柚木麻子著
幻冬舎
A:伊藤くんに邪険に扱われながらもひたむきに想い続けるデパート店員。
B:伊藤くんに好かれてしまい、ストーカーじみた行為に迷惑している塾の受付アルバイト。
C:親友が伊藤くんを好きと知っていながら、伊藤くんの童貞を奪ってしまうケーキ屋店員。
D:憧れの伊藤くんに処女は重いと酷いことを言われ、焦って体験しようとする後輩。
E:一世を風靡しながら、落ち目になってしまった伊藤くんの先輩シナリオライター。
それぞれ少しずつ交差している、年齢も職業も様々な5人の女性から見た「伊藤くん」を描いた連作短編集。
塾講師のアルバイトをしながらシナリオライターを目指している。
顔はいいが、プライドが高くて友達がいない。
自分のことで頭がいっぱいで周りが見えていない。
そして童貞。
そんな伊藤くんは冒頭から暴走し、女を振り回していく。
長年自分に片思いしている女を邪険に扱い、相手の気持ちを考えずに「好きな女ができたので相談に乗ってくれ」とのたまうのだ。
あまりに自分勝手な伊藤くんに頭きて、「いい加減にしろ~ヽ(`Д´)ノ」と本を投げ出したくなってしまった。
でも、「まぁまぁ、落ち着いて。まだ始まったばかりだから。もう少し先を読んでみようよ。伊藤くんの違う一面が出てくるかもよ。」と自分で自分を宥めながら読み進めたのだ。
するとだんだん伊藤くんのことが可哀想に思えてきた。
女たちは本音でぶつかり、伊藤くんに傷つけられ、そして立ち直っていく。
きっとそれを糧に明るい未来へと羽ばたいて行くのだろう。
でも、伊藤くんは自分が傷つかないように安全な場所にいて、ただ眺めているだけ。
そんな「苦難の経験値が低い人」って、かえって可哀想だと思うのだ。
そうは思っても、こんな男がもし身近にいたら近寄りたくないが。
ところで伊藤くんもイタいが、女たちもそれぞれ周りが見えず突っ走っている。
そういったことは、誰にでも心当たりがあるのではないだろうか。
後で振り返ってみると、顔が赤くなるような恋愛の苦い思い出。
・・・もちろん私も含めて。
2014年3月7日金曜日
2014年3月4日火曜日
ビブリア古書堂の事件手帖 (5) ~栞子さんと繋がりの時~
三上延著
KADOKAWA/アスキー・メディアワークス
少しは栞子さんのこと好きになってきたかも。ビブリア古書堂シリーズの第5弾。
北鎌倉の駅前にひっそり佇む古本屋「ビブリア古書堂」。
その店主である 栞子さん は、極度の人見知り&内気だが本に関しての膨大な知識を持ち、古書に関する謎ならたちまち解いてしまう。
そんな大人気の「ビブリア古書堂シリーズ」の第5弾。
今回も「彷書月刊」や、手塚治虫、寺山修司にまつわる謎を見事に解決していく。
いつもは、本が読めないアルバイト 五浦大輔 の視点から語られているのだが、今回はそれに加えて「断章」として短いながらも、せどり屋の志田、栞子の親友である滝野リュウ、そしてなんと栞子さんの視点からも語られている。
その新たに登場したリュウちゃんが、いい味出しているのである。
栞子さんの中学時代からの親友なのだが、栞子さんと違って明るく活発で口が悪い。
栞子さんのことを「おっぱいメガネ」と呼ぶのだ!!
「もじもじプレイは私のいないところでやってください。」とも!!
よく言った!と拍手したくなった。
私はこのシリーズの大ファンではあるが、ヒロインの栞子さんのことを好きになれなかった。
大人しく清楚で美人で巨乳・・・男の理想の女を勝手に作り上げたように感じてしまうのだ。
女は大人しくたって、もじもじしてたって、心の中ではあんなことやこんなことを考えているのに!!
でも、リュウちゃんにバシッと言ってもらってスッキリした。
栞子さんが一人称の語りで胸の内を明かしたこともあり、少しは栞子さんのことを好きになってきたかもしれない。
そしてこの終わり方!!
いつも以上に続きが気になるではないか。
著者の三上延さんは、巨乳だけでなく焦らすのも好きなのか!
それにしても、「エプロン越しでも見て取れる豊かな胸」などという表現は必要なのだろうか。
そういう男目線がなければもっといいのになぁ。
※参考
古書という題材を新鮮に感じすぐに夢中になった第1弾:
『栞子さんと奇妙な客人たち』
男目線で描かれている栞子さんに少し鼻白んだ第2弾:
『栞子さんと謎めく日常 』
萌え表現も少なくなりすっかり虜になった第3弾:
『~栞子さんと消えない絆~』
ファンとして夢中で読んだ第4弾:
『~栞子さんと二つの顔~』
KADOKAWA/アスキー・メディアワークス
少しは栞子さんのこと好きになってきたかも。ビブリア古書堂シリーズの第5弾。
北鎌倉の駅前にひっそり佇む古本屋「ビブリア古書堂」。
その店主である 栞子さん は、極度の人見知り&内気だが本に関しての膨大な知識を持ち、古書に関する謎ならたちまち解いてしまう。
そんな大人気の「ビブリア古書堂シリーズ」の第5弾。
今回も「彷書月刊」や、手塚治虫、寺山修司にまつわる謎を見事に解決していく。
いつもは、本が読めないアルバイト 五浦大輔 の視点から語られているのだが、今回はそれに加えて「断章」として短いながらも、せどり屋の志田、栞子の親友である滝野リュウ、そしてなんと栞子さんの視点からも語られている。
その新たに登場したリュウちゃんが、いい味出しているのである。
栞子さんの中学時代からの親友なのだが、栞子さんと違って明るく活発で口が悪い。
栞子さんのことを「おっぱいメガネ」と呼ぶのだ!!
「もじもじプレイは私のいないところでやってください。」とも!!
よく言った!と拍手したくなった。
私はこのシリーズの大ファンではあるが、ヒロインの栞子さんのことを好きになれなかった。
大人しく清楚で美人で巨乳・・・男の理想の女を勝手に作り上げたように感じてしまうのだ。
女は大人しくたって、もじもじしてたって、心の中ではあんなことやこんなことを考えているのに!!
でも、リュウちゃんにバシッと言ってもらってスッキリした。
栞子さんが一人称の語りで胸の内を明かしたこともあり、少しは栞子さんのことを好きになってきたかもしれない。
そしてこの終わり方!!
いつも以上に続きが気になるではないか。
著者の三上延さんは、巨乳だけでなく焦らすのも好きなのか!
それにしても、「エプロン越しでも見て取れる豊かな胸」などという表現は必要なのだろうか。
そういう男目線がなければもっといいのになぁ。
※参考
古書という題材を新鮮に感じすぐに夢中になった第1弾:
『栞子さんと奇妙な客人たち』
男目線で描かれている栞子さんに少し鼻白んだ第2弾:
『栞子さんと謎めく日常 』
萌え表現も少なくなりすっかり虜になった第3弾:
『~栞子さんと消えない絆~』
ファンとして夢中で読んだ第4弾:
『~栞子さんと二つの顔~』
2014年3月2日日曜日
失われた名前 サルとともに生きた少女の真実の物語
マリーナ・チャップマン著
宝木多万紀訳
駒草出版
野生のサルの群れの中で生き抜いた少女。なんとたくましい生命力だろうか。
木の上で娘とともに微笑む初老の女性。
写真の中のその女性は、幼い頃サルの群れの中で育ったという。
そう聞いてすぐに、これは本当に実話なのだろうか思った。
オオカミに育てられたという「オオカミ少女」は嘘だったというし、
全聾だという作曲家の疑惑も世間を騒がせている。
もしかして、眉唾物なのだろうか。
そんな疑いを抱きながら読み始めたのだが、すぐに引き込まれてしまった。
コロンビアで生まれたマリーナ・チャップマンは、5歳頃に誘拐され、ジャングルに置き去りにされてしまう。
(彼女にはそれ以前の記憶がほとんどないため、正確な名前も年齢も生まれた場所もわからない。マリーナというのは、14歳頃自分でつけた名前である。)
そこでサルの群れと出会い、寂しさから近くに寄り添って暮らした。
サルと同じように尻を苔で拭き、サルたちが食べるものを同じように食べと、「サルまね」をしていくうちに、いつしかマリーナは彼らに家族のような感情を持つようになっていった。
そして、サルの鳴き方にもそれぞれ意味があることを学び、友達のような仲間もでき、ジャングル生活に慣れてきたある日、ジャングルで出会ったハンターに連れられて、人間の世界に戻ることになった。
(ジャングル生活は5年ほどらしい。)
しかし、人間界はジャングル以上に過酷な世界だった。
売春宿に売り飛ばされ、逃げ出し、ストリートチルドレンとなる。
犯罪一家の家庭でこき使われ、修道院へ逃げ込む。
と、大自然とは違った危険に向き合わなくてはならなかった。
また、文字通り野生児だったマリーナは、言葉や、清潔・行儀の概念がわからず苦労しながら成長していく。
なんというたくましさだろうか。
幼い少女が孤独に耐えながら、自らの手で生きていく術を学んでいく姿に、素直に感動した。
また、人間から見たサルの世界と、サルに同化した少女から見た人間の世界との対比も、興味深い。
あまりの過酷さに、読んでいて辛い箇所も多い。
しかし、娘夫婦や孫・優しそうな夫に囲まれて微笑むマリーナの写真が掲載されているので、読者は現在の彼女が幸せに暮らしていることを知っているのである。
マリーナ一家は子供が小さい頃、お互いサルの鳴き真似をしたり、髪の毛づくろいをしていたという。
そんな微笑ましいエピソードに頬が緩む。
60歳を超えた今でも、昔を思い出して木に登ることもあるというマリーナ。
彼女の幸せそうな笑顔を見て、本当によかったと胸を撫で下ろす。
このマリーナの感動的な半生が、真実だと私は信じたい。
※本書は、マリーナの話を何年にもわたって聞き取った娘がまとめた草稿に、ゴーストライターたちが手を加えたと明記されている。
また、修道院を出て希望の光が見えてきたところで終わっていて、続きを執筆中なのだという。
きっと続編は、もっと明るい話が続くのだろう。
楽しみに待ちたい。
宝木多万紀訳
駒草出版
野生のサルの群れの中で生き抜いた少女。なんとたくましい生命力だろうか。
木の上で娘とともに微笑む初老の女性。
写真の中のその女性は、幼い頃サルの群れの中で育ったという。
そう聞いてすぐに、これは本当に実話なのだろうか思った。
オオカミに育てられたという「オオカミ少女」は嘘だったというし、
全聾だという作曲家の疑惑も世間を騒がせている。
もしかして、眉唾物なのだろうか。
そんな疑いを抱きながら読み始めたのだが、すぐに引き込まれてしまった。
コロンビアで生まれたマリーナ・チャップマンは、5歳頃に誘拐され、ジャングルに置き去りにされてしまう。
(彼女にはそれ以前の記憶がほとんどないため、正確な名前も年齢も生まれた場所もわからない。マリーナというのは、14歳頃自分でつけた名前である。)
そこでサルの群れと出会い、寂しさから近くに寄り添って暮らした。
サルと同じように尻を苔で拭き、サルたちが食べるものを同じように食べと、「サルまね」をしていくうちに、いつしかマリーナは彼らに家族のような感情を持つようになっていった。
そして、サルの鳴き方にもそれぞれ意味があることを学び、友達のような仲間もでき、ジャングル生活に慣れてきたある日、ジャングルで出会ったハンターに連れられて、人間の世界に戻ることになった。
(ジャングル生活は5年ほどらしい。)
しかし、人間界はジャングル以上に過酷な世界だった。
売春宿に売り飛ばされ、逃げ出し、ストリートチルドレンとなる。
犯罪一家の家庭でこき使われ、修道院へ逃げ込む。
と、大自然とは違った危険に向き合わなくてはならなかった。
また、文字通り野生児だったマリーナは、言葉や、清潔・行儀の概念がわからず苦労しながら成長していく。
なんというたくましさだろうか。
幼い少女が孤独に耐えながら、自らの手で生きていく術を学んでいく姿に、素直に感動した。
また、人間から見たサルの世界と、サルに同化した少女から見た人間の世界との対比も、興味深い。
あまりの過酷さに、読んでいて辛い箇所も多い。
しかし、娘夫婦や孫・優しそうな夫に囲まれて微笑むマリーナの写真が掲載されているので、読者は現在の彼女が幸せに暮らしていることを知っているのである。
マリーナ一家は子供が小さい頃、お互いサルの鳴き真似をしたり、髪の毛づくろいをしていたという。
そんな微笑ましいエピソードに頬が緩む。
60歳を超えた今でも、昔を思い出して木に登ることもあるというマリーナ。
彼女の幸せそうな笑顔を見て、本当によかったと胸を撫で下ろす。
このマリーナの感動的な半生が、真実だと私は信じたい。
※本書は、マリーナの話を何年にもわたって聞き取った娘がまとめた草稿に、ゴーストライターたちが手を加えたと明記されている。
また、修道院を出て希望の光が見えてきたところで終わっていて、続きを執筆中なのだという。
きっと続編は、もっと明るい話が続くのだろう。
楽しみに待ちたい。
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