2013年11月10日日曜日

国史大辞典を予約した人々: 百年の星霜を経た本をめぐる物語

佐滝剛弘著
勁草書房

明治41年に刊行された「国史大辞典」を誰が予約したのか?彼らを探る長い長い旅。

2008年、著者は群馬県の老舗旅館で一冊の芳名録に出会った。
A5版170ページほどの「国史大辞典予約者芳名録」。
そこから、100年ほど前に生きた人々を探る長い長い旅に出ることになる。

明治41年に、吉川弘文館(1857年創業)から出版された日本史の辞書「国史大辞典」。
当時の教員の初任給が12~15円という時代に、定価20円という高価な辞典である。
(現在は1979年から20年かけて出版された全17巻、定価29万7千円+税が最も新しい。)

経費がかかる辞書の出版に際し、刊行前に予約金が入り発行部数の目処も立てやすいというメリットがあることから予約出版という形態になり、「国史大辞典」刊行の約1年前に出版されたのが、本書の主役である「国史大辞典予約者芳名録」である。
選ばれし者だと予約者たちのプライドをくすぐったり、多くの人が予約していることに安心してもらうために刊行されたようだ。
個人情報の扱いにおおらかだった時代だからこその出版なのだろう。

そこに記された約1万件の記載名を、地道にそして丹念に著者は辿っていく。
与謝野晶子、柳田国男、金田一京助、開成・麻布などの有名校、法隆寺・厳島神社などの社寺・・・
ひと目でわかる名前ばかりでなく、苗字しかないもの、誤植、雅号や筆名または本名で書かれたものと一筋縄ではいかない名前に頭を悩ませながら、少しずつ特定していく。

「芳名録」は無機的な名前の列記であり、また本書は、言うなれば調査結果を羅列したものだが、それがなぜこんなにも面白いのだろうか。

芥川龍之介の実父、太宰治の実家も購入していた・・・そんな事実から、彼らもこれを見ながら作品に生かしていたのだろうかなどと、想像力を掻き立てられるのである。
また、名古屋大学に農学部が設置された際、東京大学農学部から重複文献を提供する申し出があり、国史大辞典が寄贈された・・・など、この辞典に関わる小さなストーリーや歴史的繋がりを発掘していくのである。
ロマンを感じさせてくれる驚きと発見が詰まっているから、こんなにもワクワクするのだろう。

裕福な人が本棚の飾りとして購入するというより、飽くなき探究心・向学心から購入していたようである。生活を切り詰めてまで購入した、私財を投げうってまで学校の運営や地域の社会教育に勢力を注ぎ込んだ・・・当時の人々の気概を感じるそんなエピソードがあぶり出されてくる。
多くの人に利用されてボロボロになり、表紙を補綴しながら廃棄せずに現在まで保存されている「国史大辞典」の写真を見たときは、著者のみならず私まで感銘を受けた。

検索すれば何でも気軽に調べられる時代、こういったドラマも無くなっていくのかと思うと寂しく感じられる。

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