていた。
ある日、採掘場で発見された死体の情報提供を求める広告依頼の仕事が舞い込んだ。
その死体の胸には「ベツレヘムの子よ、よみがえれ! アルモニカ・ディアボリカ」という謎の文字が刻まれていた!

調査を進めるうちに、国王や貴族たちの乱痴気騒ぎの場で起きた事件が関係しているらしいことがわかる。
そして、発見された手記により、精神病院で生まれ育ったナイジェル・ハートの凄惨な過去も明らかになっていく。


馬車や怪しげな見世物小屋など当時の様子が緻密に描写され、違和感なく読者を18世紀の英国にタイムスリップさせてくれる。
今回も458ページと長編ながら、一気に読まずにはいられない魅惑的な物語だった。
階級社会、犯罪捜査の限界、貴族たちの身勝手な隠蔽工作、そして判事としての職務と良心との間で悩む判事の苦悩・・・
縦横無尽に張り巡らされた伏線が見事にまとまり、事件の全容が明らかになっていく過程はさすが皆川博子さんである。

アルモニカという楽器も本書通りベンジャミン・フランクリンが実際に発明したものであり、実在した人物も登場する。
そして史実が所々に挟まれているので、実際にこんな事件が起きていたのではないかと思うほどである。

ただ、登場人物に愛着が湧いていたファンとしては、なかなかこの結末は受け入れがたいのである。
「開かせて~」は人体解剖という題材ながらコミカルな雰囲気が漂っていたのだが、今回は胸が痛む場面が多く、読んでいて辛かった。
時折出てくる英国の歌、そしてアルモニカが奏でる天使の音色が、一服の清涼剤になったのだが。
もしまた続編があるのだとしたら、幸せな結末を期待したい。


※読み終わり、あらためて表紙を眺めてみると、とても芸が細かいことに気付く。
青い花・ガラスの器・天使の羽・・・
そして「開かせて~」の表紙は胸を開いていたが、今回は背中を開いている。
赤と青の対比も面白い。
「開かせていただき光栄です」の表紙

2014年3月22日土曜日

日本語に生まれて――世界の本屋さんで考えたこと

中村和恵著
岩波書店

好きなだけ本が読めるって幸せなことなのだ。世界を回って考えた「本」のこと。



著者は比較文学者という職業柄、世界中を飛び回っている方である。
どこへ行っても博物館・美術館の他に、本屋さんや図書館まで訪れるという。
そして、本を買いまくりダンボールで送るという筋金入りの本好きだ。
そんな著者が、世界各地を回りながら考えた「書物」についてのエッセイである。
あちこちに話題が飛ぶので旅の雑記帳のような雰囲気ではあるが、本や電子書籍・書店の未来について考えていく。

食を考えるエッセイ「地上の飯―皿めぐり航海記」を読んだ時にも思ったのだが、どうも私はこの著者の文章とは相性が悪いようだ。
文章が独りよがりのように感じられ、話題もあちこちに飛ぶので読みにくいのだ。
それでも内容的には面白く、読みにくさは感じても苦痛ではない。

何もなくて呆然としてしまうトンガの本屋さん。
「本の値段がわからないから売れない」というドミニカ島の雑貨屋兼本販売所の店員。
呪いの方法が書いてあり、代々受け継がれる秘密の本。
そんな面白い話題の合間に、植民地、人種差別、原発、言語、日本人と日本語など、著者が考えたことが多岐にわたって綴られていく。

世界には、母国語で教育が受けられない国、母国語の出版物がほとんどない国がたくさんあり、消えかかっている言語もたくさんある。
家でも外でも日本語を使い、日本語の出版物が溢れているこの日本が、世界から見たら特殊であり、いつでも好きな本を読める環境にあるということが幸せなのだとあらためて教えてくれる。

積読本の消化もできず、あれも読みたいこれも読みたいと図書館に目一杯予約を入れ、「読みたい本があり過ぎて困るぅ~~~」と言っている私は、なんて贅沢なのだろう。


世界の出版市場のおよそ1/5を日本が占めるという、出版先進国の日本。
先日、紙の書籍だけに認められていた「出版権」の対象を、電子書籍にも広げる著作権法改正案が閣議決定された。(2015年1月施行予定。)

著者がいて、出版社があり、編集者がいて、校閲があり、そして本屋さんがある。
当たり前のように日本語の出版物があふれ、私たちは楽しむことができる。
そんな世界が、この著作権法の改正・電子書籍の氾濫で変わってしまうのだろうか。
本好きの一人として、いつまでも本が溢れる世の中であってほしいと願う。

2014年3月18日火曜日

代書屋ミクラ

松崎有里著
光文社
 
泣き虫の妄想王子、只今参上!!あなたはこんな王子様お好きですか? 
 
 
 


主人公のミクラは代書屋さん。
研究者たちの論文の執筆を代行するのが仕事です。
講義や試験、それに会議や学会で忙しい、文章を書くのが苦手、怠惰・・・
研究者たちは様々な理由で代書屋さんに依頼します。

ミクラはまだ駆け出しのペーペーです。
だから先輩代書屋さんのトキトーさんに、よく仕事を紹介してもらっています。
でも、トキトーさんが紹介する仕事って何かしら難点があるのです。
高飛車な態度をとられたり、薄毛を必要以上に気にする研究者だったり・・・

本書は、5話からなるユルユルとした不思議な雰囲気の連作短編集です。
この主人公のミクラがとってもかわいいのです。
20代男性をかわいいと言うのもちょっとヘンですが(^^;

ミクラは気が弱く、研究者たちの理不尽な要求に文句も言えず黙って従います。
脳内では激しく妄想していますが。
また、若くして亡くなった過去の数学者の経歴を読んだだけで「きっと結婚したかったんだろうな。」と泣いてしまうほど、とても涙もろいのです。
そして、ちょっとしたことから妄想が始まり、脳内劇場を開幕してしまう 妄想王子なのです!
自分で作り出した「アカラさま」という神様や、サボテンと会話しながら妄想が炸裂していきます。

ある方が「キュンキュンして癒され悶える本」とおっしゃっていたので、いい男大好きな私は、猛烈に読みたくなって手に取りました。
キュンキュンしなかったらどうしようと不安を抱えながら。

結論から言うと、「かわいい」「いい子」とは思うものの、残念ながらミクラにキュンキュンすることはできませんでした。
個人的には、優しくて、それでいてもっと肉体派の強い男、男性ホルモンがムンムンしているような男が好みなのです。
具体的には・・・(長くなるので以下自粛。)

その点、このミクラはちょっと頼りなさすぎます。
好感は持てますが、かわいい弟、かわいい息子のように感じて、恋愛目線でみることはできなかったのです。

それと私は一人の女を想い続ける一途な男が好きなのですが、ミクラはとっても惚れっぽいのです。
お花屋さん、床屋さん、パン屋さん・・・次々と恋に落ちては妄想し玉砕する・・・
お前は寅さんかっ!!と突っ込みたくなるほどです。
移り気すぎて、ちょっと残念に思いました。

なんだか私の理想のタイプを発表する場みたいになってしまいましたが、あなたはこんな妄想王子どう思われますか?

2014年3月15日土曜日

夢幻花

東野圭吾著
PHP研究所

黄色いアサガオだけは追いかけるな。追い求めると身を滅ぼす夢幻花だから。



この「夢幻花」を読むまで全く知りませんでしたが、アサガオほど形態が多種多様に変化した植物は他にないそうです。
それから、江戸時代にはあったとされる黄色いアサガオは、現在再現できず、幻のアサガオとも呼ばれているそうです。
そんなアサガオを題材とした東野圭吾さんのミステリーです。

かつて植物を研究していた祖父の家で、孫の 梨乃 は黄色い花の写真を見かけました。
でも、なぜかこの花の事は二人だけの秘密にして欲しいと祖父に言われるのです。
そしてその祖父が、自宅で殺害されてしまいました。
その上、黄色い花の鉢植えもなくなっていたのです。
梨乃は、家庭で疎外感を抱いている大学院生の蒼太と知り合い、二人で「黄色い花」の謎を追いかけていきます。

昭和30年代に起きた無差別殺人事件、中学時代の淡い初恋、人気バンドのメンバーだった従兄弟の自殺、そして黄色い花。
一見無関係なそれぞれの事柄が、読み進めるにつれ少しずつ繋がっていきます。
そして偶然と思えたことが、必然だったのだとわかるのです。

あれがここに繋がるのか。
だから、ああだったのか。
そう気づいてスッキリするとともに、やっぱり万人受けするエンターテインメントミステリーだと思いました。

東野圭吾さんの小説って、気軽に読めてあまり余韻を引きずらないんですよね。
大人気なのは納得します。
でも、東野さんの小説だからきっと面白いに違いないとハードルを上げて読み始めると、「あれれ??」と残念に思うときもよくありますが(笑)、この本は私にとって当たりだったのでした。

2014年3月12日水曜日

美雪晴れ―みをつくし料理帖

髙田郁著
角川春樹事務所



水害で両親を亡くし天涯孤独の身となった主人公の
故郷・大坂での料亭修行を経て、今は江戸・神田の料理屋「つる家」の調理場で、腕をふるっている。
店主を始めとした温かい人々に囲まれながら日々精進しているのだが、そんな健気な澪を次々と試練が襲う・・・
美味しさと優しさに包まれた「みをつくし料理帖シリーズ」の9作目である。

澪と読者を散々苦しめてきたこの物語だが、今回は嬉しい出来事もあり、まだまだ試練の連続ながら読者は一息つくことができるのではないだろうか。

「ちょんと山葵をつけて」「旨いと身を捩る」「丸い目をきゅーっと細める」といった料理の美味しさを伝える表現が上手いので、食べたくなってしまうシリーズでもある。

今回も「焼き蒲鉾」や「蓮根と蕪で作ったもち」など、体にも心にも優しそうな料理が出てくるのだが、これがまた手が込んでいる!
魚を30分以上すり鉢でする、蓮根と蕪をすりおろす・・・
著者の高田郁さんは、小説に出てくる料理全てを実際に作って研究しているという。
腱鞘炎になったこともあるらしい。
今回も大変苦労なさったのではないかなぁ。
食べることは大好きだが、めんどくさがり屋の私は作ることを想像しただけで気が遠くなりそうだ。
誰か作ってくれないかな・・・

大好きなこのシリーズも次の10巻目でおしまいだという。
もうすっかりこの物語に馴染み、登場人物それぞれを親しい友人や知人のように思えてきたのに、とても残念だ。

「寒中の麦」----過酷な状況でも青々と育つ麦のごとく----と言われた澪だが、もう十分すぎるほど辛い経験をしてきたのではないだろうか。
だからきっと、最終巻では嬉し涙を流せるだろうと期待している。

2014年3月10日月曜日

オーダーは探偵に グラスにたゆたう琥珀色の謎解き

近江泉美著
アスキー・メディアワークス
 
日常の謎を解く楽しい喫茶店ミステリー。・・・のはずが大事件勃発!?

 


すこし癖のある柔らかな黒髪に、甘く柔和に整った顔立ち。
スラリとして手足は伸びやかで、その佇まいには品がある。
眼鏡の奥にある瞳は理知的で、深い知性を窺わせる。
まるでおとぎ話に出てくる王子様のような類まれな容姿と聡明さを持つ高校生。
しかし、口を開けば毒舌を吐く意地悪な奴。
そんな高校生探偵が活躍する『オーダーは探偵に―謎解き薫る喫茶店』『オーダーは探偵に 砂糖とミルクとスプーン一杯の謎解きを』に続く、楽しいミステリーの第3弾。

大学生の美久は、吉祥寺の喫茶店「珈琲 エメラルド」でアルバイトをしている。
そこの壁には【貴方の不思議、解きます】と書かれた紙が貼ってある。
天才的な探偵が、ある対価と引き換えに謎を解いてくれるのだ。
その探偵とは、店長の弟の高校生。
王子様のような美しい少年だが、口を開けば毒舌を吐く意地悪なヤツ。
しかも、実はこの喫茶店のオーナーだった!

ドジで人がいい女子大生と、意地悪なドS王子の高校生探偵が、
亡くなった恋人が残した「僕は夏にまた君に恋をする。その時君に渡したいものがある」という不思議な言葉の意味を解明したり、
掃除の最中バックヤードに閉じ込められてしまったり、
といった日常の謎を解く、ありがちな楽しいミステリーだと思っていたら・・・
なんと、警察も介入するような大きな事件が起こってしまうではないか!
楽しいコージー・ミステリだと思っていたのに!

昔の携帯電話を大切に持っている理由、両親のこと、二人の仲は恋愛に発展するのか・・・などなど、まだまだ気になることが目白押しで続きが待ち遠しい。

著者は、このシリーズを書き始めてから日夜心に残る「素敵な罵詈雑言」を考えているという。
そのため、思考回路がそちらに寄っていくので困っているらしい。
それにしても、「素敵な罵詈雑言」ってどんなのだろう(笑)

2014年3月7日金曜日

伊藤くん A to E

柚木麻子著
幻冬舎



A:伊藤くんに邪険に扱われながらもひたむきに想い続けるデパート店員。
B:伊藤くんに好かれてしまい、ストーカーじみた行為に迷惑している塾の受付アルバイト。
C:親友が伊藤くんを好きと知っていながら、伊藤くんの童貞を奪ってしまうケーキ屋店員。
D:憧れの伊藤くんに処女は重いと酷いことを言われ、焦って体験しようとする後輩。
E:一世を風靡しながら、落ち目になってしまった伊藤くんの先輩シナリオライター。

それぞれ少しずつ交差している、年齢も職業も様々な5人の女性から見た「伊藤くん」を描いた連作短編集。


塾講師のアルバイトをしながらシナリオライターを目指している。
顔はいいが、プライドが高くて友達がいない。
自分のことで頭がいっぱいで周りが見えていない。
そして童貞。
そんな伊藤くんは冒頭から暴走し、女を振り回していく。

長年自分に片思いしている女を邪険に扱い、相手の気持ちを考えずに「好きな女ができたので相談に乗ってくれ」とのたまうのだ。
あまりに自分勝手な伊藤くんに頭きて、「いい加減にしろ~ヽ(`Д´)ノ」と本を投げ出したくなってしまった。
でも、「まぁまぁ、落ち着いて。まだ始まったばかりだから。もう少し先を読んでみようよ。伊藤くんの違う一面が出てくるかもよ。」と自分で自分を宥めながら読み進めたのだ。

するとだんだん伊藤くんのことが可哀想に思えてきた。
女たちは本音でぶつかり、伊藤くんに傷つけられ、そして立ち直っていく。
きっとそれを糧に明るい未来へと羽ばたいて行くのだろう。
でも、伊藤くんは自分が傷つかないように安全な場所にいて、ただ眺めているだけ。
そんな「苦難の経験値が低い人」って、かえって可哀想だと思うのだ。
そうは思っても、こんな男がもし身近にいたら近寄りたくないが。

ところで伊藤くんもイタいが、女たちもそれぞれ周りが見えず突っ走っている。
そういったことは、誰にでも心当たりがあるのではないだろうか。
後で振り返ってみると、顔が赤くなるような恋愛の苦い思い出。
・・・もちろん私も含めて。

2014年3月4日火曜日

ビブリア古書堂の事件手帖 (5) ~栞子さんと繋がりの時~

三上延著
KADOKAWA/アスキー・メディアワークス

少しは栞子さんのこと好きになってきたかも。ビブリア古書堂シリーズの第5弾。



北鎌倉の駅前にひっそり佇む古本屋「ビブリア古書堂」。
その店主である 栞子さん は、極度の人見知り&内気だが本に関しての膨大な知識を持ち、古書に関する謎ならたちまち解いてしまう。
そんな大人気の「ビブリア古書堂シリーズ」の第5弾。
今回も「彷書月刊」や、手塚治虫、寺山修司にまつわる謎を見事に解決していく。

いつもは、本が読めないアルバイト 五浦大輔 の視点から語られているのだが、今回はそれに加えて「断章」として短いながらも、せどり屋の志田、栞子の親友である滝野リュウ、そしてなんと栞子さんの視点からも語られている。

その新たに登場したリュウちゃんが、いい味出しているのである。
栞子さんの中学時代からの親友なのだが、栞子さんと違って明るく活発で口が悪い。
栞子さんのことを「おっぱいメガネ」と呼ぶのだ!!
「もじもじプレイは私のいないところでやってください。」とも!!
よく言った!と拍手したくなった。

私はこのシリーズの大ファンではあるが、ヒロインの栞子さんのことを好きになれなかった。
大人しく清楚で美人で巨乳・・・男の理想の女を勝手に作り上げたように感じてしまうのだ。
女は大人しくたって、もじもじしてたって、心の中ではあんなことやこんなことを考えているのに!!
でも、リュウちゃんにバシッと言ってもらってスッキリした。
栞子さんが一人称の語りで胸の内を明かしたこともあり、少しは栞子さんのことを好きになってきたかもしれない。

そしてこの終わり方!!
いつも以上に続きが気になるではないか。
著者の三上延さんは、巨乳だけでなく焦らすのも好きなのか!

それにしても、「エプロン越しでも見て取れる豊かな胸」などという表現は必要なのだろうか。
そういう男目線がなければもっといいのになぁ。

※参考
古書という題材を新鮮に感じすぐに夢中になった第1弾:
『栞子さんと奇妙な客人たち』
男目線で描かれている栞子さんに少し鼻白んだ第2弾:
『栞子さんと謎めく日常 』
萌え表現も少なくなりすっかり虜になった第3弾:
『~栞子さんと消えない絆~』
ファンとして夢中で読んだ第4弾:
『~栞子さんと二つの顔~』

2014年3月2日日曜日

失われた名前 サルとともに生きた少女の真実の物語

マリーナ・チャップマン著
宝木多万紀訳
駒草出版

野生のサルの群れの中で生き抜いた少女。なんとたくましい生命力だろうか。



木の上で娘とともに微笑む初老の女性。
写真の中のその女性は、幼い頃サルの群れの中で育ったという。
そう聞いてすぐに、これは本当に実話なのだろうか思った。
オオカミに育てられたという「オオカミ少女」は嘘だったというし、
全聾だという作曲家の疑惑も世間を騒がせている。
もしかして、眉唾物なのだろうか。
そんな疑いを抱きながら読み始めたのだが、すぐに引き込まれてしまった。

コロンビアで生まれたマリーナ・チャップマンは、5歳頃に誘拐され、ジャングルに置き去りにされてしまう。
(彼女にはそれ以前の記憶がほとんどないため、正確な名前も年齢も生まれた場所もわからない。マリーナというのは、14歳頃自分でつけた名前である。)
そこでサルの群れと出会い、寂しさから近くに寄り添って暮らした。
サルと同じように尻を苔で拭き、サルたちが食べるものを同じように食べと、「サルまね」をしていくうちに、いつしかマリーナは彼らに家族のような感情を持つようになっていった。

そして、サルの鳴き方にもそれぞれ意味があることを学び、友達のような仲間もでき、ジャングル生活に慣れてきたある日、ジャングルで出会ったハンターに連れられて、人間の世界に戻ることになった。
(ジャングル生活は5年ほどらしい。)
しかし、人間界はジャングル以上に過酷な世界だった。

売春宿に売り飛ばされ、逃げ出し、ストリートチルドレンとなる。
犯罪一家の家庭でこき使われ、修道院へ逃げ込む。
と、大自然とは違った危険に向き合わなくてはならなかった。
また、文字通り野生児だったマリーナは、言葉や、清潔・行儀の概念がわからず苦労しながら成長していく。

なんというたくましさだろうか。
幼い少女が孤独に耐えながら、自らの手で生きていく術を学んでいく姿に、素直に感動した。
また、人間から見たサルの世界と、サルに同化した少女から見た人間の世界との対比も、興味深い。

あまりの過酷さに、読んでいて辛い箇所も多い。
しかし、娘夫婦や孫・優しそうな夫に囲まれて微笑むマリーナの写真が掲載されているので、読者は現在の彼女が幸せに暮らしていることを知っているのである。


マリーナ一家は子供が小さい頃、お互いサルの鳴き真似をしたり、髪の毛づくろいをしていたという。
そんな微笑ましいエピソードに頬が緩む。
60歳を超えた今でも、昔を思い出して木に登ることもあるというマリーナ。
彼女の幸せそうな笑顔を見て、本当によかったと胸を撫で下ろす。

このマリーナの感動的な半生が、真実だと私は信じたい。

※本書は、マリーナの話を何年にもわたって聞き取った娘がまとめた草稿に、ゴーストライターたちが手を加えたと明記されている。
また、修道院を出て希望の光が見えてきたところで終わっていて、続きを執筆中なのだという。
きっと続編は、もっと明るい話が続くのだろう。
楽しみに待ちたい。