解剖医ジョン・ハンターの数奇な生涯
ウェンディ・ムーア著
矢野真千子訳
18世紀の外科医ジョン・ハンターの伝記。こんな偉大な愛すべき奇人がいたとは今まで全く知らなかった。とにかく夢中で読める面白さ抜群の一冊。
18世紀のイギリスで外科医として活躍したジョン・ハンター(1728~1793)の伝記。
原題は「The Knife Man」
麻酔や消毒剤が登場する100年も前、まだまだ昔からの根拠のない治療法を医者たちも信じていた時代。
ジョン・ハンターはそんな時代に生まれた異端児であった。
兄の解剖学教室を手伝いながら、たくさんの人間や動物の解剖をし、生まれ持った手先の器用さと、飽くなき探求心から、すぐに頭角を現し、有名な解剖医・外科医へと成長していく。
せっかちで無教養で無作法な田舎者のハンターは、古来の治療法を踏襲している保守派の医師からは、好戦的ないかさま師と見られてしまう。
そして、死ぬまで周囲といざこざを起こし続けるのである。
彼が作った標本の一部は今でも博物館に現存しているという。
読み始めからすぐに、惹きつけられて夢中で読んだ。
読みやすい文章というのもあるのだろうが、何といっても最大の魅力はジョン・ハンターの人物像そのものである。
魅力といっても、「伝記の題材」としての魅力ではあるが。
実際、こんな人物とは一緒に暮らせない。
短気で怒りっぽい、家じゅうに見たことのない動物を飼い、鳴き声や臭いに悩まされる。
人間のみならず象やクジラ、カンガルー、爬虫類、昆虫・・・とあらゆる生物の死体を解剖し、
標本にしていく。
家の中所狭しと、得体のしれない骨格やら、内臓の標本やら置いてあるところに、私は住めない。
鶏のとさかに人間の歯を移植したり、睾丸を腹に埋め込んだり、人から見たら奇妙な実験を繰り返す。
無知な患者を騙して実験台にしたり、患者の了解を得ないまま新しい治療を試したり・・・
でも、憎めないキャラクターなのである。
純粋に人体に興味を持ち、好奇心・知識欲から解剖しまくり、書物よりも自分の目で見たことを信用する。
貧乏な人からはお金をとらない。
後進の指導に熱心で、弟子たちからしたら、「大先生と呼ばれるような人にありがちな高慢さがどこにもない」偉大なる師。
知的で金持ちの奥様とはなぜか仲良く寄り添うジョン・ハンター。
現代外科医学の実質的な父であり、医学だけでなく後の多くの人々に影響を与えた奇人。
いくら書いても、この愛すべきジョン・ハンターの魅力を伝えられないのがもどかしい。
これだけの魅力的な人物なので、長編傑作「開かせていただき光栄です」、「ドリトル先生シリーズ」、「ジキル博士とハイド氏」などの小説のモデルになるのもうなずける。
読み終わった後に、「まだまだジョン・ハンターの世界に浸っていたかったのに」という気にさせられた。
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