2012年6月28日木曜日

饗宴外交 ワインと料理で世界はまわる

饗宴外交 ワインと料理で世界はまわる
西川恵著
世界文化社

各国の要人が集う「饗宴外交」。どう準備して、何を食べるのか?そこにはどんな思惑が隠されているのか?普段目にすることのない「饗宴」の裏側を解説した一冊。



ニュース等で目にするサミット・宮中晩餐会などの「饗宴外交」
その裏には、涙ぐましい努力や様々な思惑が絡んだ駆け引きが潜んでいた。
そんな「饗宴」を巡る裏話を、毎日新聞の編集委員である著者が政治的解説と共に、あれこれ綴った本である。

国賓訪問、公式実務訪問、実務訪問、その訪問形式によって、場所も座り方もメニューも違うなど、興味深い内容がたくさん書かれていた。

日本の皇室は、国賓に対して、国の大小を問わず差をつけずに最高のもてなしで迎える。
当たり前のような事に思えるが、これは凄いことなのだそうだ。
なぜなら、相手の軽重によって 「もてなしに差をつけること」こそ政治外交だからだ。

安倍元首相が中国訪問に先立ち、事前に通知されるメニューに「ナマコのスープ」と書いてあった。
格が高い順に「燕の巣」「フカひれ」「ナマコ」なので、「もてなしのレベルが低い」と「燕の巣のスープ」に変えさせたという。
食べ物の恨みは怖いのだ。

在外公館では、大使や総領事が客人を食事会に招く「招宴外交」も重要である。
しかし、生活環境の厳しい国に行ってくれる、腕のいい料理人は少ない。
そこで、タイ人を相手に「公邸料理人の指導育成教室」を開催している。
現在は公邸料理人150人のうち、25人がタイ人だという。

圧巻は、沖縄サミットのドキュメントである。
メニューはもとより、食器類からテーブルランナー、給仕する人の衣装まで特注するため、かなり前から綿密な打ち合わせをして周到に準備していく。
贅沢の是非はともかく、読みながら手に汗握り、成功を願う。
最後にスタンディングオベーションが起きた時には、さすが細やかな気遣いのできる日本人と嬉しくなった。

それに対して、洞爺湖サミットの「飢餓問題を語りながら、美食を食べる」との批判は対照的だ。
外交は、的確に空気も読まなくてはならないのだ。

首相やファーストレディになる前に、この本を読んでおいてよかったと思う。
主賓として海外に招かれても、直前に「大好きなフォアグラは必ず入れてくれ」と要求するようなわがままは控えよう。
現地の外務省スタッフが慌ててしまうから。

招かれた側の衣装も重要である。
ダイアナフィーバーや、ブータンフィーバーもあったではないか。
日本の発展のために、現地で「はにぃ旋風」が巻き起こるよう努力しよう。
まずはダイエットから始めるべきだろう。

そして、供されるワインの格を見れば、私が相手国からどのような扱いを受けているのか直ちにわかってしまうのだ。「なめたらあかんぜよ」と釘を刺しておこう。
その前に、ワインの勉強も始めなければならない。

著者は、ワインに造詣が深く、真面目なお人柄がにじみ出るような大変興味深い良書だった。
是非次は、政界こぼれ話や面白エピソードも聞かせていただきたいと願う。

2012年6月27日水曜日

ミーナの行進

ミーナの行進
小川洋子著
中央公論新社
 キラキラした想い出は帰ってこない。だけど、心のマッチ箱の中にそっとしまいこんで時々取り出してみるのだ。



1972年、母子家庭の 朋子 は、母の都合で中学一年の間、芦屋にあるいとこの家で過ごすことになった。
そこは広い庭、スペイン風の洋館、見たこともない調度品、そして温かな家族がいた。
朋子の視点から、その一年間を綴った小説である。

ベンツで迎えに来たカッコいいハーフの伯父さん。
17部屋もある洋風の大邸宅。
ドイツ人のおばあさんに、タバコとお酒が手放せない伯母さん、炊事から子供のしつけまで家の全てを取り仕切っているお手伝いの米田さん。
そして一つ年下だけれども、憧れてしまう儚げな ミーナ
大人の私でさえ、その金持ちぶりに圧倒されてしまうのだから、中学入学の朋子にしたらどれだけの衝撃だったろうか。

そこで過ごした甘くキラキラした一年間。
コビトカバの ポチ子 と遊んだ日々、大切なマッチ箱、ミーナの作ったお話、図書館で出会った男の人・・・
たくさんの愛に囲まれて過ごしたこの一年は、大事に朋子の胸にしまわれているのである。

終わり方もよく、温かい話なんだろうと思う。
ただ、私は読みながら物悲しさを感じた。
「この幸せを破壊する出来事が起こるんじゃないかと、びくびくしながら読んだからだろう。」
そう思い、再読してみた。
しかし、やっぱり哀愁を感じるのであった。

なぜだろう?
幸せの中にも、何かのきっかけで崩壊しそうな危うさを朋子が感じ取っていたからなのか?
マッチで擦った炎のように、終わりが来るとわかっている一年間だからなのか?
誰もが持っている少女の頃の、無鉄砲で恥ずかしく、そして甘い大切な思い出が、私にもあるからなのか?

ノスタルジア---もう二度と戻れない少女の頃---を感じた本だった。
子供から大人まで幅広い方にお勧めできる良書である。

2012年6月26日火曜日

楽園のカンヴァス

楽園のカンヴァス
原田マハ著
新潮社
アンリ・ルソーに魅せられた人々を描いたミステリー。絵画に対する深い愛情が感じられる一冊。第25回山本周五郎賞受賞作


NY近代美術館--MoMA所蔵のルソー作「夢」
それにそっくりである「夢を見た」という作品の真贋を鑑定してほしい。
期間は7日間。方法は、一冊の「物語」を読むこと。
そんな不可解な依頼を受けたのは、ルソーに魅せられた二人。
一人は、英語・フランス語を操り、ソルボンヌ大学で美術史を学んだ新進気鋭の美術研究者・織絵
もう一人は、NY近代美術館で花形キュレーターのアシスタントをしている ティム・ブラウン
勝者となった者には「夢を見た」の取り扱い権利を与えるという途方もないものだった。
はたして結果は---?

顔をを描くといっても、へのへのもへじ程度しか描けない私は、美術史なんぞ全くわからない。
そんな美術関係初心者が読んでも、全く問題がない作品だ。
しかし、本作は前評判がとても高いので、じっくりゆっくり楽しもうと思い、出てくる絵画を検索しながら読み進めた。

美術館の監視員とはこういう仕事で、ふんふん、じっくり絵を見たいならうってつけなんだ。
キュレーターという仕事は、絵画に関する知識のみならず、社交能力や対人的戦略も大切なのね。
へぇ、ルソーやピカソって・・・
と、知的好奇心を刺激してくれるトリビアがいっぱいであった。

それもそのはず、著者はMoMAにも短期間勤務経験のある正真正銘のキュレーターなのである。
音楽や絵画などの芸術を文章で表現するのはとても難しいだろうと思う。
しかし著者の絵画描写に、熱帯の匂いを感じたり、こちらに向かってくる迫力を感じたりできるのはさすがと思う。
好きな絵の前で何時間も至福の時を過ごすことができるという美術愛好家が羨ましく感じる。

専門家が読んだら、首をかしげたくなることも書いてあるのかもしれない。
ミステリーマニアが読んだら、物足りないかもしれない。
幸いにしてそのどちらでもない私にとっては、絵画に対する情熱と愛情を感じる極上の物語であった。