2013年11月1日金曜日

望郷

湊かなえ著
文藝春秋

涙腺のネジを締め忘れたのか、泣けて仕方がなかった!今までとはひと味もふた味も違う、湊かなえさんの連作短編集。



物語の舞台は、瀬戸内海に浮かぶ小さな島、白綱島。
橋を渡ればすぐ本土に行けるというその島は、作者の湊かなえさんの故郷・因島をイメージしているのだろうか。
本書は、そんな小さな島で生まれ育った人物の複雑な心情を描いた連作短編集である。

「みかんの花」
駆け落ちしたまま25年間も音沙汰がなかったのに、有名作家として突然帰ってきた姉を迎える妹の複雑な心境。
「海の星」
父が失踪し、母子二人暮らしの苦しい頃になぜか助けてくれたおっさんがいた。20年経って明かされるその真相。
など、6編が収められている。

湊かなえさんといえば「告白」に代表されるような、何とも後味の悪い「イヤミス」の女王と言われている。
が、この本は後味も悪くなく、今までの湊さんの小説とはひと味もふた味も違っていた。
激しい起伏があるわけでもなく、静かにそして細やかにそれぞれの心情を綴っていく。
私の今の心理状態とピッタリ合っていたのか、途中からは涙腺のネジが緩みっぱなしになってしまった。

特に、「雲の糸」という話では、なぜか涙が溢れて仕方がなかった。
主人公はその島出身の男性有名歌手。
母が殺人犯であったため、子供の頃から辛い思いをしていた。
島を出たい一心で大阪に就職し、その後努力を重ねて現在の地位を得た彼は、島で行われるあるパーティーにゲストとして出席することになった。
殺人犯の息子として虐げられた過去がある彼は、帰りたくなかった故郷でたくさんのサインを書かされ、彼に辛く当たっていた人々に、さも自分のおかげで有名になったんだという態度を取られるのだ。

わかる、わかる!
うん、うん。有名になると突然親戚や友人が増えるんだよね。
みんななんて酷いんだ!
血のにじむような努力をして掴んだ今の地位なのに!
あれほど酷いことをしてきたくせに、スターになったとたん態度を変えるなんて!

私は有名人でもなくサインを頼まれたこともない無名の女だけど、
特に深刻な過去があるわけではない平凡な人生を歩んできたけれど、
なぜか大いに共感してしまい、悔しくて悲しく泣けてきたのだ。
なんの共通項もない読者の心を、ここまで揺さぶるとは!

島と決別する者。
家や墓を守るため島を出られない者。
都会に出たけれど、島に帰ってきた者。

それぞれの「望郷」が心にしみる一冊だった。

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