2013年8月23日金曜日

調律師

熊谷達也著
文藝春秋

ピアノの音にニオイを感じる---そんな共感覚を持つ調律師の悲しみ。



共感覚・・・五感に対して一つの刺激が与えられたとき、別の感覚も同時に引き起こされる知覚現象。
例えば、文字を読みながら色を感じたり、音を聞きながら色を感じたり、形を見て味を感じたりする。
そういうものだと頭で理解しても、実際に体験してみないとわからない感覚だ。

この「調律師」の主人公も、共感覚の持ち主である。
ピアノそれも生演奏に限って、ニオイを感じるというのだ。

国際コンクールで優勝するほどのピアニストだった主人公の鳴瀬は、ある事故がきっかけでピアニストの道を断念する。
天才ともてはやされた過去と決別して、ピアノの調律師として生きる道を選んだのだ。

調律師の事務所に所属しながら、生ゴミのニオイを感じる少女のピアノを調律したり、中学校の体育館に設置してある横転させてしまったピアノを点検したり、といった7つの短編が収録されている。

10年前に、妻を失い自らもピアニストとしての再起を諦めざるを得なかった事故。
過去に何があったのか徐々に明らかにされると共に、主人公の悲しみも浮き彫りにされていく。

調律師を題材としたお仕事小説としてもまた面白い。
弦を叩くハンマーの間隔の調整、鍵盤の間隔や角度・・・
調律師がすべき事は盛りだくさんだ。
しかも、打弦距離を0.2㍉短くするなど、細かくて丁寧な作業が要求される。
それを、鳴瀬は音とニオイを確認しながら調律していく。

調律師は、音感もあればあったに越したことはないが、最も必要なのは正確なリズム感---二つの音を同時に鳴らした時に発生する「うなり」が、毎秒何回発生しているか正確にカウントできる能力だという。

子供の頃、ピアノを8年も習っていたのに今では「猫ふんじゃった」しか弾けない私だが、演奏を聴いたりピアノに関する小説を読むのは好きだ。
それに加えて、理解できないからこそもっと知りたいと思う共感覚の持ち主が主人公とあって、大変興味深く読んだ。
私が弾く拙い「猫ふんじゃった」は、どんなニオイがするのだろうか。
いいニオイじゃないことは確かだが。

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