2013年3月12日火曜日

コンニャク屋漂流記

コンニャク屋漂流記
星野博美著
文藝春秋

なぜ他人の家族の歴史にここまで惹きつけられるのだろうか。



約400年前にメキシコ人一行の南蛮船が難破し、村人たちが生まれて初めて目にする外国人たちをお世話し、今もその記念の塔が残るという千葉県・御宿の漁師町・岩和田
その岩和田で漁師の六男として生まれた著者の祖父・量太郎が、晩年に手記を遺した。
そこから、著者は自分のルーツに興味を持ち、親戚や資料をあたり丹念に取材を開始する。
本書は、「コンニャク屋」という屋号を持つ著者の家系を遡って調べた家族史である。
(「コンニャク屋」とは、漁師ながらコンニャクを扱ったことがあるのでついたらしい。)

祖父は13歳で上京し、工場に弟子入り後独立、五反田でバルブを加工する町工場を始めた。
父が祖父の跡を継いだため、著者は「東京の町工場の娘」であったが、家庭には漁師の空気が漂っていた。
故郷・岩和田の人たちが祖父を頼りに頻繁に訪れ、慣れない大都会の暮らしを皆で支え合っていたためだ。

家には笑いが絶えなかったという。
危険と背中合わせの漁師にとって死は身近だ。
その不安と恐怖を吹き飛ばすのが笑いなのだ。
著者は漁師という仕事の厳しさに触れ、だから笑いが必要なのかと実感していく。

また、漁師の生まれではないのに、強烈な「コンニャク屋」の面々を許容していた母を不思議に思い、母のルーツをも探っていく。
そして、井伊直弼やプロレタリア作家の小林多喜二・宮本百合子まで不思議な縁で繋がって行く・・・

親戚の証言は裏付けできるのか、またどこまでルーツを辿れるのだろうかと、まるでミステリー小説のような気分で読み進めた。

調べていくにつれ次々と新たな事実が浮かび上がってくるが、著者の一族が特別波乱万丈・特別苦労をしてきたというわけではないだろう。
どの家系でも様々な人物がいて、いつの時代にも苦労はあるのだから。
そう考えると、本書は内容的にはいわば普通の個人的な家族史だ。
それなのに、なぜ他人の家族の歴史にここまで惹きつけられるのだろうか。

癖のない文章で大変読みやすく、
 面倒見がよく、ユーモアに溢れた明るい家庭
 日に焼けた海の男たちの仕事ぶりや豪快な遊びっぷり
そんなイキイキと「生きている」人たちが目に浮かぶようだった。

由緒正しい家柄・大金持ちの家庭ではない普通の日本人の暮らしぶりだからこそ、どこか懐かしく身近に感じられてくるのだろう。
遠い昔から人と人とが繋がって今がある、そう実感した一冊だった。

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