2012年8月31日金曜日

宇宙へ「出張」してきます ―古川聡のISS勤務167日―

宇宙へ「出張」してきます ―古川聡のISS勤務167日―
古川聡・林公代・毎日新聞科学環境部著
毎日新聞社

「宇宙に持って行きたくないものは、喧嘩と争いごと」という古川さんの宇宙への出張ドキュメント。



本書は、国際宇宙ステーションに長期滞在した宇宙飛行士・古川さんの生い立ちから宇宙滞在記、帰国後の生活まで書かれているドキュメントである。
宇宙へ出張して帰ってきた古川さんと、それを取材してきた記者たちの視点から複合的に書かれている。

やんちゃ坊主だったという古川さん。
掃除の時間にふざけていて校舎の二階の窓から落ちたり、「仮面ライダー」を真似しながら両手放しで自転車をこいで電柱に激突したなど、腕白ぶリが伺えるエピソードが書かれていた。
そして、大学生の時に「風雲!たけし城」に出演し、ビートたけしを笑わせたシーンが全国放送されたという輝かしい?過去をお持ちだという。
そういうイメージはなかったので意外に感じた。
しかし、高3まで野球部で汗を流しながらも、栄光学園から東大理Ⅲに現役合格するとはさすがである。

また、怒った様子を見たことがないと友人たちが口を揃えるほど穏やかな性格だそうで、「宇宙飛行士選抜試験」に書かれていたように、究極の「人間力」を試される試験に受かるべくして受かったのだなぁと納得する。

地球に戻って、
首を支える筋肉がプルプル震える、
重心がどこにあるかわからない、
自分の体でないみたい、
歩き方も忘れている・・・
宇宙から帰還すると筋肉が弱ったり骨量が減ったりして大変だという話は聞くが、ご本人から具体的なわかりやすい表現で説明されると、改めてその大変さに驚く。

その他、訓練や滞在期間中の様子も、ユーモアを交えながらわかりやすく説明してくれるので、宇宙に詳しくない私でも楽しく読める本だった。

肉体へのダメージや、1%という決して低くない事故率を考えると、人類の憧れを背負っている宇宙飛行士はやはり死と隣り合わせの危険な職業なのだと思う。

仕事仲間ももちろんだが、古川さんの学生時代の友人、ご両親、そして奥様やお子さんたちもまた宇宙飛行士という職業を支えているのだなぁと、本書を読みながら感動した。
これからのご活躍も期待したい。


※宇宙からの帰還が最大の見所ということで、本書は帰還シーンから時系列を遡って書かれているのだが、少し読みにくさを感じて残念に思った。

2012年8月29日水曜日

旅屋おかえり

旅屋おかえり
原田マハ著
集英社

旅をしたくてもできない人の依頼を受けて代わりに旅をする・・・そんな旅代理業を始める事になった元アイドルの奮闘記。ほっこりできる一冊。




礼文島出身で、小さい頃から海鳥やアザラシを眺めては「海のあっち」の世界に憧れていた主人公の 丘えりか、通称「おかえり」
修学旅行で東京に行った時にスカウトされ、アイドルデビューするが泣かず飛ばずであった。
売れない元アイドル・おかえり 唯一のレギュラー番組「ちょびっ旅」のレポーター役も、自身の失敗から打ち切りになってしまう。
そんな32歳・崖っぷちタレント・ おかえり は、ひょんなことから旅をしたくてもできない人の依頼を受けて代わりに旅をする旅代理業を始める事になった。
本書は、そんな おかえり の奮闘を描いた物語である。

本書の最大の魅力は、明るく真っ直ぐな おかえり である。
おかえり の番組「ちょびっ旅」なんか見たことないくせに、すぐにファンになってしまった。
「こんな旅番組あったらいいなぁ」と思わせる内容なのだ。

そして、旅行は自分で行くから楽しいのであって、人に代わりに行ってもらうなんて・・・と最初は思うのだが、人それぞれ理由があり、突飛に思えた「旅代理業」という仕事にも納得する。
行く先々で土地の人と交流し人情に触れる・・・まるで女・寅さんのような話でもある。

後ろで支える事務所の人や番組スタッフたちも温かく おかえり を見守る。
旅に出る度に、「行ってらっしゃい」「おかえりなさい」と笑顔で声を掛けながら。

現実にはこううまくは行かないだろう。
しかし、だからこそ物語の中で感動できるのかもしれない。
読んでいてこんな触れ合いの旅してみたいなぁと憧れてしまう。

おかえり にはいつまでも旅をしていて欲しい、寅さんシリーズのように。
前作「楽園のキャンバス」とはガラッと変わって、笑いあり涙ありのほっこりした一冊であった。

2012年8月28日火曜日

僕はいかにして指揮者になったのか

 僕はいかにして指揮者になったのか
佐渡裕著
新潮社

「大人になったらベルリン・フィルの指揮者になる」小学校の卒業文集に書いた夢を実現させた指揮者・佐渡裕さんの自叙伝。豪快な性格の著者のコンサートに行ってみたくなる一冊。





本書は、京都・太秦で生まれ育ち、「題名のない音楽会」の司会をされている世界的指揮者・佐渡裕さんが関西弁で語った楽しい自叙伝である。

声楽を勉強していた母親の膝の上で音感教育を受け、2歳頃からピアノを習い、クラシックレコードを聴きながら育った著者は「耳の良さ」を自然と身につけることができたという。
小学6年生で始めたフルートでも才能を発揮し、京都市立芸術大学音楽学部フルート科に入学する。
大学時代に指揮者になりたいと思うが、そのままフルート科を卒業する。

そして、大学を卒業し関西二期会の裏方やアマチュアの指揮等を掛け持ちしていた著者に転機が訪れる。
ボストン郊外で行われている「タングルウッド音楽祭」に志願し、バーンスタインと小澤征爾に「面白いヤツがいる」と見出されたのだ。
そこから著者の指揮者としての快進撃が続く。
それにしても、バーンスタインと小澤征爾の懐の深さ・優しさには驚き感動する。

著者は指揮科を卒業せず、独学で指揮を勉強したことから自らを「音楽の雑草」と謙遜するのだが、一般人の私から見たら音楽エリートである。
才能があったからこそ、見出され今の地位を築いたのだと思う。

音楽家にとって、音楽の知識よりも人の心に訴える者を持っているかどうかが大事なのだと著者は言う。
そして、聴く側も知識よりもまずは音楽を好きになる事が重要であるという。
「佐渡流演奏会の楽しみ方」で、退屈になったら出番のないシンバル奏者に注目したり、ソロの前で緊張している奏者を見れば楽しめると肩ひじ張らない調子で教えてくれる。

クラシック音楽は敷居が高い、退屈だと思う人でも楽しめる本である。
そして、読み終わると身長187cmという大柄な著者がどういう風に指揮をし、どんな音楽を聞かせてくれるのか興味を持ち、コンサートに足を運んでみたくなる一冊であった。