2012年10月18日木曜日

文庫 江戸っ子芸者一代記

文庫 江戸っ子芸者一代記
中村喜春著
草思社文庫

大正2年生まれの江戸っ子芸者。旺盛な好奇心で英語をマスターし、たくさんの要人に愛された著者の自叙伝。



著者の 中村喜春(きはる)さん(1913-2004)は、祖父が病院長という比較的裕福な家庭で育つ。
小さい頃から花柳界に憧れ、「どうしても芸者になりたい」と言い続けた末、自前(借金なし)で新橋の芸者になる。
外国人のお客様が増え、「伝統芸能を英語で説明したい」一心で専門学校に通い英語をマスターする。
朝は6時半起床で英語の学校、午後は長唄の稽古に通い、その後支度をして6時にはお座敷に出るという毎日を過ごし、英語が話せる芸者として有名になっていく。
本書は、そんな 喜春さん の生い立ちから外交官の夫と結婚しインド滞在までを綴った自叙伝である。

その当時新橋だけでも、12歳くらいから60歳くらいまで1200人の芸者がいたという。
芸者はいつも美しく、世間の苦労を知らない優雅な顔をしていることが理想。
そのため、お客様の前で物を食べない、自分から呑みたいような態度をとらない、芸者同士が私語を交わさないなど、ホステスさんとは違う独特の厳しいルールで教育される。

その上、床の間の掛け軸、花器、蒔絵のお椀始め食器類など、一流のものに囲まれ自然に目が肥えていく。
また、文士、皇族、財界人、政治家、海外の要人と毎日交流しているのだから、芸者達も洗練されていくのだろう。
「花嫁学校に通うより3ヶ月芸者に出るほうがプラス」という著者の言葉になるほどと思い、芸者出身の妻を持つ有名人が多いことも納得する。

喜春さん は、お客様と一流ホテルなどあちこちに出掛け、当時の一般女性とは到底比較にならない行動範囲・知識・人脈と、持ち前の好奇心で様々なことをどんどん吸収していく。

・警察に呼び出されあらぬ疑いをかけられた時、当時の米内首相と有田外相と知り合いだったため「首相官邸と外務省に電話を掛けさせて」と言ったら、警官の態度がころっと変わった話。

・英国の貴族についた尊大な通訳が、あまりに無知なため我慢ならず啖呵を切った話。

読んでいて、一本筋が通り惚れ惚れするような思い切りのよさ・行動力に、「きっぷがいい」「姉御」という言葉がピッタリの 喜春さん に惹かれてしまう。
「どこまでも喜春姐さんについて行きます」と言いたくなるような方だ。

興味深い当時の風習や、耳慣れない業界用語も満載で、いつまでもお話を伺っていたいと思える一冊だった。

戦後編、アメリカ編など続編が出ているようなのでぜひ読んでみたい。

※本書は1983年に刊行されたものの文庫化です。

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