2012年1月31日火曜日

雑穀の社会史

雑穀の社会史
増田昭子著
吉川弘文館

日本各地の資料を紐解き、雑穀がどのように栽培され、食されてきたかを解説した良書。




アメリカの健康本に、はまっていたことがある。
そのどれもに「精製したものは食べてはいけない」と書いてあった。
影響されやすい私は、家には白砂糖を置かず、発芽玄米を主食としたが、やはり味がいまいちだった。
そんな時、雑穀ミックスを入れたらおいしかったので、それ以来アメリカ版健康生活熱はすぐに冷めたが、
雑穀だけは続けている。(効果のほどは不明だが)
毎日食べている雑穀について知りたいと思い、読み始めた。

この本は1942年生まれの大学講師をしていた著者が、日本各地の資料から、雑穀の歴史を記した本である。

差別されていた雑穀
昭和の中ごろまで庶民の間では米のみを炊いて食べる方が圧倒的に少なく、安い芋や雑穀でおなかを満たしたり、砕けて売れないくず米をカサ増しして食べたりしていた。
「オトコメシ」「オンナメシ」など名称は様々だが、日本全国で長男でないもの、女、子供、雇われの身など立場によって米と雑穀の割合を変えていた。
また、「コメカバイ」(米をかばう)といって他の食べ物を食べてコメの消費を減らしたり、お粥にしたり、雑穀・イモ類・野菜入れて炊き、カサ増ししたりしていた。

聖なる雑穀
差別された一方で、日常的に大切な食料として、豊年祭、正月、年中行事などで神に奉げるお供え物としての側面もあった。
種子を継承するのは米だけと言っていたのは柳田國男であったが、米以外の雑穀も各地で継承されてきた。

五穀の思想
「正月に色々な穀物を食っておけば一年中食物に不自由しない」など、色々なものを食べるという考えを「五穀の思想」という。年中行事に五穀を食する重要な儀礼がある。
また、神話にも様々な穀物起源神話や農耕神話があった。豊かな精神世界を形成した五穀の世界を持っていたのである。

日本は昔から農耕民族で、稲作を中心として暮らしてきたと漠然と思ってきた。生まれた時から白いご飯を食べて、雑穀など最近食べ始めるまで見たこともなかった。故に、食べてはいるけれどよく知らない雑穀の歴史がわかり興味深かった。

雑穀は、その高い栄養価から見直され、現在は学校給食・病院食にも取り入れられているという。
ただ、値段的に「庶民の食べ物」とは言えないくらい高い。
著者は「一般の人が食べやすい値段になり、消費が増え、生産者も安定した雑穀栽培で生業が成り立つ仕組みを望む」という。

この本は、正直なところ「読みやすい」とか「楽しい」とかの本ではなく、民俗学・社会学の参考書である。「ここではこういう習慣があった」「こちらではこう呼ばれていた」という記述が延々と続き、うんざりしたことも事実である。
しかし、知らなかった雑穀の世界を教えてくれた良書であった。

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