石村博子著
角川書店
文学を仕事にすることは、不幸なことなのだろうか。
2011年、朝吹真理子さんが「きことわ」で芥川賞を受賞した。
そのお嬢様っぷりは、同時受賞した西村賢太氏との対比もあって話題になった。
その朝吹真理子さんの祖父・朝吹三吉は、家具調度品・服・・・何から何まで英国様式一辺倒で埋め尽くされた家で育ち、幼い頃からイギリス人の家庭教師があてがわれ、言葉もマナーも英国式でしつけられたという。
昭和初期に兄弟5人のうち4人がヨーロッパに留学する・・・
そんな華やかな生活をしていた一族・朝吹家。
それなのになぜ「孤高の」というタイトルが付けられたのだろうか。
本書は、フランス文学者・朝吹三吉を中心に、朝吹家の歴史を辿ったノンフィクションである。
朝吹三吉は、1914年朝吹家の三男として東京に生まれた。
三吉の祖父・英二は三井財閥の重鎮、父・常吉は三越や朝日生命始め様々な会社の社長を務めた人物である。
子供の頃から弱い者に心を動かされ、「貧民の苦しさ」を思っていた三吉は、上流階級であることの懐疑が充満し、これでいいのかと苦悩する。
そんな中フランス文学と出会い、18歳でパリに渡り、帰国後はフランス語とフランス文学を日本に伝え続けていく。
読みながら、あまりに庶民とかけ離れた華麗な生活ぶりに、とにかく圧倒された。
家系はもちろんのこと交際範囲も広く、福澤諭吉始め、サガン・サルトル・ボーヴォワール、
フランソワーズ・モレシャン(真理子さんの父・亮二の家庭教師)まで様々な有名人が入れ代わり立ち代わり登場する。
各部屋にはイタリアから取り寄せた大理石のマントルピースのついた暖炉、白大理石の噴水のあるテラス・・・(この洋館は現在東芝山口記念館となっている)
毎水曜日は英語のみのホームパーティ、日曜日のお昼は帝国ホテルで正式の食事会・・・
昭和恐慌の時代にそんな優雅な生活をしていたとは、こちらとしては目を白黒させるばかりである。
1946年から慶応大学でフランス語を教え始めた三吉は、学生たちに衝撃を与えたという。
それはそうだろう。
くたびれた軍服や国民服、栄養不足の人々で溢れる中、英国生地のスーツで決め、柔らかな物腰・完璧なフランス語で、掃き溜めに鶴のように颯爽と現れたのだから。
朝吹真理子さんは現在、祖父・三吉が住んでいた部屋で、執筆しているという。
三吉は、学生たちに「文学は趣味でやるには幸福だけど、仕事にするには不幸なことだよ」と言っていた。
それでも今は、文学を仕事にしている孫娘・真理子さんを天国から温かく見守っているのではないだろうか。
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