2013年6月28日金曜日

憤死

綿矢りさ著
河出書房新社



♪かわいいふりして あの子 割とやるもんだねと♪
1982年に発売されたあみんの「待つわ」を聞いたとき、「かわいい」と言われ続けるんだから嬉しいことじゃないかっ!と幼心に思っていた。
この「憤死」を読んでいたら、登場人物と「かわいいふりして~」のフレーズが結びついて頭から離れなくなってしまった。

本書は、
「おとな」幼い頃に見た夢を振り返る。

「トイレの懺悔室」
小学生の時、友人たちと近所の変わった親父の家に行き、罪を懺悔させられた。
社会人になり、同窓会で再開した当時の友人とその親父の家に向かう。

「憤死」
お金持ちで自分の自慢ばかりしていた小学生の時の友人が、自殺未遂をして入院した。

「人生ゲーム」
小学生の時友人の家で会った高校生が、人生ゲームの盤に出来事を書き込むと次々とその通りになってしまう。

以上、4編が収録された短編集である。

綿矢りささんの小説はいつも、普通の人々の日常を描いているようで、時々怖いようなゾッとするような表現が出てくるので油断禁物だ。
本書も同じように、誰の心にでも潜んでいるような悪い感情がチラチラ見え隠れしている。
4編とも主人公から見たちょっと変わった人物について描かれているのだが、主人公たちだって平然と毒を吐き出すのだ。
文章は爽やかでさらっとして読みやすいのに、読んでいるとなぜか老成感が漂ってくるように感じられた。

綿矢りささんは、1984年生まれの29歳。
こんなにお若いのに、心の奥深くに入り込んでしまうとは驚くばかりだ。
これからもっと様々な人生経験がを積まれて、作品がどのように変化していくのだろうか。
楽しみな作家さんである。

2013年6月25日火曜日

神去なあなあ夜話

三浦しをん著
徳間書店

あの神去村の日常がちょっと「あだると」になって帰ってきた!




横浜育ちの 平野勇気 が高校卒業後、山奥の神去村で林業見習いを始めた前作「神去なあなあ日常」の続編。

「なあなあ」とは、「ゆっくり行こう」「まあ落ち着け」という意味から「いいお天気ですね」「どうもー」まで、まぁ便利に使える神去村の言葉である

この「神去なあなあ夜話」では、勇気も二十歳になり見習いから正社員に昇格し、より逞しく成長した姿を見せてくれる。

神去村の名前の由来となった神様の話
下宿先のヨキ夫婦の馴れ初め
お稲荷さんに失せ物探しや紛争解決を頼む話
片想い中の直紀との関係
など、相変わらず楽しそうな様子が伝わって来る、7話から成る連作短編集だ。

クリスマスツリーに七夕風の飾りを飾るちょっと和風なクリスマスパーチーや、
繁ばあちゃんが勝手にパソコンで書いた勇気と直紀さんの恋物語に大笑いしたり、
過去に神去村を襲った悲劇にしんみりしたり、
今回も大いに村の生活を満喫させてもらった。

自然に囲まれて暮らしていると、自分の力ではどうしようもない事故や天災が身近にあり、山の神様や大木を敬う気持ちになる。
信心深く、縁起かつぎにこだわるのにも訳があるのだということがよくわかる。

三浦しをんさんの小説、その中でも特に職業小説はアダルトな表現さえなければ中高生に薦めたいのになぁとずっと思っていた。
この「夜話」を読んで、そんなこともうどうでも良くなってきた。
これがしをんさんなんだ、アダルトがあるからしをんさんなんだ、と思えてきたのである。

勇気が山の美しさや恐ろしさにどんどん惹かれていき居心地よく過ごしていくうちに、
私ももうすっかり神去村の面々と仲良くなった気になってきた。
訪ねていったら「なあなあ」と言いながら歓迎してくれる・・・かな?

2013年6月19日水曜日

ソロモンの偽証 

第Ⅰ部 事件
第Ⅱ部 決意
第Ⅲ部 法廷

宮部みゆき著
新潮社

宮部みゆきさんが本気出したらやっぱりすごかった!!!



(第Ⅰ~Ⅲ部まであわせて)

1990年12月24日、クリスマスイブの夜からこの物語は始まる。
大雪が降ったその晩、中学校の屋上から男子生徒が転落し、全身を強く打って死亡したのだ。
当初は自殺と見られていたが、犯人を名指しする「告白状」が届いたことから状況が一変する。
マスコミに報道され、右往左往する学校関係者たちを尻目に中学生達が裁判をしようと立ち上がる。
自分たちの手で真相を明らかにするために・・・・

第Ⅰ部で事件が発生し、舞台である中学校は大騒ぎになる。
第Ⅱ部で、中学生達がすべてを白日のもとに曝すために裁判を行うことを決意し、その準備を始める。
第Ⅲ部で、裁判が開廷し、徐々に真相が明らかになっていく。

昨年の話題作であったこの「ソロモンの偽証」は、2002年10月から2011年11月まで9年にわたり「小説新潮」で連載された、合計で2100ページを超える大作である。
宮部みゆきさんの久しぶりの現代ミステリーであり前評判も高いため、期待度MAXで読み始めたのだが、期待を裏切らない傑作だった。

携帯電話がまだなく公衆電話がそこかしこにある
ワープロの全盛期
土地がみるみる上がっていく・・・
世の中がバブル景気に浮かれていた時代背景たっぷりに、自営業者や町工場の多い下町にある中学校という狭い範囲を舞台にした群像劇である。

登場人物が多く視点が頻繁に変わるのだが、それぞれの個性が際立ち、きちんと書き分けられている。
真面目で勝気な中学生、気弱な男子、劣等感に苛まれ卑屈になってしまった女子、過保護な親・・・
どこにでもいそうなというか、いるいるこういう人と思う人々が圧倒的なリアリティで描かれていく。

誰に肩入れしたわけではないが、彼らと共に驚き、憤り、慟哭し、中学生達の頼もしさに感動し、ページ数の割にはそんなに時間をかけずに読み終えることができた。

悲しい事件を題材に、次から次へと重いテーマが出てくるのだが、不思議と読後感は悪くない。
オロオロする大人たちと違い、現実を見つめ冷静に受け止めていく中学生達の未来への希望があるからだろうか。

先が気になって仕方がない、睡眠時間を削ってまで読みたくなる、物語の中にどっぷり浸かる・・・
そんな本に出会い、ここまで夢中になれるとはなんて幸せなことなのだろうか。

伏線が張り巡らされたこの長大な物語を、大人から子供まで感動するこの作品を、中だるみすることなく書き上げた宮部みゆきさんはやっぱり天才だ。
(時々違う意味でびっくりするような作品に出会うことがあるが)

宮部みゆきさん、本当にありがとうございました。