2013年9月5日木曜日

姉飼

遠藤徹著
角川書店

この本、凶暴につき・・・




夏という季節は、人をいつもと違う自分に変えてしまうのかもしれない。
昨夏は、暴力的な性を描いた「城の中のイギリス人」を読んでしまった。
そして今年は、普段なら手を出さない「エログロホラー」というジャンルのこの「姉飼」を借りてきてしまったのだから。

本書は、第10回日本ホラー小説大賞を受賞した表題作「姉飼」など、4編が収録されている短編集である。

【姉飼】
脂祭りの夜に、出店で串刺しにされ泣き喚いている「姉」を見た時から惹きつけられてしまったぼくは・・・
脂祭りって何?
「姉」って人間じゃないの?
っていうか、太い串で胴体の真ん中を貫かれているのになぜ生きていられるの?
などという私の疑問は置き去りにされながら、話はどんどん予想だにしない方向へ進んでいく。

【キューブ・ガールズ】
代金2万円の小さな四角い箱に好きな情報をインプットしてお湯で戻すと、あら不思議。
好みの女の子が出来上がる。
しかも、「○○子と××美と△△を足して3で割って小林ひとみの雰囲気で」といった客のわがままな要望に応えてくれるのだ。
小林ひとみとはちょっと古いなぁ。
それなら私は「インパルス堤下の顔と声で、体は・・・」と妄想しているうちに、意外な結末へと向かう。

【ジャングル・ジム】
公園のジャングル・ジムは、真っ直ぐで隠し事のない性格の気のいいやつ。
訪れる人々の悩みに耳を傾け、心の底から共感してあげる毎日を送っている。
そんなジャングル・ジムが恋をした。
デートして、あんなことやこんなことまでするのだ。
ど、どうやって?という私の疑問はまたまた無視されたまま、悲しい結末へ・・・

【妹の島】
温暖な島で果樹園を営んでいる吾郎。
体にオニモンスズメバチが卵を産みつけ体内で孵化したため、大量の幼虫が彼の体をさまよっている。
眉間に皺を寄せながら読んでいくと、人間の業とは?という深くて重たいテーマにぶち当たる・・・かもしれない。


なんという吸引力だろうか。
読み始めたら最後、私の存在など完全に無視されて、「イヤよイヤよ」と言っているにもかかわらず、ひたすら引っ張っていく。
確かにエロくてグロい。
しかしホラー度が高く、悲鳴をあげたくなるほどではないが後からじわじわした恐怖が襲って来る。
奥が深いのだ。

「城の中のイギリス人」と比較すると、エロ度は1/10、グロ度は同程度、そしてホラー度は10倍という感じだろうか。(当社比)

う〜ん。やっぱり夏は危険な本を読みたくなる季節なのかもしれない。

2013年9月3日火曜日

オレたちバブル入行組

池井戸潤著
文春文庫

堺雅人よりもっと泥臭い半沢直樹。



絶好調のドラマ「半沢直樹」を、毎週欠かさず見ている。
悪者はとことん悪くというわかりやすさ、顔のドアップの多用、劇画ちっくな大げさな演技・・・
見たら最後、思わず引き込まれてしまうので、視聴率が高いのも頷ける。
見たことがない方も、その評判は耳に入っているだろう。
そのドラマの前半部分の原作がこの「オレたちバブル入行組」である。

【あらすじ】
主人公の 半沢直樹 は、バブル期に大手都市銀に大量採用されたうちの一人。
現在は、大阪西支店の融資課長である。
支店長からの指示により、不本意ながら融資した会社が倒産した。
支店長は、全ての責任を半沢直樹一人に押し付けようとする。
このピンチを乗り切るには債権回収しかない。
さあ、どうする!?半沢直樹!!

実父は自殺(ドラマ)⇒ 死んではいない(原作)など違う箇所もあるが、ドラマは概ね原作通りである。
ただ、ドラマでの決め台詞「倍返し」は頻繁に出てくるわけではなかったが。

銀行を舞台にしているため業界用語がたくさん出てくるが、わかりやすく説明してくれているので読みやすい。
しかし、登場人物が多い!
ドラマを見ているから頭に入るものの、見ていなかったら頭が混乱しまくっただろう。

読みやすく、スピーディーな展開、そして何より面白い!
これだけ人気があるのも納得する。
その上、「悪い奴をやっつける」という復讐劇のパターンが、爽快感を与えてくれる。
「日頃自分では言えない上司への苦言を、半沢に代わりに言ってもらって溜飲を下げる」という感じだろうか。

何しろ出てくる上司たちが、とことん悪く描かれていて憎たらしいほどだ。
上にはペコペコ、下には威張り散らす、立場が弱くなると途端にオロオロする。
そんな悪者を、半沢直樹が倍返しする場面は拍手喝采したくなる。

ただ、単純に勧善懲悪の物語とは言えない。
悪い奴は悪いが、半沢直樹だって誰が見てもいい人っていうわけではない。
味方につけたら勇気百倍だが、敵に回したらこんな恐ろしい男はいない。

この物語の評価は、半沢を応援できるかできないかにかかっていると思う。
こんなヤツいない、大げさすぎると思わずに、頑張れ半沢!よし、よくやった!と思えるかどうかだろう。

何度も訪れる絶体絶命の危機。
ギリギリまで追い詰められてからの大逆転劇。
叩かれても叩かれても這い上がる・・・まるで「立て~、立つんだ!ジョー!」の世界のようだ。
やっぱり劇画の世界じゃないか。

ドラマは後半戦に突入し、きっと半沢が大反撃を見せてくれるだろうと期待している。
また、「半沢直樹」シリーズも第4作目が連載中だという。
こうなったら「島耕作」のように、半沢が頭取に上り詰めるまで頑張って欲しい。

桜ほうさら

宮部みゆき著
PHP研究所



「書は人なり」。
綴る文字には人となりが表れるというが、字が汚い私はいつも人前で字を書くのが恥ずかしくてならない。
本書は、その書いた文字が重要なテーマとなっている宮部みゆきさんの時代小説だ。

主人公の古橋笙之介は、深川の長屋で貸本屋の写本作りの仕事を請け負いながら暮らしている。
実は彼、浪人とはいえ痩せても枯れてもお侍さんなのだ。
書いた覚えのない文書を証拠に、賄賂を受け取った責任を問われ切腹した父の汚名をそそぐため、江戸近郊の小藩からやってきたのだ。
父を陥れた、他人の筆跡をまねて字を書くことの出来る人物を探すために。

家族のように世話をやく長屋の住人たちに囲まれながら笙之介も成長し、淡い恋をしながら事件の真相が明らかになっていく・・・
題名の「桜ほうさら」とは、甲州弁の「ささらほうさら」(いろんなことがあって大変だ、大騒ぎだ)から来ている。

貧乏ながらも肩寄せあってたくましく生きる長屋の住人たち。
それぞれが胸に悲しみを抱え、懸命に前へ進む姿が胸をうつ。

あの暗号文は結局どんな規則で読むのだろう、あの人の身に何があったのだろうなど、疑問も残るがそんなことはどうでもいい。
この切なく温かい小説で、とても癒されたのだから。

いいことばかりではなく、辛いこともたくさんあるけれど、
「ささらほうさら」と呟いたからって解決するわけではないけれど、
その綺麗な語感に慰められ、落ち着いてくるような気がする。
やっぱり宮部みゆきさんの時代小説はいいなぁ。

挿画について

淡い桜色の表紙も可愛らしく、全ページ上部に桜の花びらが散らしてあり、素敵な装丁だと思う。
ただ、人物の漫画チックな挿絵は、個人的にはない方がいいと思う。
いや、はっきり言うと後ろ姿はいいが、顔は描かないで欲しかった。
読みながら自分の好きなように人物を想像したいからだ。
この顔はかわいすぎて、私の中のイメージとはだいぶ違っている。

この物語に限らず、小説には人物の顔の挿絵は必要ないと思う。
映像とは違う、絵本とも違う、活字の世界だから、自分の好きなように想像しながら読みたいから。
見ないようにすればいいだけの話なのだが。