猫を抱いて象と泳ぐ
小川洋子著
文藝春秋
チェスと少年の物語。純粋に、無垢な気持ちでチェスに向き合った少年の物語。この本と出会えたことに感謝したい一冊。
ロシアのチェス選手で「盤上の詩人」と称えられたアレクサンドル・アリョーヒン(1892 ~1946)。
主人公の少年はその再来、「リトル・アリョーヒン」と呼ばれた。
少年は上唇と下唇がくっついたまま誕生した。
まるで、口の中に隠した暗闇を、他の誰かに見せたりなどするものかと決心しているように。
手術で唇は切り開かれ、脛の皮膚が移植されたため、その部分には産毛が生えていた。
思春期になると、産毛が濃い毛に変わった。
そんな唇に毛が生えた少年は、あるきっかけからチェスの「マスター」と出会い、チェスの才能を開花させる。
小説の導入部分は大抵、設定や登場人物の説明に費やされる。
それが一通り終わったところで、私の頭の中で人物たちが動き出し、物語の中に入り込んでいく。
しかしこの小説は、最初から私の心を鷲掴みにして離さない。
読み終わるまで決して離さなかった。
チェスのチェの字も知らないが、チェスが人の心を映し出す鏡だということがわかった。
どこの国の話か、少年や他の人物の本名も明かされないが、少年の心が澄みきっていることがわかる。
祖父・祖母、「マスター」など、少年を取り巻く人々が優しく、慈しむように見守っていたからだろう。
そのため少年の描く棋譜は、美しい無垢な音楽を奏でているように人々を魅了するのである。
チェスをするのに、言葉はいらない。
愛を語る時すら、棋譜で表現できる。
そして作者の小川洋子さんも、文字で澄み切った美しい音楽を私に聞かせてくれた。
最高の芸術を鑑賞したような読後感であった。
この本に出会えた事を素直に感謝したい。
0 件のコメント:
コメントを投稿
閲覧ありがとうございます。コメントしてくださったらうれしいです。